第230話 「1.21ジゴワット」

「――ギガ、勇者スラッシュ!!!」


勇者の振るう、紫電をまとった剣が地面へと叩き込まれる。

ただそれだけで大地は撹拌かくはんされ、あたりに泥とつぶてを撒き散らす。


「一発でももらったら終いだなァ!」

「トカゲさん、援護します!」


みけが操る黒機兵ポーンが前衛のザリードゥと勇者の間に殺到する。

その数10。

黒光りしたその邪魔者を、まさしく害虫を払うかのように勇者が一閃。


「――ハッ! なんどぶっ叩いても壊れやしねぇな」


奇しくも、勇者の振るうつるぎとみけに従う黒機兵ポーンは同じ素材でできていた。


絶対破壊不能金属アダマンタイト。

決して壊れぬ剣の猛攻に、決して壊れぬ雑兵を叩き込むことで、みけはパーティの盾役タンクとなっていた。


本来は、彼女はユーミルとともに賢者の相手をする予定であった。

しかし戦いにおいて予定などころころ変わるもの。


そして、みけより経験豊富なユーミルは即座に決断を下していた。


「賢者の相手はひとりで十分だ」と。


みけは、直接ではないにしろ大いにきっかけとなったであろうアルマの死をあげ、フラメルの娘として私がかたきを討たなければと考えていた。

しかしそれも彼女にはお見通しだったのだろう。

みけの頭をぐりぐりと撫で、かすかに笑いながら「そんな辛気くせーもん、私がやってやるよ」と。


その声には、明確な拒絶もあった。

賢者の相手は私がやる。

始末も私がやる。

それにはみけは関わらせないという。


ひとり殺せば、あとはふたりもさんにんも変わらないということをユーミルは知っている。

……最初のソレが、私情によるものならなおさらだ。


「みけがリディ姉みてぇになっても困るからな」


------------


勇者ひとりに対してイリム、ザリードゥ、カシスの前衛に、後衛のみけ。

しかもみけには本物には劣るにせよ一級の魔道具アーティファクトたる白い賢者の石と、その守り手であった機構の兵士ゴーレムたち。

これだけの人数と物量で押してなお、戦いは勇者優勢であった。


「さっすが【魔道具まみれアーティファクター】、あだ名は伊達じゃねえなァ」

「イリムちゃん、大丈夫?」

「ええ、まだまだ緒戦です!」


『一歩』で20メートルほど勇者が後退し、ほんのわずかの間呼吸と連携を整える時間が得られた。

しかし、勇者はあの距離からでも『一歩』で目の前に現れることができる。


事前にアスタルテと、それからリディア達から教わっていた勇者の手札。

あらかじめ知っていなければ、そしてそのうえで訓練を重ねていなければ、初手で終わっていただろう。


「あれが『縮地』ですか。想定してたより厄介ですね……」

「戦士は間合いが命だからな。それを軽々無視しやがる。やりにくいったらありゃしねェ」


勇者の手札のうち、最も強力なのは以下の3つだ。


ひとつめ、『獅子王の剣レジェンド・オブ・カシナート

総アダマンタイト製で、見た目は豪華なロングソード。

だが、詠唱により刀身がバキバキに変形し、そのまま風精のチカラで超高速回転させる。

物理的に壊れないとされるアダマンタイトだからできる芸当で、その特性を遺憾なく発揮している……のだが。


「最初見たときは冗談かと思ったけど、アレ。まるでハンドミキサーみたいだし」


話によると勇者が賢者に頼み込んで作らせたそうだが、どういうセンスなのだろう。

男の子的にはアレがカッコいいのだろうか。


アレに雷を纏いながら切るのを彼は『ギガ勇者スラッシュ』と呼んでいる。

ネーミングはおそらく某有名RPGからだろう。



ふたつめ、『獅子の心臓コル・レオニス


文字通り心臓に置換して体内に埋め込まれた魔道具で、その効果はバカバカしいほどの自己回復リジェネ

こちらもアダマンタイト製であり、人体急所の保護は当然として、血液と魔力の迅速な供給により体を凄まじい早さで治癒させる。


また、みけの見立てでは魔力を常に体のすみずみまで行き渡らせることで、身体能力を飛躍的に向上させているそうだ。

これにより身体の存在濃度も引き上げられていると。


「そういえばザリードゥの『聖戦アクシオス』、今日は一段と乗りがいいですね!」

「いわゆるレベルアップバフね」


存在濃度、という不思議な目安は残念ながらカシスには視ることも、体感することもできない。

なんとなく相手のほうが強い、弱いは実感として測れはするのだが、ほとんどカンといっていい。

しかし、今の実力が奇跡の効果により引き上げられているのはよくわかる。

だからこそ、戦士としてイリムやザリードゥより数段劣る彼女でもこうして前線をはることができるのだ。



そしてみっつめは……、


「――いくぜ! ラッシュ再開だ!!」

「ちっ!!」


即座に目の前に現れる勇者。

これは『縮地』の効果であり、彼のとっておきのみっつめを応用した技である。


ただの『一歩』で間合いを詰め、ただの『一歩』ではるか後方へ。

それどころか視界がとどく場所にならどこでも『一歩』で移動できるそうだ。


つまり、彼には距離の概念がいねん……前衛や後衛といった考えが通用しない。

ゆえに後衛たるみけも一切集中を切ることは許されない。


「でも、私だって……!」


この対戦カードは想定していなかったとはいえ、みけにももちろん守りの手はある。

アスタルテの施した『土殻シェル』はもちろん、彼女自身が習得したいくつもの術式。


それどころか、こちらには2級品とはいえ賢者の石がある。

不用意に近づこうものならその莫大な魔力を解放し、手痛い反撃を食らわせるつもりだった。


しかし、今のところ勇者はみけを完全に無視していた。

こちらは気を張って、全神経を集中し彼の動きを捉えているというのに、むこうはこちらを見ることすらない。


「…………。」


舐められているのか、ブラフなのか、それとも前衛の3人と10の兵隊で精いっぱいなのか。

それなら、さらにここで攻撃の手を追加すればもしかしたら……、


「――!!」


勇者の指先、そこにはめられた変哲のない指輪にかすかに魔力がはしったのを認め、みけはすぐさま守りの術を組む。


――術式選択、何が来るかわからない以上構成は『防護プロテクション』と『防色アンチカラー』の混成、だいぶ難度が上がるが私ならなんとか……!!


そうして勇者が高らかに天を指差すのと、みけが魔術を完成させるのは同時であった。


「地獄スパーク!!」


直後、丘一体をすっぽり包むようにいかずち天球ドームが形成された。

その中を、紫電が濁流のように暴れまわる。


草木も、枯れ木も、夜を明かしたテントも。

天球内のすべてのモノが爆ぜるように破壊されていく。


「――ッウウウウ!!!」

「……くっ」


みけの守りの術が効いているのだろう。

イリムも、ザリードゥも、カシスも、もちろんみけも。紫電に貫かれ黒焦げの丸太になることはなかった。

しかし術式の強度はあちらが上。すべての効果を防ぐまでには至らなかった。


切られる痛み、刺される痛み、殴られる痛み。

それらは戦士なら当たり前に体験しているし、慣れればある程度なら無視することもできる。


しかし通電の痛みはどうか。

残念ながら、ヒトがこの痛みに慣れるのは至難の業である。


そもそも『電気による攻撃』自体、この中世世界ではレアである。

なにしろほとんどの魔術師が電気というものを自然現象でしか知らないのだから、再現はとても難しい。


ゆえに、前衛の3人ともこの痛みは初めてである。

ゆえに、前衛の3人ともいまだ身動きを取ることができない。


ゆえに、勇者が攻めるべきはまさに今である。


------------


みけは、いまだ荒れ狂う紫電のなかで必死に守りの術を維持していた。

術を掛ける対象は、視界におさめることが肝要である。

視界と視力をめいいっぱいに開き、紫と黄色の嵐のせいでもはや輪郭しかわからない仲間たちを捉えていた。


――もっと術式の強度を上げて、みなさんを守らないと!!


そうして見据えたさきに、なぜか突然仲間が見えなくなった。

なぜなら、目の前に『一歩』で勇者が現れていたからだ。


「――えっ」

「悪ぃな、嬢ちゃん」


言葉とともに、一切のためらいなく勇者の剣が振るわれた。

惚れ惚れするほどの一太刀、縦に一直線。


少女の頭蓋から股下までを、回転する螺旋ミキサー剣が両断し、バグったように手足が千切れ飛ぶ。


通電の痛みはヒトの肉体を麻痺させる。

つまりは、この紫電に満ちた空間で身動きを取ることはできない。

ゆえにこれは、当然の結果である。


「…………。」


少女をひとり葬り、そして勇者にはなんの感慨も湧かなかった。

すでにこの世界で、子どもなど数え切れぬほど殺している。

ほんの少し、嫌な引っ掛かりを感じるだけだ。


それにそう、いま大事なのは守りの術者を殺したということだけ。

つまりさきほどまで少女に守られていた3人は、これから己の肉体と装備だけでこの嵐を耐えなければならない。


そうして動きの鈍った3人……いや2人を、順番に処理していけばいい。さきほど殺した少女のように。

ずいぶんとあっけない幕切れだった。事前に賢者が取り決めた作戦通りとはいえ……、


「本当に、容赦なしですね」


背後からの声。

それとともに、勇者の体は文字通りふっ飛ばされた。

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