第210話 「水と炎。すなわち心底合わない相手」

ロイヤルスイートの1階、豪華な大広間ホールでくつろいでいると唐突にそのふたり組は現れた。


群青色のよそおいに、濡れたようにつややかなウェーブの黒髪淑女。

同じく群青色のローブに身を包んだ、雪のように白い青年。


【異端の魔女】リディアに、

死神【月喰らいイクリプス】であった。



「元気でしたか我が妹よ」

「やっ、ユーミル。おひさ」


気さくにユーミルへ手を振るおふた方。

それからなんでもないかのようにこちらへ視線を向ける。


「炎の精霊術師……いえ【炎の悪魔】あるいは【炎の御使みつかい】もお久しぶりです」

「うわぁ。アスタルテも本気で鍛えたんだね。これはすごい」

「…………。」


極めて気楽に挨拶をかますイカれコンビ。

2年前のフローレス島で、俺を殺そうとしたことなどすっかり忘れているようだ。


やはりこのふたりはサイコパスだ。

絶対に仲良くなるわかりあうことはないだろう。


------------


俺が彼らに言いたいこと、聞きたいことはふたつ。


大昔にイクリプスは夜空に浮かぶ双子の月の片方を、名前通り喰らったこわした

そんなぶっ飛んだチカラがあるなら氷の魔女も倒してくれないか?

これが1件目。


つぎに、死神は『強い死』が視える人間……つまりは条理ことわりを越え強くなる可能性のあるモノを刈り取るのが本来の役目。

それをして……つまりニンゲン全体に弱体化パッチをあてて得をするのは大グモ【闇産み】と【氷の魔女】ぐらい。

特に時期を考えるとクモの可能性が高い。


つまり、死神戦隊デスレンジャーは闇生みの駒なのか。

これをとうの死神であるイクリプスに聞きたい。



ふたつの質問をぶつけると、彼はあっさりと答えてくれた。


「うーん、月喰らいの件は僕が使える現能チカラ……つまり手札に関わるから言えないかなぁ」

「……。」

「仲間でもないし、敵になる可能性だってある。キミには怖くて言いたくない」

「魔女は倒せないのか?」

「うん。僕じゃあ到底ムリだね。相性もあるし、リディアを危険にさらしたくない」

「ありがとうございます、デス太」


にっこりと、乙女の表情で死神に抱きつく少女。

さきほどからうすうす感づいてはいたが、彼女はアレだな。

イクリプスにべた惚れだな。


そしてこのふたりは間近で見て改めてわかったが、凄まじい存在濃度である。


死神の方はいわずもがな。

師であるアスタルテには及ばないが、古代竜エンシェントドラゴンである水竜や風竜に並ぶ……あるいは越えているのではないか。

特に、肩に乗せている大鎌デスサイズがやばい。

視界に入れているだけで、根源的な恐怖がじわじわと迫ってくる。

まるで『死』という概念がいねんそのものが物質化したかのような。


……なるほど、アレで斬られたらたしかに。

月ですら生きていることはできないだろう。


そして異端の魔女リディア。

ユーミルとは双子の姉妹と聞いているが、彼女のほうがいくつも年上に見える。

体付きも、佇まいも、色香も。

……そして強さも。


このふたりは、この世界で最恐最悪のコンビだろう。


「それと、僕ら死神が闇産みの手先じゃないか……コレは半分アタリで半分ハズレかな」

「ふむ」

「特に命令されている自覚はないけど、『強い死』が視えたニンゲンは刈り取らなくちゃ……ってルールは強く持ってる。ほとんど無意識にね。それを敷いたのはたぶん闇産みだろう」

「アンタは?」

「そんなものよりリディアの方が大事だからね」

「……ふふっ」


「……。」


ここでもまたリディアがイクリプスに抱きつき、バカップルっぷりを発揮。

それを見るユーミルの表情は複雑そうだ。


「そして、キミもご存知の通り僕はリディアを守るために他の死神を殺してる。今ではもう残りは帝国に逃げた数匹だけ。コレだけ暴れてても、特に僕はおとがめなしだ」

「……なるほど」


「だから、駒として僕らを産んだのは闇産みだろうけど、その後は一切干渉がない。経路パス共有リンクもないし、今後操られる可能性もないだろう」

「確かか?」


「ああ、キミたちとは違っ……うん?」

「?」


イクリプスが、じっ……を俺の体をにらむ。

超絶イケメンといっていい彼に、舐め回されるように観察されるのは変な気分だ。


リディアのほうも「どうしました、デス太?」と同じく俺を観察。

こちらも超絶美少女には違いないので、ちょい緊張する。

しかし、その眼は「おもしろい実験材料モルモット」を見る研究者そのもので、居心地がたいへんよろしくない。


「……どういうことかな、コレは」

「私だとわかりませんが……召喚ではない?」


じぃーっと美形コンビににらまれうろたえるが、こちらもそちらと同じくそうそう手札を見せる気はない。

底なしの立方体クラインキューブ】であったこと……特にジェルマンと戦い、『白い賢者の石』を獲得したことは伏せておきたい。


このリディアという少女が欲しい物は「殺してでもうばいとる」ニンゲンであることは明白だ。

そしてそのハードルが異様に低いことも。


……しばらく「何のことだろう、心当たりがない」といった顔をしているとようやくふたりは奇異の視線から解放してくれた。


------------


「そうそうユーミル。あなたにプレゼントがあります」

「……なんだよ」


2年前のフローレス島でのおり、この姉は妹の涙ながらの懇願こんがんを「ギリギリ価値が劣る」と一蹴した。

それ以来、ユーミルはリディアのことを「クソ姉貴」呼ばわりしている。


「あなたもずいぶん強くなったので、容易にコレを扱えるかと。……『レーベンホルムの館』、その半分を譲渡いたしましょう」

「……いいのか?」


「自分好みに増築したところが増えてきて、すこし窮屈きゅうくつに感じてきたので。そろそろ元の、家から継いだところが邪魔になってきたのです」

「……ハッ、やっぱ自分のためかよ」


「ええ。それでいて大事な妹が生き残る確率も上がる。私にとって得しかありません」


にこりとほほ笑むユーミルの姉。


やり取りの一部はわからなかったが、徹底的に自己中で、それでいてソレをまったく恥じていないのは伝わった。

そしてソレを相手に伝えるのにまるでためらいがなかった。

やはりこの娘は苦手だな。



その後、ユーミルとリディアは両手を繋ぎ、目をつぶり、しばらくじぃっとしていた。


『精霊視』で視ると姉から妹へ……おぞましいほど大量の死霊が受け渡されているのがわかる。自前で『魔力感知』ができないのでそれはわからないが、恐らく魔力や術式も。


「……ほんと、信じられねーぐらい殺してきたんだな。それにコレ……死神もいるじゃねーか……」

「ええ。私好みでない連中もいましたし、ユーミル向きかと」


「……まあ、ありがたく頂いておくよ」

「生き延びてくださいね。ユーミル」


おもむろに妹をかき抱いたリディア。

ユーミルも多少驚きつつも、静かにその抱擁ほうように応えた。




「では」

「それじゃあね、ユーミル。それに炎の精霊術師」


あのあとふたりはあっさりと別れを告げ、風のように去っていった。


なんでも彼女らの『死神狩り』も大詰めで、帝国に逃げた残党を潰せばそれきりだと。そしてこれが本命らしいのだがさる術式の回収、ついでに勇者や風竜の調査をするのだと。


「さる術式って?」

「……帝国地下にある【果てなき地下道アビスゲート】……そこの古書店巡りでもするんだろ……」


ふむ、たしか【四大ダンジョン】のひとつだったか。

帝国領の地下、ほぼ全域に張り巡られた古代の地下道と地下街の複合施設だとか。


危険度自体は低いのだが、とにかく広大で最深部もダンジョンのコアもわかっていない。

とにかく広いという一点のみが厄介で、手近なエリアは漁り尽くされているため旨味もない、人気もないダンジョンである。

現に四大に入ったりまた抜けたりを何度も繰り返している。


まあ彼女らの探索クエストは俺には関係ない、それよりも大事なのは後者だ。

帝国は現在、勇者組や風竜と繋がっていると聞く。


こちらも盗賊ギルドや一部の冒険者を使い情報収集をしているのだが、あまり成果はない。リディア達も勇者は警戒しているらしく、なんなら自分たちで調べてみようと。


「あのふたりって帝国の盗賊ギルドに顔が利いたりするのか?」

「……まあ、情報収集の手段は持ってるな……」

「へえ」


「……ぶっ殺してから締め上げりゃ、たいていのヤツは口を割るからな……。尋問も拷問も手加減いらねーし……」

「おおう……ひでぇ話だ」


ふつうは死人に口なしである。

死んだら喋ることなどできないので、当たり前だ。


しかしブレーキの無い死霊術師ネクロマンサーからすれば、死んでからが本番というわけだ。


もう死んでいるから、拷問に付きものの「死なないように気をつける」必要もない。

全力で全開で、一切手をゆるめることなく……。


うちの小さな死霊使い、みけを想う。


あの少女と、さきの少女はどことなく似ている気がするのだ。

幼少のころから魔術に愛され、破格の才能を持ち、それに見合った傲慢ごうまんさ。


ひとつ間違えば、みけがリディアのようになってしまうことだってあるだろう。

……後見人として俺も気をつけないと。

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