交易都市小話 「中世お風呂事情2」
ボイラー室の壁に掛けられた茶色の布、そこに隠された亀裂の向こうには旅の仲間の姿があった。
カシスに、みけに……奥からイリムとユーミルの姿。
温かい湯船がもたらす白い湯気により、きちんと
「……フッ、なるほどなるほど」
俺は紳士なので急いで穴から目をそらし、壁にもたれ掛かった。
これはアレか……ラッキースケベ、あるいはすけべ大魔王イベントか。
だが悪いな、俺はもうそんなことではしゃぐような歳じゃないし、そもそも覗きは犯罪だ。
昭和ならともかく、令和の時代にそれは許されない。
……まあ俺は、元号変わってから1年と経たずに飛ばされたのだが……。
「おおー。ここの大浴場は2年ぶりですが、やはりいいですね!」
これはイリムの声か。
浴室に反響して、いつも以上に元気に聞こえる。
とっさに彼女の裸体が脳裏をよぎるが、俺は紳士なのでその記憶をかき消す。
「フラメル邸のお風呂の10倍以上あるかと。それも、冷水温水に
これはみけの声だな。
まあ彼女は後見人……つまりはほとんど娘みたいなもんなので、特になんの想像もしない。
つーかそうなったら人として終わりだ。
「……ドワーフ島は火山だけあって、温泉はよかったな……ちょっとくせーけど」
これはユーミルの声か。
彼女はもうたしか18になったはずだが、依然として中学生みたいななりである。
背も胸も。
先日
個人的にリディアには苦手意識があるのだが、あのおっぱいだけは誇ってもいいと思う。
「ふふっ、まあ私の故郷にはもっとすごいのがあるけどね」
これはカシスの声だな。
会話の内容的に声が響く浴室では危ないなと思ったが、もしかすると他に客がいないのだろうか。
気になって『
うん、彼女たち以外に客はいないようだ。
ついでに余計なものも3D把握してしまうが、今のは不可抗力だ。
……あいつ、やっぱ成長してるな。
「そうそうカシスさん。故郷の話ですが……ほんとに凄かったです」
「……どうだった?」
カラコロと木の丸椅子を引きずる音や、身体を擦る音が聞こえる。
この世界でも、湯船に入る前に身体を洗うルールがあるのだ。
「とにかく……ピカピカしてもの凄かったです。夜なのに昼のように街がてらされていました」
「……ふーーん、街の中だったの?」
「いえ、火山の中腹でした」
「火山で街を見下ろせる……エトナ山とかかな。昔はヨーロッパに行ってみたかったけど、こっちで散々それっぽい街見たから……ううん」
フジヤマだったよ! はそのうちカシスに言ってもいいか。
いや、下手に懐かしがらせるのもよくないか……。
まあ俺は富士山登ったことはないのだが。
「……ミリエル。お姉ちゃんが頭を洗ってあげましょう……」ザバッ、と水を掛ける音。
ついで「わぷっ!」というみけの声。
ついでカシスが「じゃあ私はイリムちゃんね!」とこれまた水の音、さらにイリムのはしゃぐ声。
壁の向こうからパーティの女子たちの楽しそうな様子が伝わってくる。
……うん、
覗きはしてないにしろ、女湯を盗み聞きしてほっこりしてる俺は変質者ギリギリだけどな!
……うん、別のことを考えよう。
いま彼女らは洗髪の真っ最中だが、この世界にシャンプーはない。
じゃあどうするねんというと、大まかにふたつにわかれる。
湯シャン派と、石鹸派だ。
湯シャンは文字通りお湯だけでしっかり洗うスタイル。
個人差はあるが、体質に合えばこちらだけでも十分に汚れを落とすことができるうえ髪へのダメージが少ない。
前の世界でも、グラサンのお散歩マニアやガリレオ准教授の中の人など、芸能人でも採用するほどである。
ただ、ほぼ毎日の入浴が欠かせないのであまり冒険者向きではない。
石鹸はオリーブ製で、薄茶色のレンガのような見た目に最初びっくりしたが思い返すと高級石鹸などに似たような物があったな。
効果も素晴らしく、洗い心地といい保湿力といい申し分なく、全身に使える。
髪の場合は最後に「なんか酸っぱい水」を使えば髪がきしむこともない。
ぶっちゃけ、あまりによくできているので俺は過去のまれびとが持ち込んだ技術だと思っている。
そのほかにもいい香りのオイルだのケア製品もいろいろあるのだが……うん?
「――ほんとに、師匠さんはカッコよかったですよ!」
俺が
自分の話題は群衆の中からでも聞き取れるという、カクテルパーティー効果である。たぶんな。
「あのニコラスさんに正面から立ち向かって……そしてもし帰れなかった場合は責任とってくれるって」
「ほうほう、みけちゃんそのお話詳しく……」
イリムがみけに詰め寄る気配。
……責任取るって意味がだいぶ違うんですけど、と割って入りたかったが、今ソレをやるとさらに不利になる。
というかそれ俺が言ったんだっけ?
「……まあ、私も師匠は……」とユーミルの声。
「!?」
なにやら密談のような雰囲気で
俺が体をあずけている壁からだ。
「うおっ!」
急いで飛びのく。
どうやら気付かぬうちに体重をあずけすぎていたようだ。
あぶねーあぶねー……あと少しで壁ぶち抜きの女湯参上の定番イベント起こすところだったぜ!
まあ会話の内容は気になるのだが、そろそろ業務に戻ろう。
密にした『
つーかこの穴誰が開けたんだ……いちおう風呂屋の主人に通告しないとね。
そうして俺は仕事を終え、風呂屋を出た。
目の前にはさきほどお風呂に入っていた方々の姿が。
「師匠、にこにこしてどうしたんです?」
「えっ、いやーーバイトの帰りでな……」
見るとイリムも笑っているが、目は笑っていなかった。
その瞬間俺は悟った。バレバレだったのだろう。
盗み聞き(断じて覗きはしていない!)の際、もちろん俺は無意識に『気配遮断』をしていた。
俺だってそれぐらいはできる。
しかし、獣人にして歴戦の戦士であるイリムの『気配感知』の前ではバレバレだったのだ。
「師匠はずいぶん元気が有り余っているようですね。この前はお爺ちゃんだったのに」
「ぐふっ」
むっちゃニコニコしている。
イリムさんがお怒りである。
怖い。
「最近ちょっと見直したなーと思ってたら、やっぱただのおっさんだったのね……女湯覗き見とか、ほんとないわ」
カシスが幻滅気味な目をむける。
あっ、その視線痛い! おもに
「ちっ、違う! 覗いてはいない……聞いてただけだ!!」
「……この期に及んで無様ね」
もはやゴミムシを見る目に変わりつつあるカシスを制して、みけが声をあげた。
「あれじゃないでしょうか? 直接見るより聞いて想像するほうがイイとか、なんとか、そんな感じの高度なやつでは?」
「ぐふっ!」
なんだそれ!?
つーかみけも容赦ねーな……娘のようにみてる彼女からそんな解釈をされるととってもヘコむぞ!
「……まあ師匠が変態なのは私は知ってたけどな……」
「どういうことでしょうユーミルさん?」とみけ。
ユーミルはこっちこっちと女子勢を集め、密談開始。
「……2年前にちょうどこの街で……」
「ふむふむふむ!」
「……で、教会女から聖水貰ったときになぜか大喜びしてて……」
「なんと!」
「ひぇええ……」
「サイアクね」
彼女らの視線と、ついでに体感気温が2度ほど低下した。
なんだろう、なにを話したんだ……?
2年前のことなんて詳しく覚えてないぞ。
それからしばらく、みけやイリムからは「変態さん」または「変態師匠」と呼ばれた。
ユーミルからは特に呼び名変更はナシだったが、いやに絡まれるようになった。
「異端者同士仲良くしようぜ」とかなんとか。意味わからん。
カシスが一番ドライで「そこの」とか「それ」呼ばわりになった。
すでに生き物ではなくモノ扱いである。
これがクラスチェンジか。
さすがに悲しくなって宿で丸まっていたら、見かねた彼女らから声をかけられた。
「
俺はその提案を
必ずやあの穴を開けたやつを見つけだし、焼き(物理)を入れてやろうと。
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