第243話 「イクリプス」

「……おかしい」


さらに戦いが何合か。


イリムも、カシスも、ザリードゥも……もちろん俺も。

何度も危ない場面はあったし、逆にこちらが詰める場面もあった。


だが、いくら攻め立てようとも勇者の回復、そして『爆撃』攻撃は止まらない。

勇者の『爆撃』……『炎晶石』の破裂のたびに場に火精が追加され、ゆえに『場』のコントロールも難しくなる。


だが、それはまだなんとかなる。

なにより。


彼の持ち物がまったく尽きない。

明らかに、おかしい。


全力で『赤の領域』の維持に努めつつ、そして前衛と勇者の目にも留まらぬ攻防に集中しつつ考える。


勇者……彼の持ち物のなかで、破格といえる魔道具アーティファクトは次のみっつだ。


ひとつめ、『獅子王の剣レジェンド・オブ・カシナート

自慢の回転と雷撃は封じたが、いまなお不壊の剣として振るわれている。


ふたつめ、『獅子の心臓コル・レオニス

あの、バカバカしいほどの回復と、スプラッターな光景を生み出し続けている元凶。

燃料には黒い賢者の石もセットで。


そしてみっつめ、『イクリプス

古代の魔道具を賢者が修繕したもので、ノーマルな『透明化』から存在自体を完全に消す『存在遮蔽』まで自由に扱える隠密&防御チートである……と聞いた。


聞いたというのは以前彼と戦ったアスタルテが、「おそらくコレじゃろうて」と予想した物だからだ。


彼女の『隕石メテオ』をなんでもないかのように回避し、そして『縮地』で自由自在に飛び回る――そのさい、勇者の存在濃度が著しく低下したことで気づいたそうだ。


イクリプス』……奇しくもリディアの連れである、あの最古にして最強の死神と同じ名前なのは偶然ではない。


大昔、優れた魔法文明の時代に、優れた異能者たる死神のチカラを模倣しようと生み出されたシロモノである。


そもそも、この世界において異能ユニーク、変わった現能チカラの始まりは死神種だそうで、それを真似たいと思うのは自然な流れだろう。


地脈を縮め、一歩で千歩を刻む『縮地』

手品のように物を、ヒトを、己を隠す『遮蔽術』

そしてその極地である『存在遮蔽スナーク


みんなみんな、異能の死神がそれぞれ所有している現能ユニークだ。

アスタルテの『地脈移動』も、かつて彼らを真似して習得したそうだ。


つまり、特殊能力の祖を模倣もほうした魔道具アーティファクトであり、勇者の所持品のなかでもいちだんと格が高い。

ゆえに【賢者】をしてイチからの創作ではなくあくまで修繕だろうと。


そしてこの魔道具、もたらされる『結果』に比べ、『過程』はずいぶんややこしい。


過程……つまり方法に、現代では失われた魔法が使われているのだ。



――イリムの槍をかいくぐり、ザリードゥの剣を蹴り返し、カシスに受け流しパリィで体勢を崩されてなお……攻防の合間を縫ってこちらへ『現れる』勇者。


「オラオラッ!! そろそろキツイかぁ!!」

「くっ!」


それをすぐさま、はんばルーチンと化した術式発動で防ぎ切る。

そのさいに、『赤の領域』の保持がいくぶん不安定になりヒヤヒヤする。


「じゃあな」


そうしてこのターンの『隙きチャンス』はここまでとすぐに見切りをつけ勇者は離脱する。


……本当に、攻めも守りも割り切りが良い。


あの変幻自在の攻防を可能としている『蝕』の能力……それは「自己の存在確率の操作」である。


……我が師アスタルテとの会話を思い出す。



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彼女から説明を聞いた時、最初はなんじゃそりゃと思った。

例えば自分をゼロパーセントにしたらそれはただの自殺じゃないかと。


「……まあ、古代人は妙なことを考えるのが好きじゃし得意じゃったからの」

「テツガク者が多かったのか」


「日がな一日、議論したり討論したりと暇な連中が多かったの」

「うらやましい限りだ」


ギリシャやローマな時代を彷彿ほうふつとさせるな。


「そいでな、『蝕』を用いて『地脈移動』……『縮地』を再現するのじゃが」

「ふむふむ」


「いったんその場の【自己】を限りなくゼロにして、それから目指す場の「自己の存在確率」あるいは「濃度」を高めると……『移動』が完了する」

「???」


「これで『縮地』の再現になる。

 『遮蔽ステルス』および『存在遮蔽スナーク』も、その場で一時的に存在濃度をいじくれば可能じゃ。かすみほどになれば我の『隕石メテオ』もそよ吹く風じゃろて」

「うーーーん」


わかったような。

わからんような。


そんな意味不明な道具を操る勇者。

実は頭がいいのだろうか。


「……じゃが、やはりあの青年」

「ん、なんだ?」


「古代人が開発した『蝕』じゃが、奴らはそれを使いこなせなかったんじゃよ」

「ほう」


「考えてもみい。

 【己】の存在自体の確率……いわば『生き死に』を己でいじくる。程度を誤れば世界から消え失せる危険な綱渡りじゃ」

「……。」


「『縮地』のたびに死にかかっておるといってもいい。まともな精神ならまず耐えられん」

「…………。」


「じゃから、それを使いこなせるとしたら。

 ――狂っているか、壊れているか、どちらかじゃろて」

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