第244話 「怒り」

勇者のとっておきのみっつめ、『イクリプス

能力は「自己の存在確率」の操作


アスタルテとの会話を思い出し、思いついたことがある。


あの尽きることのない魔道具の群れのカラクリ。

消費型のアイテムである『黒い賢者の石ニグレドストーン』や『炎晶石』をいくどもいくども。


……あれは、『イクリプス』の応用ではないかと。


SFかなにかで聞いたことがある。

「自己」の定義とはなにか、どこまでが「自己」なのか。


あたりに散らばる勇者の「部品パーツ」を見る。

例えばあれはどの瞬間まで彼自体で、どの瞬間に彼でなくなるのか。


刃が入った瞬間か、切り落とされた瞬間か、それとも切り離された肉体に住むすべての細胞が活動を停止した瞬間か。


死についても同じことがいえる。

脳が止まった瞬間が「死んだ」のか、全身の細胞のすべてが死滅したときがそのヒトの死か。はたまた、すべての人に忘れさられた瞬間か。


つまるところ、自己……個人を特定するのはだいぶあやふやなもの、例えるなら情報である。

物体も、手で触れて目で見えていると「感じている」情報にすぎない。


そして、「自己」の範疇はんちゅうもいわば情報である。

そして、「自己」を定義する情報には……その者の所有物も含まれる。


少なくとも、そう『解釈』して『イクリプス』を運用した場合……自分の持ち物の「存在確率」もいじれるだろう。


そうすれば、消費した魔道具を再び定義することにより、何度でも消費アイテムを利用できる。

新品で、当然新しい、一度も使われたことのないアイテムを何度でも。


------------


「正解だ」


何度目かの接敵のおり、勇者に仮説を伝えると彼はあっさりと回答した。

……もちろん、長々と説明をのべたのではなく「それは『蝕』の効果か」と告げただけだが。


「しかし師匠さんも、あーゆーふわふわした考えが理解できるんだな。嬉しいよ」

「そーかよ」


迫る剣筋に、『火弾バレット』をぶつけてそらす。


「てことは師匠さんも「魔法使いイメージ型」……神経衰弱はぐちゃぐちゃのが得意だろ」

「ノーコメントだ」


遅れて、――それでもイナズマのような速さで駆けつけたイリムが、ついでザリードゥが間に割って入る。


「――師匠!!」

「ハッ、かわいい弟子だなぁ! ……師匠さん、アンタは本当に恵まれてるよ」

「そーかよ」

「いや、そうだろ?」

「なにを……、」


唐突に、突然に、勇者の雰囲気が変わった。

戦いの、殺し合いのさなかでさえヘラヘラとした顔から、色が消え失せた。


目から笑いが失われ、その視線は刺すようですらある。


「調べたよ。

 アンタ……飛ばされたのは大樹海だってな。そこでイリムちゃんに助けられ、温厚なケモノ村に招かれて……スローライフ満喫してたら古代竜にばったり出くわして、はい、パワーアップ……だろ?

 ずいぶんと恵まれたスタートじゃねえか」


「スローライフって……俺だって訓練したり腹刺されたりいろいろ……」

「それがどうした?」


今度こそ、その視線の中身がわかる。

それは明確な殺意であると。


「ちょっと練習して信頼されて、ちょっとピンチになったら『力が欲しいか』

 ――それのどこが恵まれてないんだ?」


「……。」


「そしてこの世界の大多数のまれびとからしたら、超イージーモードで強くなって仲間もポンポン増えて……、

 ――それのどこが恵まれてないんだ?」

「……そうだな」


勇者の怒りも、叱責もわかる。

俺のスタート地点が恵まれていたのも十分に。


「だからこそ、俺が変えなきゃいけないし、止めなきゃならない。氷も、冬も、オマエもな」

「――ハッ」


勇者が口だけで笑みをこぼす。

目は、意思は、より怒りに満ちながら。


「まるで主人公きどりだな。そんなアンタからすると、こっちは邪魔する悪役ってか。……勘違いするなよ」


「この世界に殺されたまれびとにならわかるぜ。

 この世界の異物にならわかるぜ。


 あの世界の住人にならわかるぜ。


 ――正解はこっちだ。

 だから邪魔をするな。俺たちの邪魔をするな。みんなの邪魔をするな。……アイツの邪魔をするな!」

「…………。」


正面から、素直ストレートな感情をぶつけられたじろぐ。

それにそう。

まるで「まれびとのなかで、俺だけがその気持を理解できない」と言われているようで……、


「私は、そうは思わない」


しかし、横合いからそれを否定する別の声。

りんとした、力強い、女性の声。


仲間の、カシスであった。



◇◇◇



横合いから声。

師匠さんの仲間の、JKである。


「少なくとも、私はそうは思わない」

「……なんだ、アンタの最初はどうだったんだ?」


戦いのさなかですることでないのは重々承知だ。

時間が経てばたつほどこちらが不利なのもわかっている。


げんに、風竜との経路パスがどんどん薄れているのがわかる。楽勝だとほざいていた賢者もいまだ音沙汰なし。


しかし、問わずにはいられなかった。

数少ない、この世界で生き残ったまれびととして。


「夢かなにかだと浮かれていたところに、別のやつが先に」

「へえ」


「アレをみて、ここが危険な場所だってわかって。隠れて、潜んで……それからなんとか」

「じゃあアンタも、わりと『イージー』なスタートだったんだな」

「ええ、他のみんなと比べればそうね」


「この世界に飛ばされたほとんどのヤツはな、そんな平和で甘ちゃんな……、」

「4人、殺した」


JK……カシスとかいったか。

彼女の表情が変わる。


「……へえ」

「盗賊だからとか、こちらが殺されそうだからとかじゃない。ただの村人をね、4人」


「飛ばされて一週間ぐらいかな。お腹も減って、体もボロボロで……どうしようもなくて。この世界の人間は敵だ、だから生き残るためには仕方がない。仕方がないって」

「いや、正解だ」


大正解だ。

彼女のわきでは、師匠さんが驚いた顔をしている。

いままで彼にも話したことがないのだろうし、話したくなかったのだろう。


ハッ。

彼は相当に恵まれている。

本当なら、この世界で最初を生き残るなら……当然にしてしかるべき行動であり、むしろ褒めるべき行動だというのに。


「でも、あれは間違ってた」

「……なんだと」


しかしなぜか、彼女の口からは意外な言葉が。


「だってやっぱり、あの人たちは関係ない。あの人たちが『アレ』をやったわけじゃない」

「いや、それは違う」


そんなことは関係がない。直接も間接も関係がない。


「ヤツラは醜いバケモノだ。放っておくだけで俺たちの害になる。ひとりでも多くヤツラを駆除するだけでひとりでも多くの俺たちを助けることができる。悲劇の発生を未然に防ぐことができる」

「それってすごく極端じゃない」

「……。」


……、なにか。

似た会話を、似た返答をどこかでされた気がする。


そうだ。

この世界に飛ばされる前、たしかにあいつが言った言葉だ。


もはや思い出すこともできないほど、その記憶は薄れているけれど。


「あなたの最初に、何があったのかは知らない。けど、あなたの直接のきっかけってソレでしょう?」

「だまれ」


生前の、あいつの声がよみがえる。


――じゃあさ、悪いのはその◯◯だけで、なにも人間滅ぼさなくてもいいんじゃないかな――


「この世界の人間を滅ぼすって……まるでみんなの理想みたいに語ってるけど、ほんとはすごく個人的なモノでしょう」

「……だまれ」


――でも、直接のきっかけってその事件でしょ。人類を滅ぼすって理想が、すごく個人的な復讐もくてきになったのは――


「――だまれ!!」


ぺちゃくちゃと、勝手なことをほざくJK。

いや……ただ制服を着てるだけの冒険者だ。


あいつが来年着るはずだったもの。

こんな世界に来なければ着れるはずだったもの。


それを着て、とうとうと、あいつとそっくりの言葉を吐く女。

懐かしい長い黒髪も、あいつの姿を連想させる。


「……ねえ、いまからでも止めることは、」

「――だまれって、言ってるだろがぁあああああああああ!!!」


『縮地』で飛び込む。

すぐさまJKを守るようにトカゲとケモノが割り込む。


すぐさま、鉄火と鉄火のせめぎ合い――空間に火花が満ちる。


いますぐあの女の戯言を止めねばならない。

卑怯にも、あいつとそっくりの言動で俺を騙そうとするあの女を。

あいつが着るはずだったモノまで用意して。


つまり、まれびとといえど殺さねばならない。殺さねばならない!


認めよう。

さきほどまで……俺にはどこかためらいがあった。迷いがあった。


あの前衛の3人のなかで、彼女の実力は数段劣る。

2度ほど、彼女の首を落とすチャンスがあった。

しかし、俺は踏み込めなかった。ひと動作遅れてしまった。


……おそらく、どこかでまだ『まれびと』を殺すことにためらいがあったのだろう。


だが、踏み込む。

こんどはより深く踏み込む。


こいつらは、

こいつらは。


本来はこちらのぶっ殺しリストに該当しない獣人族のくせに、俺の邪魔をする。

俺を騙そうと、卑怯にもあいつを利用したJKも。

そしてもちろん、師匠さんも。


「――コレでも喰らえっッツ!!」


あたりに『炎晶石』をぶちまく。

一度に5個の使用に抑えていたものを、こんどは一度に10個。


これで、彼は精霊の維持に手間取るだろうし、彼女らは、そこらじゅうに気を配らねばならない。

防御に、煙幕に、そして俺に。


爆発により発生した煙の合間をって、こちらと、あちらに視線を通す。

視線が通れば、『縮地』は完了する。


刹那せつなで、彼女の背後に。

たが当然のように、3人は反応する。


トカゲは両手の剣で、ケモミミ少女は真っ黒な槍で、JKは右手の刺突剣レイピアと左の円盾バックラーで。

だが、……もう。


その速さは見飽きている。

その連携は見飽きている。


暴風のように迫る魔剣と聖剣をかいくぐり、弾丸のようにせまる槍を二の腕で受け止め、より深く。


JKが受け流しパリィの体勢にはいる。

それももう見飽きている。


彼女のパリィのクセもわかった。

俺の重心が左なら左に、右なら右に受け流し崩そうとする……あまりに教科書的なもの。


「――セイッ!」

「……ハッ、」


そうしてわざと受け流させ、体勢を崩し……そのまま彼女の服を引っ掴む。

あいつが着るはずだったもの。

そして二度と着られないもの。


倒れ込み、ふたりもみくちゃになり、上から剣と槍が降り注ぐ。

しかし……決して首と頭は取らせない。


「あばよ」


彼女の腹に剣を突きこむ。

……突きこむ、つもりだった。


あまりに無防備、あまりにすきだらけのその腹部に。

これは取れる。確実にれる。るべき。


脳はそう判断を下し、腕はそれに従った。

しかし……体が、またしてもひと動作遅れてしまった。


「……やっぱりね」


もはや目と鼻の先の、少女……いや女のつぶやき。

そうして、直後。


――ズブリ、ズブズブ……と。


心の臓に痛みが疾走はしった。

見れば、短剣が胸へと突き刺さっている。


「見事だ。けどな、こんなもんじゃ俺は死なない」


即座に、いや……ようやく脳に従った右腕が、彼女の腹に剣を突きこむ。


「……ごふっ」


突き込み、すぐさま……やや遅れて剣のつかをひねり内蔵をかき回す。

正確に一回転。手応えも確実に。


「カシスさん!!」


剣を引き抜きつつ、ケモミミ少女のほうへJKを蹴り飛ばす。

駆け寄る仲間へ叩きつけるように、こちらはたっぷりと間合いをとって。


「まずは、ひとりだ」


そうして再度、すきだらけの好機チャンスへ踏み込まんと剣を握り直したとき……口から膨大な量の血が吹き出してきた。

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