境界都市小話2 「土竜さまの交渉術」

彼女の予想は当たっていた。

そして、それ以上であった。


水竜アナトの4人の子どもたちは順番に説明しだした。


「船大工さんや、街の人からバッチリ聞き込みしてきたんだけどよ!」


「手当り次第に伐採させては、さらに次々と船を造らせて、造ったはしから【外海】まで行かせてる」


「『アタリ』を引いたら自分たちだけ乗り込むつもりですわね」


「現在あの街はそれだけのために回されているようなものです」


外海超えのための大型の船は、一隻造るだけでも大仕事だ。

そのための木材の調達、輸送にも人がいる。


そしてなにより、巨大海洋生物が跋扈ばっこする外海の存在により、この世界では大型船を造るノウハウ自体が存在しない。

ハイエルフなどごく一部の存在を除いては……。


そのため船大工だけでなく、家大工やそれこそ家具職人に至るまでフル動員して臨んでいるという。


「街の連中はそれで納得しとるんか?」


「ろうどうぜい? だかでやんなきゃいけないらしーぜ!」

「20年以上あの街はあの体制が続いているようですから、奴隷根性が染み付いているのでは?」

「でも怒ってる人もいたな」

「それに、十人委員会が必死に船を造らせていること自体、冬が近いのかと絶望する方も」


「ふうむ」


竜たるアスタルテは、それなら反抗でも反乱でもすればいいのでは、としか思わなかった。

自身の生活や生存……つまりは命が脅かされているのなら、それこそ命をかけて戦えばいい。


あの洞窟の母のように、その息子のように、そして封印紋を破った弟子まれびとのように。

生けとし生けるモノはすべからく、己や己の大事なモノのために抗い戦うべきだ。


それを放棄したニンゲンにアスタルテは価値を認めない。

生き汚くも生き延びようとする十人委員会のほうがはるかにマシだ。


「……だが、まあ。今回はあやつらの代わりに依頼をうけた『冒険者』だからの。きちんと交渉せんとな」


------------


そうしてアスタルテは望みの物を彼ら……依頼人たる十人委員会に差しだした。

すなわち外海を渡れる魔法の船を。


牧草地の一角に置かれたそれを見て十人委員会の長、市長の男がうめく。


「……ううむ。この10日、姿をお見せにならないと思ったら……どこでコレを?」

「西森の残りのエルフと我で造った。彼らも若いとはいえ森の民。木工細工は得意じゃ」


「おおっ! さすが下位ローとはいえエルフはエルフ! その血を引く我らも鼻が高いですなぁ!」

「ほうか」


「アスタルテさまを疑うわけではないですが、一度【外海】までテストをして、それから交渉の締結ですな」

「ああ、はよう頼む」


「しかしコレだけの大型船、港に運ぶにも人手がまた……」

「それは我がやろう」

「へっ?」


市長が間抜けな声をあげるのと、船がふわりと浮き上がるのは同時であった。

30m以上あるロングシップは、船体をたわませることなく空中に固定されている。


「樹木も我の領分じゃて。では往こうかの」


------------


それから半日かけ、境界都市から離れた港へと着いた。

アスタルテひとりならば船を運びつつだろうと20分掛からなかっただろうが、市長や他の十人委員会、それに外海テストのための見聞役もいたのであくまで馬車の速さでの移動となった。


ちなみに外海テストに必要な船の乗組員はいない。

この魔法の船は海に着水後、風も動力もなく西へとすすみ続けるからだ。

失敗したとしても、犠牲になる乗組員はゼロですむ。


今までの外海テストでは船も乗組員もすべて使い捨てであったが……。



そうして当然のごとく魔法の船は外海まで到達し、そこに棲む化け物に壊されることもなかった。

テストは成功したのだ。


「素晴らしい! これで西方へ、そして氷の魔女からオサラバできる!! ……ありがとうございます、アスタルテ様!!」

「ほうか」


ちなみに船の回収はアスタルテが行った。

外海まで至りぽつんと遠くへ浮かぶ船へむけ、彼女がてのひらをぐっと握りしめると、それだけで船体は水しぶきを上げながら浮上した。

あとはただ滑るように、あっという間に港まで引き寄せられていた。


「では、これで交渉は締結かの?」

「ええ、ええ! それはもう!」

「一月分の食料に水を積んで、だいたい100人は乗れるかの」

「ええ、ええ! 十人委員会の皆が乗ってもお釣りがきますな!」


そうして境界都市との交渉がまとまった。


もともと牧畜の町であったので、放牧民は通常の狼はもとより魔狼ワーグ狂狼ダイアウルフを追い払える者もいる。

そうした者は即戦力の戦士として。

そして木工に長けた者は攻城弓バリスタ投石機カタパルト、石弓などの兵器や武器の生産により北との戦いに貢献する。

もちろん、非戦闘民も無駄には出来ない。

雑用、荷運び……人手はあればあるだけいい。


そのぶん、西森の伐採もあるエリアまでは許可を結んだ。

木材の街として成り立っている現在、突然それを止めさせるのは不可能に近い。


10年を目処に、本来の放牧の町へと移行する計画だ。


「まあ、あと一年たたずに『魔女』が来ちまうでしょうけどね……」

「じゃから戦うんじゃがの」

「へえ、私どもはとてもとても」

「……。」


わずかながらエルフの血を引く彼ら十人委員会は、もちろんその気になれば魔法を習得することも可能だろう。

エルフの血は、それ自体がシルシ足り得る。


アスタルテとしては彼らにも戦いに参戦してほしかったのだが、館に招かれた時点で気が変わった。


戦う意思も、気概も、まるで感じられなかった。

ゆえに存在濃度も低すぎる。


「まあ、この船自体出番がないといいがの」


そう。

魔女との戦いに勝てば、そもそもこの大陸から逃げる必要などないのだから……。


------------


こうしてアスタルテは境界都市との協力を取り付けたが、この話には続きがある。

翌日、十人委員会に属するある一族が魔法の船を奪って出港したのだ。


本来なら『魔女との戦い』が敗戦濃厚となってはじめて乗り込めばいいものを、他の委員会に出し抜かれるより先に……と私兵を連れての行動だった。


港は、その市長の一族と、私兵と、市民と、他の委員会の私兵とで混乱した。


「金を積め銀を積め、鋼鉄もミスリルもアダマンタイトも、できる限りだ!!」


100人乗れるその船には、それより大事なモノが山と積まれた。


「お願いします! この子達だけでも……!!」

「邪魔だ、どけ! ウジバエ共がっ!!」


あちこちで騒乱と、暴力と、流血が巻き起こった。

船に乗り込もうとする市民や、大事な者を乗せようとする市民はそのつど優秀な私兵に排除されていった。

未知なる【外海】行きのため、市長がよりすぐっただけはある。


そうしてその船は市長の大事なモノだけが積み込まれ、そのまま港を出港した。


アスタルテが駆けつけたときには、すでに船ははるか彼方であった。


「ずいぶん気が早いのぅ……しかしあの船、100人じゃ言うたのにあれじゃ積みすぎじゃぞ……と、」


アスタルテがそう呟くやいなや、船に異変が起きていた。

市長の大事なモノは、文字通り人命より重すぎたのだ。


耳の良いものならここからでも聞こえただろう。

「――なんだこの船……沈むぞッ!?」という彼の悲鳴のような雄叫びが。



そうしてみる間に、最後の魔法の船は沈んでいった。

港ではあちこちから、喝采かっさいや歓喜の声が上がる。


「これで正真正銘逃げられんくなったのに、気晴らしのほうが大事なんかい。ヒトは図太いのう」


そうしてはるか海上、船のあった場所をにらむ。

彼女の背後には、水竜アナトの4人の子どもたち。


「沈んだ魔法金属がもったいないの、頼めるか」

「わかった、アスタルテのばーちゃん!」

「……ばーちゃんは止めてくれんかの」


アナトの子である彼らは半人半竜だが、竜の因子のほうがヒトよりはるかに強い。

よって『竜化』し水中を自在に行動することができる。


沈んだ金銀財宝の回収などお手の物だ。


戦いは金がいる。

まったくもってムダにはできないのだ。



アナトの子らが次々と海へ飛び込み、そうしてアスタルテの背後から声。

十人委員会の、残りの者たちである。


「……あ、あの、アスタルテ様。昨日結んだ約束ですが……」

「我は約束を守った。これより北との戦い、境界都市が存分に役立ってくれるよう期待するぞ」

「しっ、しかし」


ぶちぶちグチグチとした空気を感じ、アスタルテは苛立った。

この期に及んで戦う姿勢を微塵みじんも感じない彼らに。


その不満を隠さず、まさにひと睨み。


「なんじゃ、この【四方】アスタルテとの約束を反故ほごにするんかいの?」

「そっ、そんなめっそうもございません!!」


彼らは、まさしくヘビに睨まれたカエルのように縮こまるしかできなかった。

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