第240話 「お子様ランチには不合格」

魔力が唸る。疾走る。

いくつもの火線が空を埋め尽くし、視界が真っ赤に染まる。


端的シンプルにいって……紅の導師は飛び道具の天才だった。

ミサイルもレーザーもすべてすべて再現できるとの言葉にまったく嘘はなかったのだ。


「ハハッ! ビンゴ! ビンゴ!」


ジェレマイアが指を突き立てる。

熱杭ヒートパイル』が群れを成す。


ジェレマイアが指を突き立てる。

魔法の矢マジックボルト』……否、『魔法の大砲マジックカノン』が天を突く。


そうして合間合間に、ついでとばかりに光り輝く雷電竜も放たれる。

それは空を駆け、ひたすらに風竜を追尾していた。


あれが彼の『魔法の矢』か。

太さも速さも規格外で、ボルトなんて生易しいものでは決してないけど。


「……すごい」


私がその火力に圧倒されていると、肩からするどい声が。


「みけちゃん! 次は右だ!!」

「はっ、はい!!」


指示に従い、左足の噴射口から魔力を炸裂バーストさせる。

師匠さんいわくバーニア移動。

巨体がぐわっと右へ飛び、すぐさま左から轟音が。


みると、さっきまで私達がいたところに雷光が炸裂している。


「ジェレマイアさんは風竜の攻撃が読めるんですか?」

「視える、が正しいね。ムラカミにちなんで『5秒後の世界アナザーグラウンド』と名付けた術式を左目に仕込んでいる。

 思えば生前、私が唯一読んだことのあるファンタジー小説、それも異世界転移モノになるのかな……っと、次は後方だ!」

「はい!」


そうしてまた彼の指示で後ろへバーニア移動。そしてすぐさま目の前に雷光が。

本当に、視えているのだ。

この双方の攻撃により砂煙と稲光と火線まみれの戦場で、的確に。


「しかしキミの『賢者の石』は素晴らしい。いくら私でも存在しない魔力は操れないからね。だからふだんの私はここまで馬鹿みたいな攻撃はできない。そこは誤解しないでくれ」

「それなんですが……風竜も、そして勇者たちも同じモノを持っています」

「ほう」


そう。

こちらが『賢者の石』によって巨体ゴーレムを動かし、無尽蔵の攻撃魔法を放っているように、むこうは『賢者の石』によって無限に再生できる。

つまり状況は永遠に変わらない。


「ふむ。でも、おかしくないかね」

「なにがです?」

「本当に『賢者の石』を持っている場合、勇者は回復用の魔道具アーティファクトを持つ必要がないはずだが」

「――あっ……」


たしかにそうだ。

本物の『賢者の石』、大エリクシルには所有者を完全にするチカラがある。


永遠と完全。

それらの概念結晶である『賢者の石』は、その持ち主が衰え劣化することを許さない。

私が持つアルベドの賢者の石ではまだまだ不完全だけど……、


「あっ!」

「気づいたかね? そう、風竜陣営が持つ『賢者の石』は、決して『赤き真のルベド』ではない。そして私の目算ではキミの持つ『白き偽りアルベド』でもない。

 ……賢者の石と呼ぶことすらおこがましい『黒き穢れニグレド』。無限とはほどとおい三流品だ」

「『……黒き賢者の石ニグレドストーン』」


それは、祖であるニコラス・フラメルが去ったあと、なんとかフラメル家が創り出せたモノだ。


時は200年前。

しかし当時の当主はそれを発表することはなかった。

フラメル家としても、『黒』は誇れるに値しないのだ。


そしてその記録も、難解な記述により再現できていない。

そこまでに今のフラメル家は没落している。


「【賢者】は、創り出せたんですよね」

「まあそうなるね。しょせん黒ではあるが」

「……ふっ」


であるなら。

フラメルの娘であり、アルマさんの跡を継いだ私は……それを超えるモノを創り出さねばならない。

穢れでも、偽りでもなく、本物を。


「まあ、師匠さんに負けたニコラスさんに創れたんです。私にできないはずがないですね」

「ええっとみけちゃん。なんの話だね?」



◇◇◇


それからしばらく、光線と火線、雷撃と爆風の応酬が続いた。

5分か、10分か。

みけはジェレマイアの指示どおりに回避を続け、ただの一度もそれを間違えることはなかった。

ほぼ完璧に、自分の手足のようにゴーレムを操ってみせた。


ゆえに、その能力チカラは世界に認められた。


「――ふむ。どうやらみけちゃん、このロボット、白き賢者の石。そして私でひとつの個体と判定されたようだ。全部ひっくるめれば今現在こちらのほうが存在濃度が上のようだ」

「ええとなんのコトです?」


「みけちゃん、キミのおかげでもある。私の指示に正確に的確に、そして迅速に。でなければ到底この判定はありえなかった」

「……?」


「ある存在がある存在に対して決定的かつ致命的な魔術や呪い……つまりはチカラを行使しようとしたとき、対象の存在濃度が上回っているとそれが無効化されることがある。

 存在濃度判定レベルチェック、と私は呼んでいるがね」


「……えーっと、つまりさきほどまで風竜に使えなかったなんらかの術が、通用するようになったと?」

「そのとおり。 しかしさすが腐っても竜。私の全力であたってギリギリだろう。なので攻撃はキミに任せたい。できるかね?」

「!?」


「しかもとびきり強く、できれば飛び道具であってほしいのだが……無理なら私がなんとか……、」

「いえ、できます!」


みけは力強く答えた。

ずっとずっとゴーレムの運転だけ、回避だけでは申し訳ないと思っていた。

それにそう。

彼女と、そしてギガントマキアにはまだ見せていない技があるのだ。


「……頼もしい。では、みけちゃん。頼んだぞ」


------------



そうして再開された戦いは、ひどく単純なモノであった。

風竜はそれなりに戦えた。

速さと、速さと、速さでもって。


しかしその自慢の速さスピードを奪われたらどうなるか。

ことごとくを回避すれば無傷だが、尽くを受けきればどうなるか。


「ふーむ。やはり古代竜エンシェント……確定できるのは2秒ほどか」


空を電撃のように舞い、雨あられと放たれる『熱杭ヒートパイル』を風竜が避けている。

それをぐっ、とにらむジェレマイア。


「速い、あまりに速いな。ピントを合わせるのも一苦労だ」


「ジェレマイアさん! 準備できました!」


「おおっ、こちらも早いな! であるなら私も『観測』を急ぐとしよう」


そうしてジェレマイアは風竜を捉える。

視界の中心に、焦点のただなかに……さらにはその先に。


「――よし、『視えた』。未来確定、すなわち終わりだ。

 ではみけちゃん。思い切りぶっ放すといい」

「はい!!」


ゴーレムみけがぐっ、と拳を突き出す。

目標は正面、そしてななめ45度。


そのすがすがしいまでの攻撃姿勢に思わず風竜が吹き出す。


「――プッ! なにかするつもりかい!? この僕に!? まさか当たるとでも!? いいや無理だね理解わかりきってる! 愚鈍ノロマなキミらの攻撃が当たるはずがないってさ!!」


「そちらの攻撃が当たることもなかったですが?」

「だまれ!!」


風竜は今度こそ直撃させるつもりで雷光を放った。

そして華麗にターンし、ゆうゆうと回避を決めた。


……なぜかそのどちらも、実行には移せなかったが。


「――!? なんだ、体がっ……」


なぜかただただ、その場で羽ばたくしかできなかった。


なぜならジェレマイアが、2秒先まで彼がそうしているのを『観測』したからだ。

観測し確定した未来に抗うことは、いかに古代竜エンシェントとはいえ不可能である。


空間、時間の縛りは絶対的で、その優先権は竜といえど覆せない。


だからただただ、確定した結果に従って、風竜はのんきに羽ばたきを続けた。

それはまるで、滞空するたこのようであった。


そのマトにむけて、みけが死の宣告を下す。


「さきほどジェレマイアさんはあるものがこのゴーレムには足りないと言いましたね。

 ――もちろん、切り札はアレですよ!!」


体が大きくなったと思えばいい。

それにつれて術式を拡大すればいい。


――そう、それはひどくカンタンな解だ。

  巨体ゴーレムを己の体とし、いつものように魔術を放てばいい。


砲身が筒から大砲へ。

注ぎ込む魔力みずの量がバケツから風呂に変わるだけ。


そんなことを少女の身でやれば耐えられるわけはない。

しかしこの巨体ならば耐えられる。


そうして、その巨体は術式をまとい、魔力を貪欲に呑み込み……極限まで加速、加工されたソレを拳からぶちかました。


「これで終わりです! くらえ必殺!! 『しねしね光線』!!!」


その見た目は、まさしくスーパーなロボットが放つにふさわしい巨大極太レーザー。……色だけはあまり似合わない、黒や紫に染まった非常に毒々しいものだが。


その直撃を、まさしく体いっぱいで風竜が受け止める。

回避はおろか、防御姿勢すら取ることを許されずに。


「ごがぁあああああああああああああああ!!!!」


できることといえば、ひたすら苦痛の声を上げることだけ。

あとはそう。

そのまま地面に落下することだけ。


そうして本日2度めの墜落ダイブを決めた風竜に、バーニア移動で巨体が迫る。


「――ちょ、やめ……」


という制止の声、あるいは命乞いは当然却下された。

ゴーレムは風竜を踏みつけ、馬乗りに。


そこからそう……やっと、ついに。

巨人戦争ギガントマキアの性能を発揮した。



「はぁああああああ!!」


右腕が振るわれる。

拳が竜にめり込む。


左腕が振るわれる。

拳が竜にめり込む。


「ぐはっ! ごぼっ! ぐぎゃああああ!!」


めり込みのたびに、風竜が悲鳴をあげた。

それは意思による発声ではなく、ただの体の反応である。


さらに右腕が振るわれる。

竜の骨が砕ける。


さらに左腕が振るわれる。

竜の臓器が破裂する。


殴る殴る殴る殴る!!

さらに殴る。

えぐりこむように、突き立てるように、叩き潰すように!

少女はすべての魔力、実力、暴力をおのが拳にこめるがごとく、その両腕をふるった。


「ハハハハハッ! ビンゴだね!!」


そしてその爆心地へむけ、さらにさらに別の爆撃が撃ち込まれる。

【紅の導師】ジェレマイアの、これまた全力全開の『熱杭ヒートパイル』だ。


彼の『熱杭』は、もうひとりの『熱杭』使いと違い、回転の速さがウリだ。

秒間3発、矢継ぎ早に放たれるその一撃一撃が対戦車ロケットランチャーに匹敵し、彼はこの連射を一分は維持できる。


そうして、

そうして。


降り注ぐ巨大な拳と炎の丸太により、かつて風竜とよばれた者は息絶えた。


すべての肉体は千切れ、叩かれ、轢き潰され挽き肉ミンチに。

すべての挽き肉は加熱され、焼き焦がされ、炭化し。


跡にはただ、でかいだけの出来損ないのハンバーグが転がっていた。

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