第229話 「大空にて」

※短めです


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「――師匠!!」


イリムがするどく叫んだが、その声が彼に届くことはないだろう。

なぜなら、まさしくあっという間に彼ははるか上空へ投げ出されたのだから。


「イリムさん、師匠さんは大丈夫です! ちゃんとアスタルテさまの言葉を捉えていたはずです!」

「……師匠」


獣人の少女は一瞬だけ心配そうな表情を浮かべ、しかし即座にそれをぬぐい去った。


師匠は死なないと約束した。

だから絶対に大丈夫なのだ。


「ザリードゥ、カシスさん」

「しっかし、勇者相手に俺っち達3人かぁ……どうなるかね」


リザードマンの青年は正面を見据える。


そこには勇者と賢者、ともに自分たちより格上の相手だ。

ゆえに1対多数、そして師匠の精霊術師としてのアドバンテージを活かすつもりだった。


「まあ、師匠が戻ってくるまできばるしかねェだろ」


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突風と轟音、そして稲光。

まるで雷雲の中で撹拌かくはんされているかのようだ。


四方八方からせまるそれらを、密に展開した『俯瞰フォーサイト』を頼りに『炎の壁』『歪曲』でことごとく逸していく。


「あれっ!? ずいぶん防げるねぇ……それになんだか妙な気配も……」

「――くっ」


攻めに転じることはできない。

攻めに転じれば即座にこの身は破壊される。


真空か紫電か竜の爪か、いずれかが体を引き裂くだろう。


こうして対峙してはっきりしたが、なんとなく感じ取れるようになった存在濃度が告げている。

俺ではこいつには勝てない。

少なくともひとりでは絶対に。


逆に、守りに徹する限りこれを何時間でも続けられる自信もあった。

最初の最初、獣人村でカジルさんにシゴかれ、そして人さらいと対峙したころを思い出す。


攻めは下手くそ、守りだけは初級合格。

それが今や攻めはインフレし、守りもこうして竜の攻撃を防いでいる。


――なんとか、なる。


「ねえまれびと、なにをニヤついているんだい?」

「……えっ?」


その自信、いや慢心がかすかに表情に出ていたのだろう。

風竜は俺の顔をまっすぐに見つめ、それから口を広げ破顔した。


「キミの手はわかったよ。まさか多重契約を成し得ていたなんて驚きだけど、その相方が風でよかった」

「――!?」


瞬間、またたきの間に巨大な竜は消失し、金髪の青年と入れ替わった。

その行為の意味は、おそらくこちらへの挑発だろう。


くつくつとせせら笑うと、暴風のなかでもよくとおる涼しげな声で、あたりに告げた。


「この場の風はすべて僕のものだ。悪いが、返してもらうよ」


声の直後、『俯瞰フォーサイト』がぶれた。

それは五感と直結しており、車酔いのような吐き気がどっと押し寄せる。


「――ぐっ……!?」

「あれっ? おかしいな、全部は引っ剥がせないや」


青年はこちらへ手を突き出すと、再度同じ宣告を。

周囲の風精に対して、この場でこうべを垂れるべき主人はただひとりであると明確に。


なにをされているのかはわかった。

それなら、こちらも同じことをするだけだ。


つよく、つよく心を持ち風精に語りかける。

初めて彼らと契約した風の谷でのことや、これまでの冒険の旅路。


平衡感覚と三半規管をぐちゃぐちゃに犯されつつも、必死に彼らに語りかける。


――しかし、残ってくれたのはほんのわずかな数であった。

ほとんどの彼らはより強く古い精霊術師である風の竜のもとへ。


「……ちっ、僕に従わないやつがいるな。なんだこいつら、この世界の風じゃない……?」

「……。」


「キミは『召喚』前の世界ですでに精霊術師だったのか?」

「さあな」


そう。

残ってくれたのはフジヤマでニコラスと戦ったとき契約した、あちらの世界の風精である。

正確には、風竜の呼びかけが理解できないといった雰囲気であったが……。


「まあいい。キミの持ち物の風精はずいぶんすえた臭いがするし、僕の趣味じゃない。それに、これでもうさっきまでの妙な術はぽんぽん使えないだろ?」


爽やかな笑顔のまま、こちらへ手をまっすぐに。

直後、嫌な予感が体に走りとっさに『壁』を敷いたが、その判断は正しかったようだ。


「合格、これで終わっちゃあっけないよね」


今のは真空刃か。

風精の大半を奪われたせいで『俯瞰』は大幅に弱体化している。範囲はおおよそ5メートル、そして感度はごくわずか。

それでも、コレがなければ今の攻撃で輪切りにされていただろう。


もちろんミスリルの防具も守りの指輪も揃えているが、そんなものを無視した練度レベルがあの刃にはこめられていた。

もはや信じられるのは己の術のみというわけだ。


残ってくれた風精と、そしてもちろん多くの膨大な火精たちに告げる。

大丈夫、俺はまだまだ耐えきれる。


今日倒すべき、止めるべき相手は、他にいるのだから。



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昨日投稿するつもりだったのですがど忘れしていましたm(_ _)m

今回は短めですが、次は長め。その次は短め→長めの予定です。

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