第238話 「ジャパニメーションでは需要がある」

体が――痛い。


腕や足を筆頭に、体中が痛い。


もちろん人体の重要な器官の詰まったあたりへの『防護プロテクション』は密に敷いている。

そのぶん生命維持にはさほど必要ないと切り捨てた体の末端……手足が必死に痛みを訴えている。


「まったく……術式の邪魔です」


で、あるので痛覚を断ち切るため手足に『麻痺パラライズ』を施す。

これでもうしばらくは守りの術を維持できる。


「――ハハッ、アハハハハッツ!! さっき見せた大ジャンプには驚いたよ! もう一度見せてくれないかなぁ、ねえねえねえ!!」


上空からは耳障りな風竜の声。

頭上かつ空中という圧倒的アドバンテージがよほど楽しいのだろう。

軽やかな声とともに、即死級の雷をなんども浴びせてくる。


でも、まだ耐えられる。

古代竜エンシェントの攻撃に耐えられる。


なぜなら風竜にとって『電気』を操るのはわりと遠回りな方法だから。

本来は、素直に風のみで吹き飛ばし揉みしだき切り刻むのが一番だ。


けれど、総アダマント製のゴーレムにそんなものは通用しない。

わずかに通すとはいえ、それでも電気耐性は全物質中最高峰。


まわりくどい電気攻撃を出すしかない風竜に対して、今の私は相性がいい。

だから……私はまだ耐えられる。

これだけの『鎧』を身にまとっているのだから。


これで負けるなんて、フラメルの娘としてもネビニラルの娘としても許されることではない。

だからまだまだ、戦いを続けなければならない。



……でも、勝つ手段はあるのだろうか。

だって、こちらには相手を倒す手段がない。


さきほど挑んだ全力のブーストジャンプは軽々とかわされた。

自在に空を駆ける彼に到底通じるものではなかったのだ。


いちおう、飛び道具があるにはある。

しかしさきの回避能力をみるに当たるとは思えない。


こちらにあるのは、圧倒的な防御力と絶望的な機動力。

あちらにあるのは、圧倒的な機動力と絶対的な攻撃力。


ひたすらにじわじわと、こちらが追い詰められていくだろう。

あと出来ることといえば時間稼ぎぐらい。


けれど、それも私の役目かもしれない。


なんだかんだ、通電という痛みにも慣れてきた。

体の痛みなんて、無視しようと思えばできるものだ。

だってやっぱり、私の人生はそればかりだったから。



――ふと、あの死霊術師の館ラトウィッジの記憶が蘇る。


あのクソジジイは人とのやり取りに、言葉や魔術による暴力以外の手段を知らなかった。

悪党だと思った孤児院長クソババアすら生ぬるい、本物の悪魔がそこにいたのだ。


「オマエの名前はみけだ! よく見ろみけ! わがラトウィッジの集大成、『不死者転生』だ!!」

「はい、とてもすごいですご当主さま」


壁一面に、たくさんの……本当にたくさんの子どもたちの群れ。

生命いのちとしてはとうに終わっているが、こころはなお死ぬことを許されずに。


「本来なら孤児院の子どもなどこれしか使いみちがないがの。オマエは特別に儂が助けてやったのじゃ。よーく理解したうえでそれを一日たりとも忘れるでないぞ」

「はい、本当に感謝していますご当主さま」

莫迦バカがっ!!」


――直後、右腕に激痛がはしる。

強制ギアス』の呪いを応用した、躾けのための痛み。


「オマエは本当に莫迦じゃ! 一日ですむかこの恩義がっ!? 一日でなく一瞬たりともじゃろうて!! 莫迦かオマエはっ!?」

「……はい、……また間違えてすいません。ご当主さま。一瞬たりとも忘れることはありません……」


でも、それでも私はあそこで一年生きのびた。生きのびることができた。

そして私は師匠さんたちに助けられ、もっと生きることができた。


その恩義は、それこそ忘れたことはない。

それになにより、私は彼らが大好きだ。彼らの仲間だ。だから私は、いまもこうして戦いを続けるのだ。


「まだまだ、ここで負けるわけにはいきません……」


ぐっ、と拳に力を込める。

さらには友達にも声をかける。


そう。

私は錬金術師アルケミストであるとともに死霊術師ネクロマンサーである。

とれる手段はまだまだある!


------------


「……ふう」


巨大ゴーレムギガントマキアとの接続リンクをより密に。

自分の手足と錯覚するほどに。


仕掛けるタイミングは次の雷撃のあとだ。

それもとびきり大きなのが来たあとで。


「ハハハッツ! いいねいいね、この一方的な眺め!! 空を飛ぶということの意味が詰まってる、そう思わないかい!?」


紫電を纏いつつ風竜が吠える。


彼の、風竜の長所は思い切りのよさだ。

ふつうは有利だったり地の利を得ていてもすこしは警戒し、攻め以外にも気を配り……結果として攻撃力は落ちる。


だが彼はヤる、攻めると決めたらまっすぐだ。

子どものように無邪気に愚直に、その手を一切緩めない。


そうして数多の敵を葬ってきたのだろう。

真にチカラに愛された者にのみ許された戦い方だ。


でも、そこに付けいるスキがあるはず……!


両腕と両足に魔力チカラを込める。

すなわちそこに備え付けられた噴射口バーニアへと。


「――じゃあもういっちょ、デカいのいってみようか!!」


そうして放たれた、樹海の大木ほどの太さの紫電をみてさらに手足に燃料まりょくを注ぎ込む。

いまこのときだけは守りの術式を捨て去って。

白き賢者の石アルベドストーンから引き出すすべての魔力を攻めに使って。


「――みけ、いきます!!」


------------


そうして、

そうして。


当然のように、この手が相手を掴むことはなかった。

いまは地面に、巨体とともにうずくまっている。


「……ごふっ」


口から赤いものが溢れ出る。

たぶん、肺腑はいふがやられたのだろう。

だって、守りは捨て去ったのだから。


「――ひゅー……ひゅー……」


あのあとどうなったか。

わかりきっている。

攻撃はかわされた。


一度、わざと見せたバーニア突撃は意味がなかった。

二度目、そこから奇襲として巨体の進路を90度変えた『霊動ポルターガイスト』も意味がなかった。


むしろ、その無茶な挙動により体中が気持ち悪い。

だって、あんな攻撃を避けきれるとは思えなかったからその後は考えていなかった。その後なんて余計なことを考えていては当たるものも当たらないと決めた突撃だったのに。


しかしそれをかわされた。

それまでに風竜は速い。速すぎる。


「さっきのまれびともそうだけど、キミらニンゲンはハッタリだけは得意だね! それとも急カーブするのが好きなのかな!?」

「……ハッ、さきほど地面に『急カーブ』を決めたのは誰でしたっけ?」

「だまれ!!」


上空の雷雲が唸りをあげ、その中で極大のイカズチが現れる。

太さは師匠さんの『火葬インシネレイト』……いや『竜咆ドラゴンブレス』に匹敵する。


なんだっけ……たしか師匠さんが言っていた。

彼の生まれ故郷にはあれぐらい太く大きな建造物があるのだとか。

天空樹スカイツリーだか凍京塔トーキョータワーだとか言うらしい。


……あれの直撃はちょっと厳しいかもしれない。


いや、でも。

引き出せる魔力をすべて防御に回せば……あるいは。


その手段をとった場合、この子ゴーレムとの接続が1から途切れる。

つなぎ直す隙は当然与えられないだろう。


つまり、戦う手段、勝つ手段は完全に失われる。

ただただ時間の限り耐えきるだけの、マトの役割が決定する。


「……。」


その覚悟が本当にあるのか。

死ぬ寸前まで術式を維持する覚悟が。


「……いいでしょう」


「絶望する時間はすんだかな!?」


くろぐろとした雷雲と、背後のイカズチの塊を従えながら風竜が吠える。

ゆうゆうと空に漂い、しかしうちには圧倒的な速さを備えつつ。


……せめて、あの速さに追いつけるだけの術を習得していればよかったな。

例えばそう、師匠さんの十八番おはこである『熱杭ヒートパイル』のような……


「ビンゴ!!」


そうして直後、私が思ったモノそのものが、空を漂うオオトカゲへと突き刺さっていた。


------------


「――なっ……」


深々と、風竜の体に『熱杭ヒートパイル』が叩き込まれ、爆散した。

私があっけにとられている間に、それは次々と追加される。

もはや視界の先、空のうえは絶え間ない爆発で満たされている。


「ビンゴ! ビンゴ! ビンゴ!」


熱杭ヒートパイル』の使い手は師匠さんしかいない。


であれば彼が私のピンチに駆けつけてくれたのだろうか。

手早く勇者を倒し、急いで私のもとへ。


……そうであれば、うれしいけど……。


でも、いつの間にかゴーレムの肩に乗っている長身の男性は師匠さんではない。

全身真っ赤っ赤の、見知らぬひとだ。


赤いローブに赤いつば広帽。

ところどころに意匠や小物、ジャラジャラと光り物まみれ。

金銀、宝石に彩られたそれらは、すべて一級品の魔道具アーティファクト


「お嬢さん!」

「あっ、はい! ……なんでしょうか」


突然のことに頭が回らない。


「私はあまり詳しくないのだがね……巨大ロボットを操る少女。ジャパニメーションでは需要があるそうだね!」

「はい?」


「息子がよく見ていたよ! でも、だからこそ、このロボットには決定的なものが足りない!!」

「……ええと」


「このロボットには……ビームやミサイルが足りないね! であるなら私が変わりになろうではないか!!」

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