第245話 「バルドルの小枝」
「ごっ……がっ……」
口から血があふれてくる。
しかし、胸に短剣を刺された程度ではなんともないはず。
なにしろ俺の心臓は『
絶対破壊不能のアダマンタイト製であり、その効果は『
腕がもげようが腹がすり潰されようが問題ない。
いわんや、たかだか臓器のひとつを刺されたぐらいで血を吐くなどありえない。
「――ゴパッ!!」
だが、盛大に口から
これは血なのか昨日食ったものなのかもわからない。
わずらわしい。
口を拭い、ついで胸に刺さった邪魔者を引き抜く。
すると、なぜか傷口はふさがらずにダラダラと生暖かい液体がこぼれていく。
「……。」
握った短剣を
「……ハッ、なるほどな」
なんなのかはわからないが、魔法のアイテムってことか。
そしてわかることは……こんなもんじゃ、俺はまだまだ殺られねぇってことだ。
◇◇◇
「カシスっ!!」
勇者に蹴り飛ばされ、イリムが受け止めた彼女に駆け寄る。
すでにザリードゥが秒で奇跡を編み上げ、その大がらな手のひらが傷口をおさえている。
しかし……しかし。
彼の手の甲にある、
「ザリードゥ! 『
「出血は止めた! だが……」
ザリードゥの表情は
この顔は見たことがある……アルマが狙撃され、『
「……。」
血を止めても、表面を
それを俺はあの日、痛いほどにわからされて……
「……うっ」
「カシス!」
さきほどまで気絶していた彼女が、ゆっくりと目を開ける。
そうしてすぐさま、つよい視線をこちらへむけた。
「……あんた、なにやってんの?」
「なにって、だっておまえが」
「見てたでしょ。 今がアイツを止めるチャンスよ。……アレを、アイツの回復を止めてやったんだから」
「えっ?」
「
ヤドリギの短剣。
2年前の交易都市で「勇者組の調査」の報酬として、アスタルテから貰ったものだ。
そして、先のダンジョン……【
たしかに、あのニコラス・フラメル謹製のゴーレムコアを解除できるのであれば、賢者のアーティファクトも解除できるだろう。
「でも、なんでそんな無茶を……」
「……あいつ」
「?」
「私に攻撃するときだけ……かなり動きが鈍ってたから……いけるかなって……さ」
勇者を見る。
すでに刺された短剣を引き抜き、そこに燃え盛るナイフを押し当てている。
あれは……止血か。
つまり、止血が必要ということは、自前では回復が行えないということだ。
「……行って。せっかく作ったチャンスなんだから、命がけで作ったチャンスなんだから……無駄にしないで」
にやりと不敵にほほ笑むカシス。
しかしその顔色はどんどん悪くなっている。
「……カシス……でも、」
「師匠!」
横からイリムの強い声。
見れば槍を勇者へと真っ直ぐに構え、こちらの肩をぐいと掴む。
「行きましょう、師匠。私達で止めるんです。そしてそれは今しか不可能です。カシスさんが作ってくれた、今このときにしかっ!」
「……イリム」
「ザリードゥ、カシスさんを頼みます」
「……おうよ、死ぬ気で死なせねェよ」
力強く、ザリードゥが応える。
イリムが肩をさらに引く。
「師匠、あと数秒で勇者がこちらに。すぐに戦いになります」
「――わかった」
黒杖をつかみ、立ち上がる。
戦場をできるだけカシスとザリードゥから遠ざけねばならない。
そのためには、一瞬でもはやくここから離れなければならない。
だからひとこと。
「絶対に死ぬなよ」とだけ残し、俺とイリムは勇者へむけ駆け出した。
背後からかすかに聞こえる、「……ええ」という言葉を置き去りにして。
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「お別れはすませたか?」
「……。」
開口一番、勇者の挑発。
もちろんそれには応えず、しっかりと意識を集中する。
すでに彼との間合いは6メートル。
イリムであれば『縮地』などなくとも『一歩』で
後方にはびっしりと『炎の壁』を敷き、視線をふさぎ、カシスたちへの奇襲を防ぐ。
そうして……そう。
『
彼が1キロ圏内のどこに逃れようとも、すぐに居場所を察知できる。
『歪曲』もいつでもどこでも自在に操れる。
つまり……そう。
風竜に奪われた風の精霊たちが、そしてこの場の風精の支配権が、すべてこちらへ戻ってきたのだ。
それが意味することはただひとつ。
「風竜は……倒された」
「みたいだな」
「えっ!? じゃあみけちゃんは……!」と驚くイリムとは対象的に、勇者はもう知っているといった様子だ。
「師匠さん、俺だって【精霊術師】じゃないにしろ、あいつと契約を結んでる。だから
「……そうか。それと、賢者も押されてる」
「なるほどねぇ。ずいぶん音沙汰なしだと思ったらやっぱか」
「……。」
『俯瞰』と『精霊視』でわかった。
この丘から南東に500m地点、凄まじい数の鎖と刃……そして呪いと死霊が暴風のように荒れ狂っているのが。
さらに暴風の中心点、台風の目でいくどもいくども『白い爆発』が起こっているのが。
……そのすべてが、ただひとりの女性に向けて放たれているのが。
彼女が、死亡寸前と死亡確定をなんどもなんども行き来している……
「もう終わりにしないか?」
だからか。
ついぽろっとそんな言葉が漏れてしまった。
「今、降参すればオマエも……オマエの連れも命までは取らない。約束する」
「……。」
「断言する。時間が経てばたつほど、こちらが有利だ。みけと、そのゴーレム。それに俺の相棒が合流する。ユーミルも賢者を倒したあとこちらに」
「…………。」
「そして、オマエでは俺に勝てない。少なくとも、ずっと引き分けに持ち込むことはできる」
「………………。」
「だから、もう馬鹿げたことは終わりにしよう。正直俺だって、オマエのことは……」
「ふざけるなよ」
俺の言葉は、勇者のつよい
すらりと、手にした長剣をまっすぐに。
否定の意思も、ただひたすらにまっすぐに。
「師匠さん……アンタ、相当筋金入りの甘ちゃんだな。それともこっちをおちょくってんのか。『僕は正しい主人公です』『いいことをします、悪いやつは止めます』ってか」
「どうすればそこまでお花畑でいられるんだ? どうすればこのクソみたいな世界でそんな言葉を
勇者はつぎつぎと言葉をならべたて、最後にこぼすように口にした。
「よし、師匠さん。アンタは最後だ」
「……。」
「まずはそこの獣人を殺す。次は後ろのトカゲもろともあの女にトドメを刺す。遅れてやってくるチビもゴーレムから引きずり下ろして殺す。鎖女も当然殺す。それをぜんぶぜんぶ、アンタの目の前でやる」
「そこまでやれば……アンタも、やっとマトモになれるだろう。二度とふざけた言葉が吐けなくなるだろう」
ゆらり、と勇者が一歩近づく。
怒りと、剣気と、なにより殺気をともなって。
その姿と、彼の硬い意思をみて……決心した。
「わかった」
警告はした。
停戦も持ちかけた。
しかし彼は俺の仲間を殺すと宣言した。
ならば……もう。
ここから先は戦いしかありえない。
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