第249話 「ここではない世界へ」

「――止めろ!!」


その叫びは精霊たちに無視された。

むしろそんなことはありえないとばかりに、より苛烈かれつに。


炎と、炎と、炎。

それがひたすらに勇者の体を包み込む。


「――クソッ!!!」


無理やりに術を想起そうきし、周囲のすべての火精をそちらへ叩き込む。

選んだモノは『核熱』

それをはるか北方へ、はるか上空へと撃ち放つことで彼への攻撃を止めさせた。


遠く山脈のむこうに、巨大な爆発と閃光が巻き起こる。

しかしそんなモノも、今はどうでもいい。


「……ごふっ。ハハハ……すげえな師匠さん……」


勇者が、あの攻撃にさらされ生きていたからだ。

体のすみずみまで焼き焦がされ千切れかけながら、なお。


「オマエ……どうして?」

「ハッ……ハハハ……」


勇者は笑いを止めない。


「どうして……生きている?」

「奇跡だよ」


「奇跡って、たしかにその体で生きていればそうだが……」

「いや」


勇者は首をわずかに傾ける。

もはや振ることはできないようだ。


「『奇跡』だ。ゲームじゃ定番の回復魔法アレさ」

「なっ!?」


賢者が魔術だけでなく奇跡も使えるのは知っている。

しかし、まれびとである彼が使えるなどありえるのか。


「いちどな。賢者にあの心臓を作ってもらう前だ。だいぶだいぶ前だ」

「それじゃ……それからずっと?」


「いや。後にも先にも『あの時』と、『今』だけだ」

「あの時って……」


「……この世界に、来た時だ」

「……。」


「俺の、スタート地点だ」


------------



「この世界にはな、妹と一緒にとばされたんだ」


自身の肉の焼ける匂い、血の焦げる匂いにむせ返りながら、勇者は語りだした。

言葉とともに、血を、命を吐き出しながら。



「とばされた先は山間の村でな。それも奴らが広場に集まってたその真っただ中だ。わけもわからず戸惑ってたら、村の連中はな」


……すげえ嬉しそうに飛びかかってきたぜ。


「そっから先はまあ、この世界でのまれびとの扱いのフルコースだ。満漢まんかん全席だ。俺は体中痛めつけられ、いろんな体の端っこを切断され、妹は奴らの玩具になった」


「三日三晩たった。ずっと声をかけてた妹はついに動かなくなった。

 奴らはやっと悪魔が死んだとケタケタ笑ってたよ。こんなに楽しいことはないって笑顔だったな。

 満ち足りた、いろいろなもんを発散したすがすがしい笑顔だった」


あんなに素直でキレイな顔は、いままで初めてみた……とケラケラ笑う。


「それから隙をみて脱走した。奴ら、あいつの死体をいたぶるのに集中してたからな。逃げるのは簡単だったぜ」


「逃げて、山に潜んで、木の実を食ったり獣を狩りながらひたすらプランを練った。奴らを皆殺しにする計画プランをな」


「ひと月計画を練った。それから実行した」


「一人ずつ、奴らを殺した。たっぷり時間をかけて、丁寧にな。

 簡単に死なせるなんてとんでもない。人の命は貴重なんだぜ」


「そうして、半年かけて村の奴らをゆっくり皆殺しにした」


…………。


「それでもな」

「不思議と、俺の中の怒りは収まらなかった」

「それから村をでて街まで来て」

「この世界のルールと、常識を知った」


「俺は歓喜したよ。この世界の人間は生きるに値しない。皆殺すのが正解だ」

「正しく、奴らが望むとおりの悪魔になってやろうってな」


彼は……途中からは泣いていた。

泣きながら笑っていた。

俺も、もしかしたら泣いていたかもしれない。


「でもまあ、俺は失敗したわけだ。……てなわけでとっとと殺してくれ」


いっそ親愛の情すら感じる微笑みで、彼は笑った。

ひどく悲しい笑顔だった。


…………。


「もう一度言う。いや、言わせてくれ。……取引をしないか」


「今後、俺の仲間に手を出さないと誓ってくれ。

 この世界の無辜むこの人たちに手を出さないと誓ってくれ」


そうしたら、見逃してやってもいい、と。

しばらく黙っていた彼は、心底おかしな言葉を聞いたように破顔する。


「そいつは無理だ」

「俺の頭の中ではな、今でもあいつの悲鳴が響いてる。年がら年中、四六時中だ。

 そしてあいつが三日三晩受けていた光景は、ついさっきのように思い出せる。……あいつを裏切るわけにはいかない」


「この世界のクソどもはすべて殺す。絶対に殺す。それを辞めたら、俺は俺を保てない。それに、あいつを裏切るなら死んだほうがマシだ」


……彼は、とても真っ直ぐな、青年のような……いや、少年のような瞳でそう宣言した。


「本当に、やめることはできないのか」

「くどいな、わかるだろ?」

「俺や、俺の仲間たちは、まれびとを助けるために動いてる。だんだんと、この世界の常識ルールも変わりつつある。

 ……それにお前も協力してくれないか。妹さんの無念も、いくらか晴らせるかもしれない」


ハハッ、と心底乾いた笑い声。

そこには、絶対に理解はできないという色がこめられていた。


「そんなクソみたいなこと、死んでも御免だね」


へらへらと空虚な笑いを響かせる。

本当に、彼を説得することは無理なようだ。

であれば、仲間や、この世界で平穏に暮らしている大多数の人々を危険にさらす彼を見逃すわけにはいかない。


得物の黒杖を彼の首にあてがう。

彼を殺すのに、この世界でたまたま授かった不思議チートな力を使うのはフェアではないと思ったのだ。


「なにか、他に言いたいことはないか」

乾いた笑顔のまま、彼は「はやくやれよ」と呟いた。


「……わかった」


覚悟を決める。

杖に力を込める。

ぐきり、と人間の首の骨を砕く感触がこの手に伝わる。


「あばよ」と、かすれた呼吸音にも似た言葉を吐き出し、彼は息絶えた。

最後に、どこか遠く……ここではない世界を見つめながら。ここではない世界を望みながら。




……どっと疲れが押し寄せる。

彼の首を砕いた感触もまだ消えない。


彼は、この世界の人々の目の前にとばされた。

俺は、たまたま大樹海にとばされ、客人に優しい獣人村に招かれた。


俺と彼がそれぞれ逆の場所に飛ばされていたなら……俺は彼で、彼は俺だったはずだ。

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