第207話 「火刑に処す」

「――では【炎の御使い】さま。神の奇跡で、神の炎で、この者に神罰を下してくださいませ」


祓魔師エクソシスト、ベルナール・ギーの言葉に一瞬思考が停止する。

しかしすぐさま再稼働、つまりやつの意図は……踏み絵か。


まれびとを処刑することで、己がまれびとであることを否定せよ。

もし躊躇ためらえば、オマエは怪しい。


それを、この群衆に囲まれた場で示せと。


「……。」


教会にハメられたのかと大司祭のほうを見やるが、彼は彼で動揺どうようしていた。


「……ギー。まれびとは捕らえしだい報告し、聖堂の地下牢に繋ぐよう言ってあるはずだが?」

「いえいえ。すいませんねぇ……こちらで調べたいことがあったので報告が遅れました。それに、そうです。あなた様が大司祭に就かれましてから、処刑が公の場ではなくなったので、市民もそろそろ派手なのが見たいんじゃあないかと」


「ここは西方諸国。悪趣味な見世物を楽しむような者は少ない。あくまで静かに、粛々しゅくしゅくと執行すべきだ」

「左様ですか。まあここ1年ほど、不思議なぐらいまれびとの発見が減っているので、いつもの手順を忘れていました。ハイ」


1年前というと、ちょうど『風の羅針盤らしんばん』を開発し、各支部が回りだしたころだ。

あれ以来、かなりのまれびとを先に見つけだし救出できている。


「……もういい、ギー。そのまれびとは地下牢に……」


その言葉を切り裂くように、群衆の中からよく通る高い声で、叫びがあがった。


「【炎の御使い】さま! あなたが本当に神の使いであることを俺たちに見せてくれ!」


その言葉を皮切りに、群衆のあちらこちらからポツポツと、声があがった。


「やれ! 見せてくれ!」

「証明してくれ! 御使いさま!」

「やーれ、やーれ!」


叫んでいるのはほんの10人ぐらいだろう。

しかし、その声の調子と、勢いは、その場の雰囲気をじょじょに変えていった。


「……たしかに、なんか逃げてるみたいだな」

「ここで御使いがやれば、なるほど……」

「教会で処刑するのも、ここで処刑するのも変わらないか」


気が付けば、群衆のそこかしこから声がわいていた。

やれ、やれ、やれ……と。


その変わりつつある周囲の声を聞いたからか、縛られ、口にキツく猿ぐつわをめられたまれびとの青年は、恐れでぶるぶると震えだした。

痙攣けいれんし、失禁し、どさりとその場に崩折れた。


「――ささっ、この空気、雰囲気! もう後には引けませんぞ【御使い】さま。この者を火刑に処す以外に道はありません!」

「……。」


さっ、と体を回し、まるでコンサートの指揮者のごとく腕を振るギー。

その指先には倒れ伏し毛虫のように丸まる青年。


「……どうしましたかな?」


そうして見た。

ギーの口元が醜く歪み、口が静かに動くのを。


まんまとわなにかかったな。

にげられんぞ、まれびとめ。


俯瞰フォーサイト』で読めた。

目の前の男が、俺に明確な敵意をもっていることが。


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一度空気が変わりだすと、そこから1色に染まりだすのは止まらなかった。

もはや、この場で処刑をするか、拒否するかの2択しかない。


……拒否をして説得も、今この場ならできるのではないか。

冬を後退させ、御使いとして炎の悪魔の不在証明を済ませた今このときならば。


「……いや」


そんな甘い考えも浮かんだが即座にそれを切り捨てる。

この場の熱狂、雰囲気からして難しいだろう。


「……師匠」


仲間は遠巻きに、しかし明らかに警戒しつつ俺の言葉を待っている。

行動如何いかんで、この先どうなるか。

戦闘になった場合、急いでリンドヴルムで離脱して……。


「――そうだ」


ハッ、と一気にアイディアを組み立てる。

そうして、師であるアスタルテへさり気なく視線を送る。


「――ほうじゃの、できんこともない」

「……助かる」


俺と仲間だけに伝わるよう、静かに口元だけで意思疎通を完了した。

あとはそう、できるだけ正確にやるだけだ。


祓魔師エクソシストギーのねめつけるような瞳をまっすぐに見つめ、答えた。

これよりまれびとの火刑を行う……と。



「――なっ、真逆まさかッツ!?」

「どうせ処刑するんだろ? できればひと息に、神の炎で葬ってやろう」


ギーやレーテにだけ聞こえる声で答える。

彼女は驚いた顔をしているが、俺の瞳に強い意思があるのを認め、静かにうなずいた。


「じゃあ、やるぞ」


震える青年にむけ、黒杖こくじょうを突きつける。

周囲の視線が一気にまれびとへ集まる。


――瞬間、彼を呑み込む巨大な火柱を吹き上げる。


太さも、高さも電車サイズのその炎にみなの視線が集まる。

そうして……俺は成功を確かめ、静かに炎を鎮めていった。


彼が居た場所には、黒々とした焼け跡しか残っていない。


「――これで証明できましたか、ええっと……ギー殿」

「…………。」


信じられないものを見る目で、焼け跡と、こちらを交互に見やる。

そうしてひと言「……クッ」とつぶやくと、彼はそうそうにこの場を立ち去った。


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「……危なかったのう」

「アスタルテ、助かった。ありがとう」

「ま、よかろ」

「師匠さん、私も、私も!」


「……みけも何かしたの?」

「ええっ、ひどい師匠さん。私も『遮蔽しゃへい術』で協力したのに……」

「そ、そうか。……悪い、気付かなかった。みけもありがとな」


そう。

とっさとはいえ、あのまれびとを救出することができた。


彼の周囲だけ囲うよう炎を高く舞い上げ、すぐさまアスタルテの『石柱』によるカタパルトで真上へ打ち上げ。

はるか上空でリンドヴルムを召喚、そしてキャッチ。みなが火柱に気を取られているあいだに、その場を離脱。


それにみけが彼に『遮蔽ステルス』を掛けてくれていたようで、より成功率は上がっていたのだ。

サンキュ、みけ。


まあ、あの同郷人からしたら最高レベルの絶叫マシーンに突然ご招待されたも同然なので、すまないといえばすまないが……。


しかし、最後に見たギーの暗い目つき。

彼が、あれで折れたようには到底思えない。


なにか対策は必要だろうが、今はそう。

交易都市を味方につけたことを素直に喜ぼう。

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