第237話 「ドラゴンハート」

巨大な、巨大すぎるイカズチがゴーレムを貫いた。

とたんに、猛威をふるっていた巨体がガクンと動きを停止する。


「……生意気にもアダマンタイト製とはねぇ」


風竜は体にしがみついたまま動かないゴーレムをねめつける。

素材はアダマンタイト、絶対破壊不能金属。

熱も冷気も通さない。


しかし、もちろん。

古代竜である彼はその数少ない弱点を知っている。


わずかながらに、カタチ作られたときと同じ電気は通してしまうのだ。

産声の記憶オリジン』とニコラス・フラメルが名付けたそれ。


「……あれま。乗ってるのはお嬢さんレディじゃないか。かわいそうに」


風竜は風の竜であり、満ちる大気である程度は周囲の感知サーチができる。

物理学的な空間という概念かんがえを持たないので、師匠の『俯瞰フォーサイト』には数段劣りはするが……。


「しまったな、僕としたことが。さっきのお返しをたっぷりしたかったのに。ガキは趣味じゃないが、いたぶるにはアレがちょうどよかったんだけ……」

「――つう……」


巨体の頭部から、かすかに声が。

どうやらさきの雷撃で木炭にならずに済んだようだ。


「へえ。やるね。アダマンタイトで軽減されているとはいえ、とても耐えきれるようなものではないんだけど」


いまだ腹に抱きついた巨体に、紫電を5本追加する。

内部から少女の苦悶の声が漏れる。


――必死に耐えて、耐えているのだろう。

  それももうすぐ終わりだよ。

  すぐにでも絶叫に変えてみせるからね!


「ハハハハハッツ!! 電気は痛いだろう、耐え難いだろう! この痛みはどうやらニンゲンにとてもキクらしくてさぁ!!」


けなげにも内部で魔術が疾走はしっているのが見て取れる。

対色アンチカラー』か『防護プロテクション』か、いずれにせよ少女風情に防げるものではない。


「いわんやキミみたいなガキにはとてもとても! ぴーぴー泣き出してそれで終わりだろっ! ホラホラホラホラぁ!!」


さらに5本、5本と追加する。

漏れる声も追加される。


……しかし、声が途切れることはない。つまりはいまだ生きている。


「ずいぶん粘るねぇ? いいよいいよ、それだけ僕もお返しができるわけだし……」

「――はっ、この程度ですか」


巨体の内部から、少女の声がはっきりと。

明確なあざけりの色をともなって。


「なんだ? 今、ありえないざれごとを耳にしたんだけど、もちろん僕の聞き間違いだよね?」

「いえ、正解です」


「……へえ」

「この程度? この程度なんですか? ……期待はずれですよ【風竜】さん」

「そっかあ」


50本、紫電が追加される。

四方八方から隙間なく巨体を串刺しに。

今度こそ中身しょうじょを蒸発させる勢いで。


「とまあ、喋ってられるのもこれが最後ってね」


風竜は優雅にウィンクを決めた。

もはや動くはずもない木偶人形ゴーレムにむけて。


「さて……ガキは始末したし、残りの若竜ガキもさっさと片付けよう。勇者のほうもそろそろ終わってるだろうし……」


そうして、風竜はある違和感を覚えた。

とうに機能を停止したはずの人形が、いまだ己の腹をつかんで離さないのだ。


「なんだこいつ……死後硬直ってやつだっけ?」


生物は死ぬと体が固くなり、体中の筋肉が引き締まる。

それを風竜はある娯楽に活用して知っていたのだが、それが魔道具アーティファクトにも適用されるとは知らなかった。


生物と概念がいねんの中間である精霊……その集合体である古代竜エンシェントにとって、生き物とそうでないものの違いには疎いのだ。


……だが、さきほどからどんどんその力が増しているのはどういうことだろう?

死後硬直とは死後の霊魂おもいによりその力が増すのだろうか。


そんな的外れな想像は、死んだはずの少女の声によりかき消された。


「まったく……本当に期待はずれです」

「!?」


「この程度の痛みモノが耐え難い? この程度の苦しみモノでぴーぴー泣き出す? 簡潔に言ってありえません」


巨大な両腕が、しっかと風竜の体を抱きしめる。

その背へ手を伸ばす。


「私があの館で丸一年、受け続けた痛み苦しみに比べれば、こんなもの……ええ。 とても耐え易いやすい


その手は背に生える、空を飛ぶものにしかない器官を握りしめる。

決して離さぬよう、離れぬように力強く。


「本当の痛みというのはね……こういうモノのことを言うのですよ!!」


直後、風竜の背中にふたつの激痛が疾走った。


それは彼をして産まれて初めての痛みであり、はっきりいって、――とても耐え難い痛みであった。



◇◇◇



目の前では、翼を根本からもがれた竜がのたうち回っている。

ぎゃあぎゃあと、トカゲ本来の鳴き声をあげながら。


――やりました!

  やってやりました!!


まずは飛行能力を奪うこと。

丘の上でアスタルテから言われたことだ。


風の竜といえども、翼を失えば空は飛べない。

なぜなら翼とは空を飛ぶための器官であり、空を飛ぶことを保証するものであり、空を飛ぶことを司るものだからだ。


もし風竜が翼を持たず空を飛ぶモノであれば、翼などなくともまったく問題なく飛行することができる。

げんにみけはアスタルテの竜体を知っており、土竜の彼女に翼はない。


しかし、彼女は空を飛ぶことができる。

正確には『浮く』ことを凄まじい速さで行っているのだが、つまりは元から翼がない彼女から飛行能力を奪うのは難しい。


しかし、翼ある物が翼を失えば……どんな魔術を組もうが絶対に飛べない。

なぜなら翼が『ない』ことにより飛べることを『否定』されるからだ。


「――ここから、いっきに!!」


のたうち回る風竜へと、大地を揺らしつつ巨体が疾走する。


残念ながらこのゴーレムに完全な飛行能力はない。

ジェットで噴射し、いっとき空を飛ぶことはできるがそれだけだ。

自由に空を駆ける風竜を捕まえるのは不可能だろう。


ゆえにまずは翼を奪うこと。

そして奪ってしまえばもうなにも怖くない。


――単純な力比べなら圧倒的にこちらが上です!


みけは勝ちを確信し拳を振るった。

狙いは頭蓋、一撃で砕くつもりの全力で。

一撃で至らなければ二撃、三撃と重ねるつもりで。


「――あれっ?」


しかし、その最初の一撃は空振りに終わった。

そもそも目の前から風竜が消え失せている。


渾身の一撃は虚しく空をきり、巨体がたたらを踏む。

その反動を抑えるため左足を大地に打ちつけ、ついで屈んだ巨体をぐっと反らした。


……そうして仰ぎ見た空には、ゆうゆうと翼をはためかせた風竜の姿が。


「なっ!? たしかに根本から千切ったはずなのに!?

 『大治癒グレーターヒール』? ……いえ、古代竜エンシェントに奇跡は使えないはず……」


みけはアスタルテから聞いている。


精霊である彼ら彼女らは決して奇跡が使えないと。

そして風の精霊術に『治癒』の方法は存在しないと。

さらには、精霊の集合体の究極である真に偉大な竜エンシェントドラゴンを癒やすことのできる魔道具アーティファクトなどほとんど存在しないと。

もしあっても、そもそも魔力がまったく足りないと。


「ふう、賢者もたまには役に立つな。僕は反対したし正直イヤだったんだけど、なんだかんだ彼女には先見の明があったわけか」

「【賢者】……しかし竜体を癒やす、どころか欠損部位を再生させるほどの魔道具なんてあり得るはずが……」


「いいねいいね、ビビりまくってる。気分がまた良くなってきた。そのついでに教えてやろう。僕の体には【勇者】と同じモノが埋め込まれている」

「!?」


「『獅子の心臓コル・レオニス』の亜種……さしずめ『竜の心臓ドラゴンハート』かな? まあ僕は勇者みたいにイカれてないから心臓と置換なんてしてないけど。

 人造の魔道具アーティファクトをこの体に入れるのも正直オエッて感じだけどさ、まがりなりにも精霊寄りの賢者エルフが作ったモノならギリギリ我慢ができるし、してよかったよ」


「……でっ、でも! 魔力が、魔力が圧倒的に足りないはずです!! それこそ無限に近しいほどの魔力がないと……」


そこまで言って、みけはハッと気づく。

竜体を癒やす……いや治すに足る魔力源の存在に。


「お嬢さん、おまえの首から吊るしたソレと同じモノだよ。ソレがあれば偉大で強大すぎる僕の体ですら再生できる」

「――賢者は、輝きの真珠スピカは賢者の石の錬成に成功したのですか」


みけは聞かずにはいられなかった。

この戦いの場においてすら。

なぜなら彼女はれっきとした錬金術師、フラメルの娘であるがゆえに。

……そうして応えいらえ簡潔かんけつであった。


「うん、したよ」

「……そんな」


「ちなみに、勇者も賢者も同じモノを持ってる」

「……。」


だから、ゆうしゃはあれだけの再生力を。

そして最高位の魔法職スペルユーザーである彼女けんじゃも同じモノを。


「だから、錬金術師アルケミストであるキミになら理解るわかるよね!

 無限に再生できる僕や勇者に勝てるわけないし、無限に魔力を引き出せる魔力使いけんじゃに勝てるわけもない!」


そう。

なまじ錬金術に触れているからこそ理解る。

そんなもの、どうやって倒せばいいというのか。


「じゃあ、戦いあそびを再開しようか!

 自由に空駆ける僕が、地を這うしかできないキミを徹底的にいたぶる楽しい楽しい遊びたたかいをさぁ!!」

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