第239話 「次元の混乱」

「このロボットには……ビームやミサイルが足りないね! であるなら私が代わりになろうではないか!!」


私の……いや、巨大ゴーレムギガントマキアの肩に乗った男性が高らかに宣言した。


見た目は真っ赤で派手派手。

光り物まみれの姿は趣味を疑う。


……しかし、しかしその身はすべて特級の魔術に満ちている。


「あなたはいったい……」

「お嬢さん、そろそろ反撃がくる。さきのエッフェル塔ほどの雷が地面に叩き込まれ、周囲一帯は吹き飛ぶだろう。

 ……なので一時離脱しよう。少しばかり『時差ボケ』がくるだろうから吐かないように注意したまえ」


そう言うと赤ローブの男性は指をパチンとならし、また小さくビンゴとつぶやいた。


――その直後、周囲に『ズレ』が発生した。

視界も、音もすっかり消え失せる。


「――うっ!?」

「意識を、自己をしっかり保ちたまえ。自分の体は確かに在ると思い続けるんだ。手や肩を握りしめるのも有効だろう」


「ええっと、こうですか?」


私はつい、さきほどまで自分の体として扱っていたゴーレムのほうを動かしてしまう。とっさに肩に乗った男性が首のほうへ飛び退く。


「うおっ! 危ない危ない」

「すっ、すいません……」

「いやいや、むしろいいよ。それだけ『自己』を『器物アーティファクト』に接続できているのだから。素晴らしい才能だ」

「ええと……ありがとうございます。ところであなたは……、」

「いや、そろそろ指定した30秒がたつ。あのときはここに3年も閉じ込められひどい思いをしたものだが、そのおかげで鍛錬できたと思えば僥倖ぎょうこうか……」

「?」


そうしてパッ、と暗闇だった視界が晴れる。

砂煙まみれの、赤茶けた大地が飛び込んでくる。

とたん、馬車酔いのような吐き気が体を襲った。


「……ううう」

「そうそう。戻るときが一番キツイんだ。私も初めては盛大に吐いたものだ。やっと刑期を終えた喜びのほうが勝ったけどね」


乙女として、男性のまえで吐き出すリバース醜態は見せられない……ので、必死に我慢する。

そうして飲み込んだ吐き気とともにおもてを上げると、空には緑の巨体が浮かんでいた。


ゆうゆうと羽ばたく風竜。

しかし気配から、彼が動揺しているのがこちらまで伝わってくる。


「――なぜっ!? なぜまだ生きている!! 僕の全力だぞ!!

 それにオマエ、肩のオマエはまさか……」

「当たらなければどうということはない、ってね」


「【紅の導師】ジェレマイア! オマエは黒森で死んだはずだろう!?」


------------


風竜が叫んだ名前は誰だって知っている。それこそ魔導の道を選んだものなら当然に。


紅の導師ジェレマイア。

破格のシルシを持って産まれ、よわい3つで神童と呼ばれた。


しかしそれにおごらず日々鍛錬を重ね、5つで中級の、8つで上級の基礎魔術をすべてマスター。

10のころには斬新な発想でつぎつぎとオリジナルの術式を編み出し、交易都市の魔術師ギルドに特待生として招かれた。


ほかにもいろいろ……いろいろ……。

そう。

とにもかくにも、とにかく。


「あのジェレマイアさんですか?」

「そうなるね」


「ええっと、あなたのファンでした!」

「それはどうも」


破格のシルシを持って産まれ、子どものころから魔術に通じて……そう。

私ととても似ているし、だからこそ尊敬する魔法使いのひとりだった。


「ええと、3年前に【黒森】で亡くなったと聞きましたが……」

「うん。3分後のつもりが3年後になったのは大失敗だね」


師匠さんから聞いたことがある。

3年前の黒森で、大蜘蛛【闇産み】に挑み、そして敗れたと。


彼女の吐く黒き死の糸。

あらゆる防御が通用しない絶対致死の呪いに呑まれるのをこの目で見たと。


「どうやって防いで……いえ。もしかして、さきの『ズレ』ですか」

「そう。キミは察しが良いね」

「なるほど」


さきの体験。

そして言葉。

にわかには信じられないが、天才の彼にならできるのだろう。


「時の魔術……『時間跳躍』ですか」

「残念ながらまたいだ時間を『跳躍スキップ』することはできない。それはキミもさきほど体験しただろう。一足飛びにズルすることは許されない、負債はきちんと払わなければならない。

 ゆえに、時間跳躍ではなく時間の入れ替え……『時の交換タイムシフト』とでも言うべきか」

「……ふむふむ」


時の魔術はいまだ誰も成し得たことがない。

師匠さんは『歪曲』をめちゃくちゃ工夫すればできるかも、時間と空間は同じモノでただ見え方が違うだけ……とか意味不明の供述をしていたけど、すでに先例がいたのだ。

すごい。

もっともっと、この天才魔法使いから話を聞きたいけど……でも、


「おい!! なにをベラベラ話している!?」と風竜の金切り声。


「……うるさいですね」


そうなのだ。

今は風竜との戦いのさなか。


「ジェレマイアさん。詳しいことはあとで聞かせてください。今はアレが邪魔なので」

「まあ、そうだね」


「そしてジェレマイアさん。できれば彼を倒すのに協力してはいただけないでしょうか」

「もちろん! なにより帝国には私の友人もいくらかいてね。この事態を引き起こした彼を生かしておくつもりはない」


紅の導師はローブをたなびかせ、厳しい視線を空にむける。

そのさきには風竜の姿。


「さきも言ったようにキミのロボットには飛び道具が足りない。しかし私はその手の攻撃は得意中の得意だ。ミサイルもレーザーも、すべてすべて再現できる」

「……その、ミサイルは爆発する飛翔体。レーザーは線状の光線ですよね」


「ほう。お嬢さん、それはどこで聞いたのかな?」

「ええと、仲間の師匠さんから……」

「ふむ。噂の精霊術師クンか。彼とはこの戦いが終わったらぜひ会ってみたいものだ」


ジェレマイアさんが指先を風竜にむける。

とたん、周囲にごうごうと風が巻き起こる。


莫迦バカなっ!? 僕の風が弾かれている……!?」


この場の大気は、風の精霊術師である風竜に支配されている。

ゆえに彼の許可なく風を操ることは不可能だ。


しかし、いまこのとき起きている風に風精は関係ない。

なぜなら、いまこのとき起きている風は、かき集められた魔力によるものだからだ。


通常不可視にして不干渉たる魔力は、加工するまで物理的な影響はほぼない。


しかし、でも。

ほぼないということはゼロではない。その量や密度が破格であればあるほど……こうして大気を弾き飛ばすほどの『現象』を引き起こせる。


「キミの首から下げたソレも、すこし借りるがいいかね」

「――!?」


白き賢者の石アルベドストーン』からもズルズルと魔力が引き出されている。

魔道具アーティファクトの所有者権限を完全に無視して一方的に。

こんなことは通常不可能だ。


そして量も破格。

私では、引き出したとたんにこの魔力に呑まれるだろう。


「では、ロボット大戦を始めようじゃないか!」



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※明日、投稿の予定です。

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