第209話 「『知識チート』」
冬の押し上げと、炎の悪魔の不在証明と、それからギーの
それらをクリアした俺はいったん宿へと戻っていた。
さすがというか、なんというか。
山脈に分断されチカラが弱まっているとはいえ【冬の領域】の押し上げ。どっと疲れが押し寄せてきた。
「……師匠、がんばりましたね」
「……イリム」
最愛の彼女は、俺を背中をさすりつつキングサイズのベッドへと横たえた。
その後ろには頼もしい仲間たちが。
ユーミルだけは「急用ができた」とそっけなく立ち去ってしまっていたが……。
「師匠さん、十分に休んでくださいね」とみけ。
彼女からは『
せめて宿を包む範囲で、弱めにでも展開しておく。
コレなら、ぐっすり熟睡したままでも
カシスは何かを言いたそうにしてぐっとこらえ、しかしつぶやくように言葉を漏らした。
「……あんた、カッコよかったわよ」
マジで!?
と返そうと思ったがすでに睡魔が近づいていて、口を動かすのも
そうしてまどろみに落ちる直前、昨日のレーテと大司祭とのやり取りが頭をよぎった。
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「その代わり、やって頂きたいことがあります。私たちの今後と、あなた達の今後に関わることです」
レーテがそう切り出し、冬の後退を依頼された。
それから、その場で『神明裁判』を行い『炎の悪魔の不在証明』をすると。
計画のいくつかにはギョッとするようなものも含まれたがおおむね了解。
「ありがとうレーテ。俺たちを信じてくれて」
後ろに大司祭がいるので、やんわりと感謝を伝える。
それに対してころころとレーテは笑った。
「そうですね。……実は私は、聖女と呼ばれていますが元々は卑しい産まれです。闘技都市のスラムで、
「……えっ」
「だから
「……そうか」
「そして、そこから救い出してくれたのが……ユーミルさん。あなたの姉のリディアさんです」
「えええっ!!」
マジか。
ユーミルを見ると、やれやれといった風に目をつぶっている。
……彼女は知っていたのだろう。
「彼女がどう呼ばれているのか知っています。【異端の魔女】……異端狩りの処刑リストのトップに、相棒の【
「……へーえ」
過去形なのは異端狩りの本部が滅んだからか。
しかし賞金首リストみたいでちょっとカッコイイ。
「彼女は、恐らく悪とされる存在です。そのアミュレットにも、手を触れただけで苦しんでいました。しかし……彼女に助けられたから今の私や弟のマルスがいるのです」
「……。」
「私はその後、大司祭さまの推薦でこの聖堂で修練を積み、聖女と呼ばれるまでになりました。奇跡を成し、多くの人々を助けることができました。それは、リディアさんがいなければありえなかったことです」
「……でも、それは結果論じゃないか?」
「ええ。ですが、すべては因果と運命の糸により編まれたことです。そして、彼女は存在としては悪ですが、世界に対してはそうではないと私は思っています」
「……。」
「そして、そう。また別の存在にも、違った意味があるのではないかと」
「……。」
それは……まれびとのことだろう。
俺や、カシス……勇者、そしてそのほかにもたくさんの人々がこの世界へ飛ばされた。
いや、飛ばされたのか、事故なのか、召喚なのか。
それすらもわかっていない。
現時点の俺は、ニコラス・フラメルに『異世界転移』された身なので、俺だけ入国ルートがはっきりしているが……。
それらにも、意味があるというのだろうか。
◇◇◇
聖女とセブンズアークの面々とのやり取りを眺めながら、大司祭は思った。
どうやら彼は一部の噂どおり、まれびとだろうと。
しかも強大な炎の力を持ち、氷の領域を溶かしたこともあると。
……ようやく、何かが変わるのか?
……この男が、何かを成してくれるのか?
この世界に飛ばされてからはや50年。
彼はここまでの長い旅路を思い返していた。
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気が付くと、大樹のわきに倒れ伏していた。
首にかかったローブはなぜか千切れており、したたかに打ったはずの足に痛みもない。
いや、足どころか……全身を殴られ蹴られた痛みさえ。
そうだ。
自分は「まれびと」だのなんだの呼ばれリンチを受け、最後に首に縄をかけられ処刑されたはず。
正式な裁判手順も、それこそ正式な刑の手順すらふまないただの私刑だったため、準備もなにも雑だったのか?
だから自分は助かったのだろうか。
……だが、それでは傷が治っていることを説明できない。
明らかに
……では、神のおかげだだろう。
日曜に嫌々連れて行かれる教会で、これまた嫌々行事に参加していた自分だが、そんな行為にも意味はあったらしい。
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この異世界にも教会組織はあった。
その教義も、形式もあちらの世界のものとよく似ている。
しかし帝国派はダメだ。
異端狩りを
西方派はまだ望みがある。
もともと西方諸国はまれびとへの憎悪が薄い。
システマチックで、形式的。
こちらなら……あるいは。
組織を変えるには内部から。
登りつめ、力を得て、いずれ世界を変えてやる。
……名前はどうしようか。
本来の自分の名前であるアレックスは、こちらでも違和感のあるものではない。
しかし、これから心機一転がんばるのだ。
いっそ名前から変えてしまおう。
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教会の門を叩いてから20年が過ぎた。
あれからいろいろあったな。
組織で成り上がるのは大変だったが、私に有利な面も多かった。
この世界の教会は、あちらの中世教会と同じく経理経営がとても
聖堂の建築などで強引に大量の寄付を集めたかと思えば、救貧院では考えなしに、湯水のごとく資金を放出したりする。
収支の適切な感覚がないのだ。
自然、私が会計係を任された町の教会は正常に、まっとうに潤うことになった。
それを繰り返すうち、担当する教会は町から街へ、大都市へ……と順当に出世していった。
もちろん、人気取りや人脈作りも疎かにはしなかった。
教会といってもしょせんは組織であることに変わりはない。
どの世界でも、どの時代でも必要なものはあまり変わらないものだ。
そして長年この世界で暮らしてきて、わかったことがある。
西方諸国のまれびと狩りの雰囲気がゆるい理由だ。
【氷の魔女】の
私と同じような者が過去にもいくらか居たのだろう。
この世界では、ときたまあちらの世界のモノを目にすることがある。
料理だったり、道具だったり、思想だったり。
しかも調べると、進化の過程を無視して現れているのだ。
踊る白馬亭のウィスキーだったり、ラザラス商会のトランプだったり。
シンプルなモノを経ずに、突然複雑で完成したものがでてくる。
そんな例が大昔からある。
それらは恐らく、前の世界で言う『知識チート』というやつだろう。
私だって経理や経営で『知識チート』してきたので同類だが。
そして、同じことを違う形で成してきた者が居たようなのだ。
ある村では、まれびとは追放に留めたり。
ある領主は、私刑を明確に禁じたり。
そこまではっきりしたカタチでなくとも、個々で小さな改善をした者もいるだろう。
そうして全体的に西方諸国はまれびとに対して「ゆるい」土壌が出来上がり、自然、生き延びたまれびとも西方諸国を目指す。
そんなことが、長い間行われてきた結果が、いまの西方なのだろう。
その流れのひとつに、私も加わりたい。
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さらに20年が経った。
私は西方諸国最大である交易都市の、大司祭にまで登りつめていた。
ようやく、さまざまなモノに着手できる。
レーテという最近聖堂を訪れた少女も、神からの贈り物に違いない。
優しい彼女を利用するのは心が痛むが、大義のためには仕方がない。
さらに数年が過ぎた。
思えば私ももう75……あとどれだけ時間が残されているのかわからない。
冬によって世界が閉じるのが先か、後か。
そうして、くだんの事件と【炎の御使い】が現れた。
これもなにかの流れだろう。
全力で、このまれびとの青年をサポートしよう。
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