第248話 「魔弾の射手」
『
さきほどまでは不可能だった。
イリムが、ザリードゥが、そしてカシスが必死に勇者の全力を、彼の身体能力を引き出してくれたおかげで今の『予測』が可能となった。
俺ひとりでは到底それは不可能である。
俺ひとりでは、勇者と対峙しコンマ1秒と耐えられない。即座に首が飛ばされているだろう。
そして火精がいなければこんな『思考』には耐えられない。
今は
フジヤマでのニコラス・フラメルの腕を奪った一撃も、これまでの戦いでも……そもそも。
人間の脳は数百メートルはおろか数十メートルすら『直接』把握するようにはできていない。
『
それを助けてくれたのは……ずっとずっとついてきてくれた火精たちだろう。
リンドヴルムを筆頭に、ふがいない主人を助けてくれていたのだ。
もちろん空間魔法には風精も、この域に至るには師であるアスタルテも……ほかにもほかにも。
俺の強さは、俺の能力は、決して俺ひとりの成果ではない。
「――セァアアアア!!」
勇者7度目の、奇襲ですらない奇襲を防ぎきり彼を見る。
『全知』でわかる。
彼の眼球がどう動きどこを捉えどこに『飛ぼう』としてるのか。
動きのクセも足運びも筋肉の動きもすべてすべて。
「……。」
俺はたくさんの人や存在に助けられてここまできた。
でも……彼はどうだったのだろう。
怒りと、破壊と、殺戮の道を選んだ彼はどうだったのだろう。
……だが、しかし。
仲間を殺すと、そしてニンゲン狩りを続けると、いずれ
ゆえに手加減はできない。
ゆえに殺すことになるかもしれない。
その覚悟を心に刻み込む。
「仕掛けるつもりだな……師匠さん」
「ああ」
こちらの戦意……いや殺気を感じ取ってか、勇者が言葉をこぼす。それに応える必要はないはずだが、思わず応えてしまった。
なぜなら、『コレ』を始めればもう彼とは話すことができなくなるかもしれないから。
だから、まれびと同士、最後の会話をしておきたかったのかもしれない。
「こいよ。余裕ではねのけてやるぜ。そのうえでアンタに絶望を与えてやるさ」
「……そうか」
言葉と言葉、つまりは知性によるやり取りはここまで。
ここからさきは暴力、つまりは獣性によるやり取りの時間だ。
「――じゃあ、いくぞ」
そうして、全力全開の
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背後からの
『
常人、いや達人ですらかわすのは至難の技だろう。
……このレベルの戦いからすれば、ただの『通常攻撃』でしかないが。
「?」
当然、勇者も不思議な顔でそれをなんなくかわし……そして弾く。
秒で放った10の『火弾』など、なんら驚異にならないだろう。
――それが、ただの『
勇者が弾いた弾も、勇者がかわした弾も……すべてすべて、その軌道をくるりと変えていた。
「!?」
勇者が弾いた弾も、勇者がかわした弾も……すべてすべて、必中の『魔弾』である。
避けたはじから……
避けたと同時に腹へ直撃する。
「ガハッ!!」
それが次々と。
勇者を囲うように、包むように、逃さぬように、雨あられと発射されるそれらは、彼が避けたと同時に彼を捉える。捉えたと同時に起爆する。
勇者の姿が、全身が、あますことなく赤い爆発に包まれる。
彼が、悲鳴をあげたのかすらわからない。
ただひたすらに、弾丸が空気を切り裂く音と、絶えまない爆発音がこの場を満たす。
術式名『
『
まさに物語の【魔弾の射手】がごとく、絶対に当たる魔法の弾丸だ。
そして魔法がかかっているのは軌道だけではない。
『
さすがにこの状態の二丁拳銃は回転が落ちる……が、それを補うのが『歪曲』による必中誘導。
相手の肉体へ鋭くえぐり込み、内部で爆発する弾の一発一発がまさに即死級。
つまり必中にして必殺の技である。
「…………。」
だが、
――その攻撃を受けてなお、受け続けてなお、勇者は止まらなかった。
「そんなモンかぁああああ!! 師匠さんよォ!!」
彼は笑っていた。
全身を
真っ直ぐに
千切れかけた右手に握るは『
ところどころ金で装飾された、王者のつるぎ。
「――セイッツ!!!」
右手が壊れるのもかまわずに、さきほどと……いやさきほど以上の速さで横
もちろん、『
しかし、その気迫に一瞬判断が遅れる。彼に
勇者のつるぎが俺の首へと迫る。
そして当然のごとく、その攻撃は
主人を守るべく、精霊が『歪曲』を発動させたのだ。
勇者の横薙ぎは真下への振り下ろしへと軌道を変え、それに耐えきれず彼の手首がボキリとへし折れる。
耳をふさぎたくなる音のあとに、地面が割り砕かれる爆砕音。
しかし勇者は悲鳴ひとつあげず、攻撃を続行する。
「――ハッ! 今のは
ぶらぶらと邪魔な右腕を見限り、残った左手で剣を握り直す。
ついで素早い足運び……からの鋭い突き。
「シッ!!」
それもなんなく『歪曲』で折り曲げ、崩れた体勢に火線を叩き込む。
すでに死に
「……。」
いくら備えた
「……いや」
そう思ったのはこれで5度目だ。
さきほどからずっと「とどめの攻撃」を放っている。
殺す覚悟で放っている。
その覚悟をなんども味合わせられている。
――しかし、彼は止まらなかった。止められなかった。
「ハァアアアアアアアア!!!」
体中を穿たれようと、いくら体を焼かれようと、彼は戦い続けた。
『
ゆえに回復はない。
ないはずだ。
しかしそんなものは必要ないとばかりに戦いを続けている。
ただ、意思のチカラのみで戦い続けている。
そうとしか形容できない……その姿。
「……勇者、か」
違う目的なら。
違う世界なら。
……違う道なら。
そう呼ばれるにふさわしい姿であった。
「……ぐふっ」
その勇者の姿に、視界に、赤が差し込む。
たぶん、目から出血でもしているのだろう。
勇者が限界のように、こちらも限界だ。
『
並列想起からの
弾体はすべてすべて『熱杭』化しそれを『歪曲』で『魔弾』化し……、
正直、脳が焼き切れそうだ。
30秒だけならなんとかなると選んだ戦法は、すでに5分を超えている。超えられてしまっている。
そしていつまで続くのかもわからない。
勇者が止まるのが先か、俺が止まるのが先か。
勇者の体が壊れるのが先か、俺の脳が壊れるのが先か。
しかし、その終わりはとうとつに訪れた。
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「――ガッ……」
勇者がふらりと足をもたつかせ、その場に勢いよく倒れこんだ。
それから電池が切れたかのように、ピクリとも動かない。
本当にピクリとも。
「……死んだ……のか」
思わずつぶやく。
死んだのか、殺したのか……殺してしまったのか。
しかし彼は静かにうめき、手放しかけたつるぎを握り直そうと小指を動かした。這い上がろうと体を折り曲げた。
よわよわしく、
決して止まることはないとばかりに。
「……。」
彼の体はすでに殺した。しかし心は殺すことができないようだ。
その姿に、俺は「とどめの攻撃」を放つことができなかった。
だが……そのうずくまる青年に、いくつもの銃口が向けられた。
「!?」
いまなら勝てる、殺せる、今しかないと。
「――止めろ!!」
その言葉を皮切りに、勇者は炎に包まれた。
黒々と燃え盛る、紅蓮の炎に包まれた。
それから尽きることなく、火線が彼の体を埋め尽くした。
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