第242話 「アーティファクター」

風竜の猛追を振り切り、みけと交代し……しばらくたった。


風精はいまだ戻らず、ゆえに『歪曲』も『俯瞰フォーサイト』も満足に使えない。


戦いは続いている。

【勇者】の精霊術……否、精霊使いを封じ、それでも戦いは続いている。


風精に頼ったあらゆる魔道具アーティファクトの使用を禁じてなお、勇者の強さは健在だった。


「――ふう」


前衛の猛攻を注視しつつ、こちらも役割に務める。


『赤の領域』


火精を空間に敷き詰めることで、ほかのあらゆる精霊を排除する。非常に支配的で、かつ危険な術式だ。


げんに、ひとたび集中を切らせばこの場は炎と熱に包まれるだろう。

それこそ、丘がまるごと吹き飛ぶほどに。


本来、火精は燃え上がり爆発することを好む。

破壊衝動の詰まった問題児だ。


そんな彼らをなだめ、抑えつけ、コントロールする。

しかも他の精霊の居場所をなくすほど大量に。


そして、その効果は絶大だった。



「貰ったァア!!」


ザリードゥの裂帛れっぱくの一撃。

ふたたび、勇者の左手首が千切れ飛ぶ。


……そう、ふたたび……なのだ。


「ハッ、やるなあトカゲ男!」


勇者は『一歩』で『二十歩』ほど後退し、なんでもないことのように左腕をブンブンと振る。


……そうして、みるみるうちに手首が生えてきた。


「うっ、またかよ」


正直うんざりする光景だ。

戦場たる丘の上には、そうして千切れた勇者の『部位パーツ』がそこかしこに落ちている。


指だったり、腕だったり、足だったり……なんど吐きかけたことか。


もちろん死体などは見慣れているが、その持ち主が平然と、しかもそっくりそのまま同じ『部位パーツ』をそろえているさまは勘弁してほしい。


そしてだんだんと……彼が部品パーツをこぼすことが少なくなってきた。


「そこですっ!!」

「甘い!」


イリムの鋭い、比喩ひゆでなく弾丸なみの突きをゆうゆうとかわす勇者。

即座に身をひねり、回転するコマのように回避と攻撃を同時に繰り出している。


そう。

『赤の領域』により彼の魔道具アーティファクトの大半を封じた直後はこちらの優勢だった。

イリムとザリードゥの猛攻により彼はいくども部位パーツを落とし、あともうひと押しというところまで攻め立てた。


しかしだんだんと……この状態の戦いに慣れてきたのだろう。


アスタルテやリディアから聞いた、彼の武装。


移動速度を上げる『風の疾靴エルブンブーツ』は回避や踏み込みの要であり、雷撃を操る魔法の指輪は範囲攻撃の要。

ほかにも突風だったりカマイタチだったり、いろいろだ。


そして、その手札をまるごと取り上げられた状態でなお、状況は五分五分である。



「トカゲだってそんなポンポン生えてきゃしねェぞ」

「わりぃな」


前線のザリードゥが苦笑いしつつつぶやくと、それに苦笑しつつ応える勇者。


「そうだな。――ココだ」


新品の左指で、トントンと額を叩く。


「ココを潰すか首を飛ばせば終わる。……化け物フリークス退治の定番だろ?」


そうして懐から、黒い石炭のようなものを取り出し、おもむろに口に放り込む。


ガリガリと耳障りな音。

バリボリと歯の砕ける音。


そうして、じつに不味そうにソレを飲み下す。


「……なんなんだ、それ。さっきから……」


思わずこぼした質問に、なぜか勇者は応えてくれた。


「ラストエリクサー症候群って知ってるか、師匠さん」

「……ああ」


そこかしこに人間の部位が散乱した『殺し合い』の場に、まったくそぐわないネーミング。

もちろん知っている。

貴重な回復アイテムをもったいないと抱え込みながら、結局クリアしてしまうことを皮肉ったものだ。


「コレにはそれがない。……つうか、俺にはソレがないんだよ」

「……?」


そうしてまた懐から、黒い石炭を取り出しバリボリと摂取する。

……たしかに、さきほどからこれで7回目。

あの黒い石をなんどもなんども噛み砕き飲み込んでいる。


察するに、MPポーションのようなものだろうか。

いくら勇者自慢の『獅子の心臓コル・レオニス』が破格の魔道具とはいえ、燃料なしではむちゃくちゃ硬い心臓にすぎない。

高性能のスポーツカーには、それに見合ったガソリンが必要だ。


しかし、フラメル家で2年間、多少なり魔術をかじった経験からすると違和感がある。

下手すると奇跡である『大治癒グレーターヒール』すら超えたあの『身体蘇生』、なみの魔力では到底足りない。


それこそ、フラメルが所有する赤い石だったり、みけが所有する白い石だったりすれば……、


「……まさか」


「おおっ、師匠さんは気づいたか!

 まあこっちの前衛3人は戦士に僧侶に盗賊だからなぁ……っと!」

「チッ!」


会話のあいまを縫うように、『一歩』で勇者がこちらへ現れる。

もちろんこの手も何度目かで、すぐさま『火壁ファイアウォール』『火槍』で対処。


――ガギィィィィン!!


勇者の剣と、物質化マテリアライズした炎が激しくぶつかりあう音。

つまりは本来、実在しえない音。


「ったく、硬ぇな相変わらず!」


絶対破壊不能の剣を、絶対に壊させないという強い意思で防ぎきる。


「――師匠!!」


横合いからイリムの声。

だが、駆け寄る3人に向け勇者がなにかを素早く投じる。

また、アレか!


「ザリードゥ、壁だ!!」「もうやってる!」


頼れる聖職者のトカゲマンは、すでに『奇跡』を発現していた。


白く輝く『ウォール』が展開し、勇者の投じたなにかから仲間を守る。


――直後、爆発と衝撃。それが何度も何度も。


都合5回を数えたところで『爆発』は止み、気づけば勇者は距離をとっていた。

そうしてあたりには新参の【火精】が増えている。


……あれは、『炎晶石』だ。


俺も錬金術師であるみけや屋敷のじいやさんの助けを借り、ふたつほど持っている。


炎晶石は内部に火精を封じ込めた、キレイな拳大のクリスタルで、投げつけることで『大火球ファイアボール』相当の魔法を発現させる。

しかもあたりに火精が解放されるため、精霊術師である俺には一粒で二度美味しいアイテムである。


しかし、いまは正直邪魔だ。

『赤の領域』の維持のため、火精たちをなだめ、すかし、コントロールしているいまこの時、ああもポイポイ【問題児】を追加されては困る。


即座に、いまにも暴れだしそうな新参者に語りかけ、仲間に引き込み、落ち着かせる。


勇者はわかってやっているのか、いないのか。

彼のあの攻撃は、ガソリンがばらまかれた部屋でマッチを擦るようなものだ。


しかもそれを何度も何度も。

正確に数えてはいないが、50は下らないだろう。


「いったい何個持ってるんだよ……」


手のひら大のクリスタル、持ち物としてはややかさばる。

それに、素材のお値段も相応でありあそこまでバカスカ使うようなモノでもない。


それだけ【賢者】が優秀なのか。

さきの『黒い賢者の石』といい、『炎晶石』といい。


……なるほど、【魔道具まみれアーティファクター】の名はだてではないな。

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