第251話 「ブラック白血球」

戦いは終わった。

あのあとカシスはすこし休ませてと言い、ザリードゥやイリムに運ばれて荷台で眠り込んでいる。


聞けば、そっくりそのまま中身が治癒され、もう命に別状はないと。

……本当に、よかった。


となりの鎖の少女に問う。


「ユーミル、賢者は……」

「殺した」


端的シンプルにひとこと。

当然だといわんばかりに。


「……そうか」

「師匠だって、同じだろ。……見ればわかる。しっかり死んでるよ」


ユーミルが丘の中央を見やる。

そこには、くたびれたように転がった勇者の姿が。


「あとで、とむらってやりたい」

「……ふーん、手伝ってやってもいいよ。……しっかり『滅却』するか『葬送』するか……」

「いや」

「あん?」

「あいつの、俺の、故郷のやり方でやるよ。いつもどおり、まれびとは『火葬』する」

「……他のやつと同じ扱いなのか?」

「そうだよ」


そうすることで、できれば。

いや、必ず。


願う世界にかえれると信じて。


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「そういえば……そこの方は?」


さきほどから気になっていたことを口にする。

その余裕が、やっとでてきたのだ。


「なにかね? 精霊術師クン」


こちらとは反対に、余裕しゃくしゃくの態度で応える男。

口にはパイプをくわえ、煙をくゆらせている。


彼はひとことで言うと派手派手だ。


赤いローブに赤いつば広帽の全身真っ赤っか。

そこにジャラジャラと高そうな光り物まみれ。


年は……30代にも40代にもみえるが正直わからない。

長めの黒髪が乱雑に散っているが、その顔立ちにはむしろ似合っている。


まあ、女性にモテそうだなというのが第一印象だ。


「師匠さん、聞いたら驚きますよ!」とみけ。

「ふーん」


「私はジェレマイア。【紅の導師】と呼ばれていた」と派手派手な男性が自己紹介。

「や、どうもはじめまして」


ふむふむ、ジェレマイアさんか。

どっかで聞いたことあるな、うん。


……つーか……ええと……読んだことというか……、


「ええええっ!?」

「ビンゴ! 予想どおりの反応だね」


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「2年前……いやもう3年になるか。あなたがやられるのをこの目で見たんですが」

「あれは大失敗だったね」


蜘蛛くもの糸、いや『死の糸』からどう生還したんです?」

「それはみけちゃんから詳しく聞くといい。だが、できればあまり吹聴ふいちょうしないでくれよ。それに……キミなら検討がつくんじゃないか」

「?」


「キミは私の日記帳、というか魔導書グリモワールを引き継いだのだろう。いくらかぼやかしはあるが、まれびとであるキミなら読み解けるだろう」

「それは……」


そうだ。

このひとはいわゆる【転生者】であり、日記には現代人でないと理解できないような記述や言い回しが多かった。

そもそもが英語で書かれており、それはそのまま暗号文となる。


そのうえで、後半はずいぶん難解な専門用語だらけだったり、何を言いたいのかわからない抽象ちゅうしょう的な内容がほとんどだった。


「まあキミとは近い境遇同士、こんどたっぷりと話したいところだが……そろそろお出ましのようだ。やはり来たか」

「来たって、何がです?」


ジェレマイアが厳しい目を西へむける。

釣られてこちらも視線をとばすと、丘を下ってはるか彼方に黒森の突端がみえた。


「?」


……が、触手のように伸びるその先っちょから、巨大な黒い塊が、森をかきわけながらい出してきた。

それは泥炭でいたんでできた丘のようであり、すみで染められた毛玉のようであり、でっぷりと太った蜘蛛のようであり……。


「なっ!? ――あれは……」

「黒森のあるじ、大蜘蛛【闇産み】さ」


怒りと怒りと怒りでもって、ジェレマイアははるかかなたの黒点をにらみつけた。



はるかかなたに、ぽつんと。

空間に空いた虫食い穴のようにそれは見えた。


ここからだいぶ遠い。

ここからだいぶ遠いのだ。


そう自分に言い聞かせてはいるが、正直なんの効果もありはしなかった。


死ぬ。死ぬ。殺される。

そんな直感、いや確信しか頭にうかばない。


アレを初めて見たときからだいぶ経つ。

アレからだいぶ、だいぶ強くなった。


しかし……そんな微々たる差は、あのバケモノ相手になんの意味も……


まれるな、青年。心をつよく持て」


気づけば肩をがしりとジェレマイアに掴まれていた。

それは痛いほどであり、そのおかげで意識が現実に戻ってきた。


「キミは私の日記帳を読んだのだろう? アレについて、いくらか知っているとは思うが」

「……ええ、はい」


そう。彼謹製ジェレマイアの赤表紙本には、魔法や奇跡、そして魔女や黒森についての彼なりの研究や洞察が記してあった。

それにしたがうならあの蜘蛛は……、


「いい気なものだ。虫の分際で監視者ウォッチメンきどりか」

「……目的は、やはり俺ですか」

「だろうね」


はるかかなたの大蜘蛛は、当然のようにこちらを見ていた。

バランスを、拮抗きっこうを、そして己を壊しかねない存在を。


……たっぷり5分はたっただろうか。

いつのまにか、俺の手をイリムが握っていた。


「……師匠」

「たぶん、大丈夫だ」


そうして蜘蛛はぐるりと向きを変え、また森の奥深くへと去っていった。

もうここには、危険なものはないと安心したのだろうか。


「ふう……やれやれ。来るなら来るでやりようもあったが……」

「いや、ムリでしょう」


「『今は』ムリだが、『いずれ』可能だとは踏んでいるよ。私とキミと土精さまと……その他もろもろそろえばね」

「いや、俺はアレと戦う気はないんで」

「なんと!」


だからこそ、彼女は森に引っ込んだのだろう。

もし俺がみじんでも殺意を持っていた場合、あっと言う間にこちらまでやって来ていただろう。

もちろん、そのご自慢の黒い森ごと引き連れて……。


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TIPS『赤表紙本からの抜粋』


・黒森と闇産み

恐らくアレはこの世界、つまり精霊が産んだものであろう。

その目的は人類というウイルスへの免疫細胞だ。


死神が特異点を刈り取るのも、世界の均衡バランスを維持するためだろう。


この大陸の文明や文化をいつまで経っても『中世ファンタジー』に抑えつける存在。


元の世界では精霊の干渉力がよわく、あんなものは存在しなかったが……いや。

中世から近世への過渡期に発生した黒死病や、第一次大戦を終わらせたスペイン風邪などは、もしかすると精霊の悪あがきだったのかもしれない。


私としてはただの復讐相手でしかないが。


・外海について

黒森、闇産みに同じ。

精霊せかいの防衛機構。


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※土、日と投稿予定です。

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