第208話 「ただのひとりも逃さない」
「クソッ! クソッ! クソがああああ!!」
交易都市のスラム……その一角でひとりの男が咆哮をあげていた。
その足は激しく上下運動を繰り返し、なにかを踏みつけている。
ぎゃっ、とか。
ぐげっ、とか。
そのなにかは踏まれるたび、醜いカエルのような声を漏らす。
「あいつはどー考えてもまれびとだろう! 俺の直感がささやいている! 長年の俺の経験がなぁ!!」
ゲシゲシ。
「つまりは【殺してもいいニンゲン】なんだ! それをあの野郎……クソッ!!」
ゲシゲシ、バキッ。
骨の折れる音とともに、路地に悲鳴が響き渡った。
その声に快感が体を駆けめぐり、あやうく達するところだった。
そう。
彼、異端審問長にして
人を殺すのが楽しくて
しかしふつうは人を殺してはいけない。
どうすれば人を殺せるか?
どうすれば人を殺せるか!?
四六時中、寝ても覚めてもそれだけを考えに考え抜いて気が付いた。
そうして、彼は自らの欲望を叶えるためにこの職についた。
禁忌を犯した魔法使いや魔女、テロリスト同然のカルト、そしてそう……まれびと。世界には殺してもいいよと認定された、いわば殺人許可証をぶら下げたヤツらが存在する。
彼は神を信じている。
彼の欲望を満たしてくれる存在をこの世にばら撒いてくれたから。
そうして神の愛に感謝しつつ、彼は右足の運動を再開させようとした。
異教のシンボルを身に着けた、スラムに巣食う汚いネズミにむけて。
だが、彼がその
足が、鎖でぐるぐる巻きにされていたから。
「これは一体どういうことだ!?」
そうして、路地の暗がりから大量の鎖がじゃらじゃらと
目を凝らすと、小柄な少女の姿。
紫のローブに、死んだような瞳。
右手はこちらにまっすぐ伸び、そのたもとからは一本の鎖が。
「……ギーか。オマエも、あの夜に参加してたそうだな……」
少女の声が低く路地を通る。
そのざらついた、怒りを帯びた声ではっと彼は気がついた。
きっとこいつも異端のモノに違いない。
この鎖には悪魔のチカラが宿っている。
禁忌を犯した
つまりは、【殺してもいいニンゲン】だ!
「お嬢さん。あの夜と言われてもとんと私には見当がつかない」
「……5年前の自由都市。死霊術師であるネビニラル邸の襲撃だよ」
「ほうほう」
「……異端刈りに混じって、わざわざ交易都市から出張したヤツが居るってな。ベルナール・ギー……オマエのことだよ」
「ほうほう!」
「……私は、ユーミル・レア・レーベンホルム、当時あの家でお世話になってた……」
「ほうほうほうほう!! つまりは、殺してよろしいと、そういうわけですかっ――」
瞬間、少女のローブから爆発するように鎖が放たれた。
5本、10本? ……いやいやその何倍も!
「――なっ!?」
昼間だというのに、夜が降りてきたかのようだ。
薄暗い路地にさすわずかな日の光は、
そうして気付けば、ギーの体は隙間なく鎖で拘束されていた。
……だが、腐っても西方
なんとか、口だけは拘束から守っていた。
あえて言えば、それだけしか出来なかったのであるが……。
彼はその唯一死守した口で、言葉の限り叫んだ。
「俺を助けろ!!」と。
途端に、スラムの路地の影という影から白衣の男たちが現れる。
みな、手に手に白銀の剣、異端刈りのそれ。
彼らは、本部が壊滅した異端刈りの意思を継ぐものとしてギーに結成された
「……まーたうぞうぞと……いや、オマエらあれか……さっき
鎖の少女は気が付いた。
さきほどのまれびとの処刑、あの空気を作り出した、つぎつぎと
『死法の魔眼』が、人の魂を直接視るその目が、男たちの腐った色を嗅ぎ取ったのだ。
「――
ギーが吠えると、鎖の少女を取り囲むように男たちが歩みよる。その数10。
その顔は喜色と好色に満ち、下卑た笑いも隠さない。
「隊長ォオ、ぶっ殺すまえに好き勝手していいっしょ」
「だめだ、すぐ殺せ
「でもさぁ……久しぶりの上物ッスよぉ」
「だめだ、こいつは危険だ!」
「大丈夫っしょ、余裕でしょ」
「だめだ、俺が死ぬ!」
「……いや、余裕っしょ」
「だめだ!」
「…………。」
「おい、どうした?」
「…………。」
「おい、なぜ突然黙る!?」
「…………。」
「おい!!」
ピーピーと、ろくに事態も把握できずにさえずる男に、鎖の少女は心底
「……うるせーな、オマエも黙れよ……」
「なんだと! いいかっ、俺はっ……――グギッ!!」
ギーの口を、最後の鎖が締め上げた。
もう二度と、彼は喋ることができないだろう。
あごと、歯と、舌が、……つまりは発声のための器官が根こそぎ破壊されたのだから。
そうして、少女を取り囲んだ男たちは
ある者は泡を吹きながら。
ある者は空を眺めながら。
ある者は目を閉じながら。
少女の放った『
「……
そう。
古来、呪い使いに対して正面から近づくのは悪手である。
指差しの呪いを始めとして、視線による呪い……『魔眼』は
だからこそ
『
だが、そんな習わしも今は昔。
今はそも魔術の使い手が少ない。
指差しで呪いを成立させられる者はさらに少ない。
視線で呪いを成立させられる者はさらにさらに。
歴史ある旧家や、長い時を生きた
そして、大陸でも指折りの旧家であるレーベンホルムの娘は、基本の7つの呪いすべてに習熟している。
すなわち『
それに加え、レーベンホルム秘蔵の呪いであり、現在彼女と彼女の姉しか知り得ない『
多彩な呪いのなかで、彼女が選択したのは『金縛り』。
自由を奪う、シンプルにして強力な呪いである。
――彼女は、指で、視線で、取り囲むすべての障害を停止せしめた。
「……じゃあ鎖丸、潰して」
彼女がそう宣告すると、それが真実死の宣告となった。
真上から
人が死ぬ。
真上から
人が死ぬ。
真上から
人が死ぬ。
それが都合10回。
動かぬ、いや動けぬ男たちは
その臭いが増すたび、重い金属が路地の床を叩く音を聞くたび、ベルナール・ギーは自身の運命を悟った。
間違いなく死ぬ。
間違いなく殺される。
そうして、最後に彼は聞いた。
「……異端刈りはすべて殺す。アリエルを殺したヤツはすべて殺す。ただのひとりも逃さない……」
瞬間、ギーの体は真上から飛来したなにかにより串刺しにされた。
肩から脇腹まで一直線、巨大な、巨大すぎる大剣によって地に縫い留められる
「――ゴバッ!!」
心臓を破壊されたからか、または神速めいた刺突による衝撃か。
ギーは口から赤い液体を冗談のように吹き出しながら絶命した。
そうしてひとつの墓標が完成した。
2mをゆうに超える立派な大剣は、それ自体がとある宗教のシンボルである十字架にもみえる。
「……へえ、上出来じゃん」
大剣の名は『
帝国で奴隷身分であったドワーフたちの、血と涙の結晶であり、フローレス島の大虐殺で数多のラビットの血を吸ったモノであり……つまりは、呪いの大剣である。
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