第227話 「レベル15魔法」

丘の上から、朝日に照らされた東の荒野を見下ろす。


右には王国、しろがねの輝きの群れ。

左には帝国、くろがねの輝きの群れ。


そして正面に見据えるは、赤茶けた広漠こうばくの大地【古戦場】

王国と帝国でいくたびも戦いが行われた地であり、此度こたびの戦争を止めるための要でもある。


「古戦場の誓い、だっけ。アレがあって助かったな」

「ほうじゃの。じゃからこうしておあつらえ向きの場面が整った」


あらためて両軍を見下ろす。

帝国はまだしも、王国とは交渉するつもりだった。


各国と協力関係を結び万全の状態で冬との戦いに臨む……そういうつもりであり、その関係を後にも活かすつもりだった。


だが、いつまでも甘い感傷だけでは事態は解決できない。

相手によっては、違う手を選ばなければならない。


最後までこういう手は使いたくなかった。

でも、しなければならない時もある。


両軍のあいだは3キロほど離れている。

チカラを抑えれば、被害をあの範囲だけに留めることができるだろう。


俺は、これだけは使いたくないと、しかし選択肢として習得した術の想起イメージに入る。


『核熱』


文字通り、ただの一撃で街を滅ぼすことが可能な大規模破壊魔法である。

師であるアスタルテをして『隕石メテオ』に匹敵すると言わしめた、最高レベルの攻撃魔法である。


フラメル邸での修行の終わり頃、ただの一度だけ海上へむけ試し撃ちをした。

はるか遠くの海面に、ただただ巨大な爆発が吹き上がった。

その光景は、まえの世界の記録映像で何度も見たことがあるものにそっくりだった。


昨夜までに、両軍の司令官にはある通知が届いている。

最高級の羊皮紙にしたためられたある警告が。


[朝日が登り荒野が白く染め上がるころ、古戦場にあるものが落ちる。それを見てすら戦おうというのなら、同じものがまた落ちるだろう。愚か者たちのただ中に]


つまり、圧倒的な暴力を見せつけたうえでどちらか動いたほうにソレを落とすと警告したのだ。

つまり、俺の『核熱』で戦争凍結ウォーロックをもたらす。


「……はぁ」


今なら、死神たちの存在理由が理解できる。

特異点超えを狩るという、ヒトに対してブレーキをかける行為の意味が。


戦争を止めたり、仕掛けたり、国を滅ぼしたりが可能な単一の個体。

そんな者がぽろぽろ現れたら世界のバランスなんてあっという間に壊れてしまう。文明も、文化も、砂上の楼閣ろうかくと化すだろう。


「……じゃあ、そろそろいくぞ。みんなも警戒してくれ」


そう。その一撃を入れれば必ず、勇者組に反応があるはずだ。そのまま戦いになる可能性も高い。その場合の対応も決まっている。


「待て……やはり我がやろう」

「えっ?」


スッ、とアスタルテが前に出る。

そうして振り返り、まっすぐにこちらを見つめてきた。


「汚れ役は我でよかろ」

「……いいのか?」


氷の魔女や闇産みの森。

アスタルテはそれら人智を超えた驚異から人類を守っている。北方山脈や黒森の防壁によって。


しかし、ヒト同士の争いには直接手を出さないと決めていた。争いも生物の営みのひとつであり、手段であり、それに超常種ドラゴンたる己が介入してはいけない。捻じ曲げてはいけないと。


「この後冬との戦争も控えとる。炎の元にみなで団結しなければならん。おぬしは清いままでおらんとな」

「……。」


「せっかく炎の御使いになったんじゃ。また悪魔呼ばわりされてはかなわんじゃろて」

「でも、あんたがずっと守ってきたルールを破ることになるだろ」


「よいよ。ヒト族の守り手としての役目も、そろそろ半分は終わりじゃ。おぬしが魔女を倒してくれるからのぅ」

「……ああ、そのつもりだ」


「じゃから、ここは我がやろう」

「……わかった」


俺は『核熱』の想起イメージ棄却キャンセルし、一歩後ろへ下がる。

そうして師であるアスタルテは、右手を古戦場の上空へ突き出し、ぐいっと手のひらを握りしめた。


隕石メテオ


彼女の行使する術のなかでも、最大の破壊規模を誇る術式。

本気で放てば恐らく、両軍を巻き込みまるごと吹き飛ばすことも可能だろう。


「――成った。ではゆくぞ」


アスタルテの突き出す拳の先、青々とした空にぽつんと小さな点が見えた。

それはぐんぐんと大きさを増し、真下の古戦場へ迫っている。


「わぁーー師匠、流れ星みたいですね!」

「……ああ」


イリムの呑気な感想とは裏腹に、あれが地に触れた瞬間凄まじい衝撃が大地を襲うだろう。

それをして両軍に明確な宣言となる。


この戦争にはゾウが介入する。アリはおとなしく矛を収めよと。


――だが、その宣言が発令することはなかった。

別の宣言が、ソレを打ち壊したからだ。


極光、ついで耳をつんざく轟音。


帝国軍のただ中から、落下する『隕石メテオ』へ向け雷光が直進した。そうしてまるまる太った雷電らいでん竜は岩石に到達し、噛み砕き、粉砕した。


――上空で、凄まじい爆発が巻き起こる。


「なっ!!」

「やられたのう。予想より手が速い」


今のは雷、この世界では風精が司るチカラだ。

つまり今の攻撃は勇者か風竜の……。


「よう」


気が付けば、当の本人がまばたたきの後に現れていた。

勇者が、螺旋らせん状の奇怪な剣を振りかぶり、アスタルテへと迫っていた。


「――じゃあな婆さん」

「ハッ」


勇者の一閃を、彼女は岩柱の群れで受け止めていた。

即座に迫る追撃も、ことごとく彼女はいなしていく。


「まあ、挨拶はこれぐらいだ」


勇者は『一歩』後退し、彼女とたっぷりと距離をとった。

ただの『一歩』で十二分に。


そうして彼の後ろには、賢者と風竜の姿。


「やあ、師匠サンも来てくれて嬉しいよ。準備も舞台も整ったのに、アンタが居なかったらすごくがっかりだった」

「……ひとつ聞きたい。なぜ帝国と手を組んだ? あそこはまれびと狩りが最も苛烈だろ」


俺の言葉に、勇者は乾いた笑いで返す。


「師匠サンならわかるだろ? 焚きつけるにはバカの方が簡単だって。特に北からおっかないのが迫ってるんだ。ちょっとそそのかしておだててやりゃ、こうなるわけさ」


勇者が下方に広がる両軍を見下ろす。

その目は完全に、視界に入るモノを見下していた。


「それにな、なんか勘違いしてるみたいだけどよ」

「……なんだ」


「あんなクソどもと、いつ俺が『手を組んだ』って? それにそもそも、これから滅びる連中と?」

「……戦争のあとに裏切るのか」


帝国に勝たせたあと、疲弊した彼らを一気に攻撃するのだろうか。手としてはアリだがずいぶん回りくどい気もした。


「いや? いますぐ滅びるんだよ、帝国も王国も」

「――なにを言って……」


勇者は冷めきった、しかし確固とした意思を感じる目で、こちらを見る。

そしてそのまま、視線をはるかかなたへと向けた。


「ああ、そろそろ見えるんじゃねぇかな」

「……?」


勇者が見つめる先、帝国軍のはるか北方に目をやる。

ただただ荒れた大地と、いくつかの村落が目に入る。

ここからは見えないが、そのさらにさらに先には遠くアスタルテの山脈、そして氷の大地がある。


「……見えるって、なにが……」


そう俺がつぶやくのと、すぐ脇でアスタルテが叫ぶのは同時だった。


「――なっ!! 風竜、おぬし……そこまで堕ちたか!?」


彼女は風竜……透きとおる金髪の青年に吠えた。

その声にも視線にも、相手を射殺すほどの殺気が満ちていた。だが、問われた美青年はそれを軽く受け流すかのように笑うと、気さくに答えた。


「あれっ、凄いねアスタルテ。もう気が付いたんだ? キミの触覚たる大地に触れないよう頑張ってたんだけど……じゃあもういいか」

「……貴様」


直後、はるか北方の地平線がすべて、ある一色に染まった。

その色はみるみるうちにこちらへと迫ってきた。

その色は、途上にあるすべてのものを呑み込み、染め上げ、停滞させゆく。

すなわち永遠の白き世界へと。


「――氷の魔女の領域……なぜ!?」

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