第231話 「インタールード」

脇腹を抉られる痛み。

――これは無視できる。


ふっ飛ばされ地面に叩きつけられる痛み。

――これも無視できる。


体中を襲う異常なほどの寒気、吐き気、倦怠感。

――これは無視……する。


砂利だらけの地面を、削りながら滑ることにより剥がれ落ちる皮膚や肉片も当然無視しつつ、勇者は器用にバランスを取り受け身を取った。

そうして体を素早く起こすと、すでに目と鼻の先にはさきほどまで木偶でくの坊だった前衛の姿。


トカゲ男の長剣と、獣人の少女の長槍をすんでで躱し、そのまま『一歩』距離を取る。


「かぁーっ、今のはとれそうだったな!」

「あと一歩及ばずですね」


ともに獣人族のふたりはすぐさま構えなおし、それに後ろから制服姿の少女が追いつく。


「ちょっと、陣形は崩さないでっ!」

「いやいやカシス、ああいうチャンスは別だろよ」

「……もう!」


あれほどの紫電に襲われ、最年少であろう仲間も殺され、その直後によくあれだけの奇襲ができるものだ。

そうして勇者が改めて戦場を見渡すと、前衛のすぐ後ろにはさきほど砕いた少女の姿が。


「『幻像』の魔術かなにかか……? いや、でも手応えはたしかに……」


その問いにみけはもちろん、答える義理はない。


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本当に……容赦なしでしたね。

だからこそこちらも思いっきり『しねしね光線』を叩き込むことができましたが……。


再開された前衛と勇者との戦いに適宜てきぎ、配下の黒機兵ポーンを放り込みつつ、みけはさきほどのやり取りを思い返す。


実を言えばギリギリで、幸運も多分にあった。

『幻像』の魔術もひと月前、アルマの部屋の本棚で見つけたものだ。

彼女の蔵書はもちろん、すべて検めたつもりだったのにその本は初めて見かけるものだった。


興味を惹かれて読み解いてみると、その『幻像』の術式は一風変わったものだった。

本来は精神系の魔法であるまぼろしを、錬金術により水と風で作り出す。

たしかにこれなら、相手がいくら魔法防御を積もうと関係ない。


「……それに、あの子」


昨晩、なかなか寝付けずテントのほろとにらめっこしていたら気がついた。

丘のふもとに、亡くなって間もないふたつの死体が横たわっているのが。


どうしても気になり、黒機兵ポーンの一体に視覚を移し確認にいかせた。

見れば、それは姉妹であり姉のほうの背丈は自分とそっくりだった。


その後の判断が、人として正しかったのかどうかはわからない。

それでも、備え、奥の手はひとつでも多いほうがいい。

なにしろ私達が負けてしまったら、この世界は閉じてしまうのだから。


この戦いが終わったら、ふたりとも丁寧に送りますからね……。


「……しかし」


さきほど、引き出せるだけの魔力で全開の『しねしね光線』を放った。

真っ黒な、丸太サイズのそれは勇者の脇腹をごっそりえぐり取り、丘のはしからはしまで吹き飛ばした。

込められた呪いも、ヒトを10度殺してあまりある。


しかし、今も彼は平気な顔で戦いを続行している。

イリムさんも、ザリードゥさんも、カシスさんも、もちろん私の操る兵隊たちも防戦一方だ。


彼の『獅子の心臓コル・レオニス』……自己再生の魔道具アーティファクト尋常マトモじゃない。

魔術であれだけの回復をしてのけるのもそうだが、そもそもあんな無茶な運用では魔力がすぐ底を尽きるはず。

だからこそ、ほぼ無条件に治癒してのける神の御業は特権であり続けているというのに。


「……よう、しのいでおるの」

「!?」


背後から微かな声。

視線は勇者たちに向けたまま、護衛の黒機兵ポーンで後ろを確認すると、アスタルテの姿。

いまだ地面にはいつつであるが、こちらまでやってきていた。


「アスタルテさま!」

「……まあ、我はしばらく無理じゃな。すっからかんじゃ」

「……それは、」


当然だろう。

いまやこの大陸の新しい景観となった巨大な山脈。

氷の領域から人界を守る新たな防壁。

これを、一分とたたず造りあげたのだから。


「いくらか存在濃度も移しておる。まあ、アレを引っ張ってくるのでギリギリじゃ。『地脈移動』なら、我自身のチカラはそれほど使わんからの」

「……それで、いつごろ到着しますか?」


みけとしてもこの膠着こうちゃく状態はなんとかしたい。

そのためには、勇者に当たるのは絶対に彼でなければならない。

彼だけが、勇者に対して絶対のアドバンテージを取れる。


みけが不安と、焦燥にかられた顔をしていたからだろう。

アスタルテはあえてカラカラと明るい声で答えた。


「なあに、もうすぐじゃ」

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