第226話 「戦争前夜」

それから丘の上で野宿である。

テント代わりもなるよう馬車の荷台は改造してあり、6人同室ではあるがたっぷりと体を休められる。


ほろに包まれた荷台で、家族のように川の字になって横になる。

出口から数えてトカゲ、ユーミル、みけ、イリム、俺、カシスの順だ。


直感じみた警戒力を持ち、とっさの近接も頼りになるザリードゥが出口側なのは納得だが、一番奥にカシスが名乗り出たのは意外だった。


「私、壁を向いてじゃないと眠れないから」


とのこと。

こちらは女の子に挟まれて眠れるので文句はない。まったくない。


ちなみにユーミルがザリードゥの隣なのは「みけを守るため」だそうだ。

それに対してトカゲマンは「子どもが子どもを守るってか」と挑発していた。


……ユーミルのうすい胸を見下ろしながら。


「……ふーん、上等じゃん。師匠、戦争前にひとり減るけどいいよね……」

「もうっ! お姉ちゃんもザリードゥさんもいつもいつも大人げないですよ!」


とそこにみけが割って入るのもいつからか彼女の役目になっていた。


------------


そうして月が真上に登ったころ。

俺はなかなか眠れないでいた。


俯瞰フォーサイト』は常に展開パッシブできているし、テントの周囲にはみけの配下たる20体の黒機兵ポーンがあたりに目を光らせている。

リンドヴルムも、今はテントを包むように就寝中で、それはそのまま特級の防壁になっている。


それでも、不安はなかなか消えなかった。


「師匠、いつものいいですか」

「……なんだ、イリムも起きてたのか」


「ええ」

「いいよ、いつものだろ」

「ではっ!」


俺の左腕を抱き枕のようにつかみ、まんまる笑顔でイリムがほほ笑む。

明日は大きな戦いになるというのに、彼女の表情や、腕から伝わる体に恐れはまったく感じられない。


「イリムは怖くないのか」

「いえ、別に。……師匠は怖いんですか?」


くりっとした瞳で見つめられているのが、暗がりの中でもはっきりとわかる。


「そうだな。作戦もあるし、こちらにも【四方】がいるとはいえ……」「でも私の師匠は死にませんよね」


つよく、つよく。

まるで事実を確認するかのように。


「ははっ、そうだな」


かつてフローレス島への旅路で、ブランディワイン号の船上で、俺はイリムと約束した。

絶対に死なないと。彼女を悲しませるようなことは絶対に。


「ふふっ、忘れてなくてよかったです」

「まあ、破ったらイリムに殺されちまうからな」

「ええ! そうならないようお願いします」


そうしてふたりでくすくす笑っていたら、ドスッ、と脇腹に衝撃がきた。


「ぐふっ!」

「ふたりとも、仲がいいのはわかったからそろそろ寝なさい」とカシスさん。


彼女は俺の右隣で、ツーンとした顔で目を閉じている。

たしかに真横でイチャイチャされたらうるさくて仕方ないだろう。


「いや、スマン」

「わかればよろしい」


そのまま彼女はこちらを背にして横になったが、すぐにもぞもぞと向きなおった。


「ねえ。イリムちゃんとの約束とは別に、私と誓ったことも覚えてる?」

「……。」


ドワーフ島の森の奥。

ラビット達の墓地に築かれた、まれびとの墓の前で泣き崩れた彼女に俺は誓った。


必ず、お前を故郷に帰してやる。約束する……と。


「ああ、もちろん忘れたことはないよ」

「……そっ。信じてるからね」


ぐっ、とさきほど叩いたであろう脇腹をやさしくつねられた。


「あんたが死んじゃうとイリムちゃんが悲しむし、私も故郷に帰れない。……それに、私だってすこしは悲しむかもね」

「えっ」


そうしてカシスは「おやすみ」と静かにつぶやくと、毛布にくるまった。

なんだろ、まあ今度こそ寝るのだろう。


彼女の背中を眺めながら思う。


『転移門』の進捗状況と、俺の扱える精霊力チカラを考えれば……あとひと月もすれば『あの世界』との門を繋ぐことができるかもしれない。


一時的なものではあるし、みけによると2回が限度とのこと。

3回目に繋いだ瞬間、『転移門』が崩壊するそうだ。

きて帰りての法則』は物体アーティファクトである門自体にも適応されると。


しかし、それでも。

この戦いを超えればカシスを帰すことが可能かもしれないのだ。

旅の目的の4つ目を叶えることが。


------------


あれからいつの間にか眠っていて、気付けば朝日が登っていた。

ほろは白く洗われ、テントの中にさえ陽の光が満ちている。


「……ふわぁぁあ」

「起きたかの、弟子よ」


目覚めると、すぐそばにアスタルテの姿。

そして遠くから低く静かだが、重々しい音の響き。


「……そろそろ始めるぞぃ、まれびとよ」

「ああ」


まぶたをこすり、そしてすぐさま脳を覚醒させる。

以前の世界では寝覚めは悪いほうだったが、こちらの世界に揉まれて変わった。

今では、秒で戦える状態バトルモードに入ることができる。


そうしてテントを出ると、【古戦場】の様相は一変していた。


東にまっすぐ見下ろした荒野の、右端と左端に黒い塊がズラッと。


右は王国、白を基調とした鎧の中に、ぽつぽつと雑多な人々の群れ。あれは冒険者や傭兵だろう。


左は帝国、黒を基調とした鎧の中に、ぽつぽつと小さな人々の群れ。あれは奴隷のドワーフだろう。


どちらも古戦場を挟んでおびただしく広がっており、ざっと見ても両軍ともに万は軽く超えている。


「事前警告が効いておるのぅ。広さはまあまあじゃが」


そして両軍とも、古戦場を挟んでたっぷり3キロは離れている。

あれが、目視できるこの世界の『地平線』の距離だ。


ちなみに地球での、足場もなにもないで見える地平線はおおよそ5キロ。

つまりこの世界も大地は球体であり、そして地球より小さい可能性が高いのだ。


「ほら師匠、腹が減ってはなんとやらだぜ」

「ああ、ありがと」


ザリードゥから紅茶と軽食を受け取り、まずは一口。

起きたての体に熱とカフェインが染み渡る。



「すごい数ね……ホントに効くのかな」とカシス。

その目には、俺に対する多少の恐れもある。


「…………。」


まあ致し方あるまい。

なにしろ、あの大群をこれからひとりで止めるというのだから……。

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