北方小話 「ふたりしあわせにいつまでも」

「――――ガッ!!」


またたきのあいだに4度、ほぼ同時に放った斬撃により敵の黒衣が引き裂かれる。

ついで、使い手を失った大鎌デスサイズが街路へ落下しガキン、と重い金属音を響かせる。


「これでこの街の死神連中はお終いですか。なんともあっけない」

「……まあ、黒衣カラーレスは正直もう相手にならないからね」


僕は同胞を切り裂いた大鎌を肩に乗せ、仕えるお姫様を見やる。


リディア・レア・レーベンホルム。

ユーミルの双子の姉であり、レーベンホルムの死霊術の正統な後継者。


もちろん、妹も破格の域にあるが、彼女はそう……生家の魔術とは相性が悪かった。

リディアが父を殺し、家を解体し……そうしてネビニラル家に預けられたことでユーミルの才能は真に開花した。

今はもう、アスタルテの庇護ひごから解かれ、あのまれびと達と旅をしている。


「しかしデス太、帝国に残った死神は黒衣ざこばかりですね」

「僕らが南……王国や西方諸国で暴れまわったせいで、強力な死神はみんな僕らを狩るためやってきたからね。今もうこの世界に残ってるのは、僕らから逃げ出した臆病者だけさ」


この世界で絶滅しつつある死神種の、最後の逃げ場である帝国。

ゆえに北方は特異点超えが少ない。


そしてそう。

帝国は鉄の力と数の力をなによりも重視する。

すなわちどれだけ装備をそろえ、どれだけ兵士を並べるか。


戦術も戦略も、集団戦が得意だ……というよりもそうならざるおえない。

【氷の魔女の領域】に長らくさらされていた唯一の国。


『天候固定』には以前はアスタルテが山脈で、今は風竜の『風繰り』で対抗しているが、彼女の尖兵せんぺいである雪のオーク、トロール、飛竜ワイバーンなどがたまに境界を越えてくる。

それらをずらりと並べた兵士で、漏れなく対処する。


皮肉にも、【炎の悪魔】への恐怖をヒト族でもっとも強く持つ彼らは同時に、炎の技にもっとも長けている。


魔法職スペルユーザーは火属性の術をまず習得するし、鍛え続ける。

錬金術師アルケミスト付与術師エンチャンターも、兵器職人も、炎の武器を作り続ける。


【黒森】戦に各国で採用されている『火炎壺』を投射する兵器も、元は帝国が開発した。

奇しくも、この世界の2大脅威は炎に弱い。

古代竜エンシェントドラゴンの中で【火竜】が最強だったのも、たぶん偶然ではないだろう。


「ところでデス太、この格好はどうでしょう?」

「うん?」


リディアは今、帝国……つまり北国の格好をしている。

いつものドレスのような群青色のよそおいのうえから、真っ黒な質の良いガウンを羽織っている。


「うん、暖かそうだね。残念ながら僕には寒さがわからないけれど」

「……デス太、女性の格好はですね……いえ、いいでしょう」


リディアはなぜか不満げだ。

あらためて彼女を見やる。


……うん、大きくなったな。

今彼女は17だけど、外見だけ見れば十分大人の女性……背も高いし20ぐらいに見えるだろう。


「綺麗になったよね、リディアは」

「――えっ……」


ぱっとお姫様は顔を赤らめる。

やっぱり彼女も女の子だよね、容姿を褒められれば当然……、


「ちょっとちょっとそこのお嬢さん! 今日泊まる宿が決まってないなら俺がさあ――」


……当然、こういったやからも増えるのだけど、彼はすぐさまこの世界から消え去った。


リディアが、声をかけてきた中年男性に『麻痺』の呪いと『遮蔽しゃへい術』を放ったのだ。

彼女の指差しの呪いはすべてが特級。


なんの魔法抵抗も持たない彼は、心臓に直接『麻痺』を叩き込まれ、同時に体を透明にされた。

そうして今は死者として立ち上がり、みずからの足であるき出した。

大都市に必ずある、地下の下水道へ飛び込みに。


「――まったく、いい気分が台無しです」

「……どうも最近、多いね。彼みたいなのが」


「死にかけの国、死にかけの国民。動物は命の危機が近づくと繁殖はんしょくはげむといいますし……」

「大人になるのも考えものだね。リディアはさ、綺麗だから無用なトラブルを招きやすい。顔を隠したらどうかな?」


「……ふふっ、今日のデス太はずいぶん積極的ですね」


ぐいっと彼女は僕の右腕にヘビのように絡みつき、腕と体を押し付けてきた。

……わざとなんだろうけど、最近富みに成長してきた胸もぐいぐいと。


「あのねリディア。僕も一応は性別上オスなんだ。あまりレディとしてそういう、はしたないのはよくないよ」

「あれっ、デス太。もしかして照れてるんですか?」

「……いや違うよ、僕はキミの騎士ナイトだから……」

「姫と騎士の恋物語、しかも激しいものは今の流行りなんですよ」

「えっ!」


……驚いた、昔とはだいぶ価値観が変わってきたんだな。

でも、リディアをどうこうしようとか、そんな気はぜんぜん……うん。


「ええ、早くデス太と、自然に触れ合えるようになりたいですね」

「まあ、そこは否定しないけどさ」


僕らは触れられる時間のギリギリまで腕を組みつつ、石造りの無骨な建物が続く街並みをすすんで行った。

とても甘く、とても幸福な時間を噛みしめながら……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る