第236話 「風竜VSリンドヴルム」
赤茶けた土煙のなかで、緑の巨体がゆっくりと首をもたげる。
古代竜がひとつ、風竜である。
――翼、損傷なし。
右足、派手に折れ曲がっているが千切れてはいない。なら問題なし。
首元、
「……ずいぶん派手にやってくれたねぇ。いいよいいよ! ニンゲンにここまでされたのは初めてだ、体がブルブルする! ちょっと初めての感覚だねぇ!」
口調とは裏腹に、ヘビのような瞳が憤怒に赤く染まる。
それに呼応して風と紫電が野放図に放たれる。
当然、彼を抑えつけんと噛み付く若き竜も全身を貫かれる。
「――!!!」
だが、彼は悲鳴ひとつ漏らさずさらに力強くあぎとを噛みしめる。
ここでの自分の役目を果たすために。
「健気だねぇ! いや愚かかな? 竜ともあろうものがニンゲンの犬に成り下がるとは! ……まあ、産まれて数年ぽっちの赤子じゃまだまだ
さらにさらに、風が追加される。紫電が追加される。
体表が次々と切り刻まれてゆき、通電によりむき出しの肉から水蒸気が吹き出す。土煙にくわえ、生臭い煙があたりを満たす。四肢が感電によりバタバタと暴れまわる。瞳は裏返り口から泡を吹きこぼす。
……それでも、リンドヴルムはそのあぎとを離さなかった。
「まったく、しつこいねキミも」
風竜が全力をだせば、一息に殺すこともできる。
風で両断することも、暴風で引きちぎることも、イカヅチで爆散することも。
しかし、
その
……それに、
「僕は同族殺しは初めてなんだけどね。
まさかこんな気持ちで訪れるとは予想もしてなかったよ! これはこれでアリだ! はやく干からびたキミをアイツに見せたい、そう考えるだけでワクワクがとまらない!!」
歓喜の声に周囲の風も応える。
殺さぬよう生かさぬよう、ギリギリの暴力が若き竜を包み込む。
そうして
――10秒なら耐えられる。そのさきはわからない。
思えば、主人のためにここまで必死になっている理由は彼にもわからなかった。
樹海で出会ったときは、面白いやつだと思ったから付いていった。
まさか初めての命令が「自分の傷口を焼け」だなんて。
王都の宿で
まさかニンゲンでこれが為せるとは。
墓の前から一歩も動かず、ぐちぐちと立ち止まっていたときは呆れかえった。
仲間が殺されたときにやることは後悔ではない。前進だ。
チカラが足りぬのなら強くなればいい。
悲しみが襲うなら違う感情で満たせばいい。
しかし、ひと月もやつは歩みを進めなかった。
だから主人を見限り、この大陸を去った。
外海ではいろいろなモノを見た。
死にかけるたび、強くなった。
そうしてふらりと大陸に寄ってみたら、海上をすべる巨大な火柱を目にした。
やつは強くなり、また仕えるに値したのだ。
――残り5秒。理由はやはり思い浮かばない。
一度は見捨てた主人だ。
しかし、気まぐれに戻ってみたのはやはり。
あいつと旅するのが楽しかったからだろう。
あいつの成長が見てみたかったからだろう。
なにより、自分の主人がかの【氷の魔女】を倒すなんて、痛快じゃないか。
――残り1秒。それを見ることができないのが、本当に残念だ。
そうしてリンドヴルムの存在がかき消えるその寸前、巨大な拳が風竜を直撃した。
------------
「ごがぁぁぁあああああ!!」
産まれて初めて、風竜はそんな声をあげた。
美麗を好む彼からすると、自身の喉から汚らしい、嗚咽のような音が漏れるだけで耐え難いだろう。
事実、吐き気が彼を襲った。
しかしそれは精神的なものでなく肉体的な反応だ。
「――リンちゃんに、よくも!」
寸動で無骨なその巨体からは想像できぬほど、可憐な声が響き渡る。
同時に腹への殴打が追加される。
「ごがっ、ぎっ、があああっ!!」
右、左、右と交互に振るわれるソレ。
まったくためらいなく力強く、そのうえ的確に拳が叩き込まれる。
肺、胃、食道。まるで「竜の体の構造を知っている」とでもいうふうに、正確に。
しかし相手も
「やってくれたな!! 醜い
周囲の風精も怒りに震え、そのまま主人の願いをカタチにした。
荒れ狂う大気が渦を巻き、そこから4匹の雷電竜……まるまる太ったイカズチが
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます