第246話 「モールモースの前衛後衛」

「――ハァアアア!!」

「セイッ!」


イリムの真っ赤な槍と、勇者の赤銅色の剣が交差し、ガギィィィィンと不快な音を響かせる。

だが、けっして『直接』触れ合うことはない。


なぜなら武器としての強度はあちらがはるかに上だからだ。イリムの槍……竜血鋼でできた黒きドラゴンウェポンですら、絶対破壊不能金属アダマンタイトには砕かれうる。


ゆえに、彼女の槍には『纏炎マトイホムラ』が施されている。

物質化マテリアライズした、超硬スーパーハードな炎の外殻が、彼女の槍を守っている。


「――師匠!」

「あいよ!」


さらにさらに、地面から、真上から、背後から、左右から、勇者を攻め立てる。


『火弾』で、『火槍』で、空間を縦横無尽に埋め尽くす。

赤以外の色は要らないと、空間を炎で染め上げる。


……しかし、勇者はそのことごとくを防いでいた。


剣で、剣で、そして剣で。

もちろん不壊の剣には傷一つつかない。


「防御もできるんだな」


つい、言葉が漏れる。

あの超回復に頼りきりではなかったようだ。


「ああ、もちろんな。……そして回避も大得意だ」


にやりと、親愛の情などみじんもない笑みを浮かべた直後――勇者が消失した。


「師匠、お願いします!」

「ああ!!」


イリムがぱっ、とこちらへ飛び退く。

彼女を守るように左腕でかきだき、そして『俯瞰フォーサイト』を密にする。


そうして彼女の静かな吐息がふたつ、みっつと重なったころ……すぐ真横に勇者が現れた。


「――チッ!」


ほぼデタラメに地面から『火槍』を突き立て、周囲360度を埋め尽くす。


こうすることで、攻撃けん、防御兼、威嚇いかくと成す。

こうすることでしか、彼の奇襲に対処できない。


なぜなら、『俯瞰フォーサイト』では『存在遮蔽スナーク』に対応できないからだ。


「師匠、今のも?」

「ああ、空間に変化はない」


存在確率をいじる……という妙な特性のせいか、勇者の『縮地』そして『存在遮蔽スナーク』は空間に揺れやゆらぎをまったく起こさずに『転移』してくる。


まれびとの転移ははっきりと波紋が起こる。

しかし勇者の転移はまるで「始めからそこに居た」かのように、自然にそこに現れる。水面みなもいだままだ。


「……だが、まあ」


さきほどよりはるかにやりやすい。戦いやすい。

なぜなら風精が戻ったことにより『赤の領域』を維持しなくてすんでいるからだ。


『赤の領域』は氷の魔女の領域と同じく、場に特定の精霊をまんべんなく敷き詰めることで、他の精霊力を排除する。

結果、勇者のアーティファクトの多くを封じることができる。


しかし、『減速・停滞』をむねとする氷精と違い、『運動・破壊』がメインの火精をじっと静かに黙らせておくのは至難の技だ。


それに比べて、場の風精をすべて従えるほうがはるかに楽だ。


風竜に付いていたであろう新参の風の精霊も、『歪曲』や『俯瞰フォーサイト』など今までこの世界で、数千年生きてきて初めて見る使われ方に興味津々なのが伝わる。


次々と風の精霊力……すなわち『空間魔法』のチカラが増しているのがわかる。

さすが、『自由・変化』をむねとする精霊だ。


いいぞ、どんどん来い。

俺の容量キャパシティはまだまだ余裕がある。


オマエらの主人は死んだのだろう。

みけに、仲間に殺されたのだろう。

くあてはないのだろう。


だったら俺についてこい。

これから、北のはて、氷の世界を見せてやる。

オマエらの主人がびびって無視していたあの世界だ。オマエらがずっとずっと、立ち入り禁止だったあの世界だ。


あの世界は、もうすぐ立ち入り禁止でなくなる。

入っていけない場所ではなくなる。


行きたい場所、見たい場所を俺が自由に見せてやる。


だから全員――俺にチカラを貸してくれ。


------------


それから……いくども、槍と剣がぶつかり合う音と、両者の裂帛れっぱくの声と、その合間を埋める赤い火線が続いた。

そうしてどんどん……勇者の勝ちの目はなくなっていった。


いまだ彼は槍のひとつも、火傷やけどのひとつも負ってはいない。

しかし、すでに『成った』


「イリム、よくやった。交代だ」

「……師匠……でもっ!」


イリムはまだやれる。まだまだやれるという顔だ。

だが、体はボロボロ。

いくつもいくつも傷跡が刻まれ、見るにえない。

『予測』では、あと50も打ち合えば致命傷をもらってしまう。

それは、彼女らの戦いからしたら5秒に満たない。


「決めていただろう。こうなったら、俺が代わるって」

「……ええ。 でも、でも師匠……もし、もし師匠が……」

「いや」


しっかりと否定する。

それだけはありえないと。


「俺は絶対に死なないし、絶対に負けない。約束したからな」

「……師匠」


「それにしっかりイリムが時間を稼いでくれたからな。だからもう……大丈夫だ」

「……わかりました」


イリムがすっ、と身を引く。

その、彼女が空けた空間を埋めるように、一歩、二歩と前に出る。


「オイオイ、師匠さん。なんのつもりだ?」

「俺が最後なんだろ? 最初がイリムで、次がカシスで……だったら、俺が前に出ないとな」


「はあ? ……イヤイヤおかしいぞアンタ? アンタは精霊術師で、つまり後衛の魔法使いだろ」

「いや」


明確に告げる。

そんな概念がいねんは時代遅れだと。


「いまから……前衛は俺だ。こっから後ろにはただの『一歩』も歩ませない。ゆえに仲間はひとりも殺させない。全力でいくぞ……勇者」

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