第206話 「炎の悪魔の不在証明」

周囲の視線が俺に集まっている。

ほとんどは冬を押し返したことによる感謝や驚き、称賛。

しかし中には、ほんのわずかだが恐怖や疑念。


「これより、【炎の御使い】の精査……神明裁判を執り行います」


大司祭の強い、よく通る声があたりに響く。

指導者は声も資質のひとつと言うが、彼はそれに恵まれているようだ。


「師匠さん。私はこの交易都市の聖堂の司祭を務めるイスカリオテです。どうぞよろしく」

「ああ。こちらこそ」


自己紹介は昨日済ませているのだが、あらためて群衆のまえで行うことに意味がある。

たがいに軽く会釈をかわす。


「難攻不落の【四大】より聖女を救出して頂き、改めてありがとうございます。師匠さん、それにセブンズアークの皆様」

「私からも、改めて」


大司祭のわきに控えたレーテが深々と頭を下げる。

しばらくして顔をあげた彼女の瞳は白い輝きをたたえていた。


「神明裁判としてこの先のやりとりは『裁判ジャッジメント』の、つまりは神のまなこの元に行われます。よろしいですね」

「……ああ、構わない」


大仰すぎて俺からすると逆にうさんくさい気もするが、効果は絶大だった。

背後の教会連中や、街の人々の視線がぐっと真剣味をおびる。


「ではまず、あなたが2年前に聖女より受け取ったとされるアミュレットをこちらに」

「ああ」


首の後ろに手を回し、パチリと留め金を外す。

そうして、すずでできた素朴なお守りを大司祭へ手渡す。


「……ふむ。間違いないですね。では、【魔のモノ】をこちらに」

「はっ!」


控えた聖堂騎士パラディンの集団がパッと分かれ、その中からふたりがかりで【あるもの】を引きずってきた。


「GYAAAAAAAA!」


体中にびっしりと網目模様のある黒い妖魔が縛られている。

黒森の、森ゴブリンである。


「これより聖女レーテが彼に託したこの護符アミュレットが本物であることを証明する!」


高らかに大司祭イスカリオテは宣告すると、彼は子鬼へ一歩また一歩と近づく。

その手にレーテのお守りを掲げながら。


「GYA! GYAAAAA!! GYUGYAAAAAAAAA!!!」


明らかに森ゴブリンが動揺している。

いや、狂乱とさえ言っていい。


口からよだれを吹き出し、目をひん剥きながら血走らせ。

暴れる彼を、両側から騎士がおさえこむ。


そうして、その首へ大司祭がアミュレットを掛けた。

とたん、耳をつんざく絶叫が場を満たした。


「うわぁ」

「……ケッ、教会もずいぶんエグイじゃねーか……」


ユーミルのつぶやきも納得だ。


アミュレットを首にした森ゴブリンは、ドロドロと体中を腐敗させ、つぎつぎと部位がこぼれ落ちた。

そうして、あっという間にぐずぐずの肉塊へと姿を変え、そのまま黒い液体として地面に吸い込まれていった。


「このように、聖女の護符は祈りと願いにより本物まことの神聖を帯びている! コレに魔のモノは数秒と耐えられない!」

「そして、彼はコレを2年に渡って自ら所有していた! その身に『魔』を宿していない最初の証明である!」


おおーっ、と周囲から賛同の声や喝采の声。

拍手をしているものすらいる。


「……なんつーか、なあカシス」

「まあ、大げさというか演出的よね」


元・現代日本人からするとちょっと引く。

だがファンタジー住人にとっては効果は絶大のようだ。


「さらに重ねて師匠さん。2年前に聖女より渡された聖水を。こちらに」


大司祭に聖水を手渡すと、またもや彼はそれを手にして高らかに掲げる。


「コレは奇跡の聖女がひと月、祈りを込めし最高純度の聖水である! コレをもって再度確認を行う!!」


またしても聖堂騎士の集団が割れ、中央から木箱を引きずる4人組が。

箱のサイズはヒトひとりが入るには十分で、なぜか鎖でぐるぐる巻き。

中からはぶつぶつとつぶやき声が聞こえる。


「開帳せよ」

「――ハッ!」


騎士たちが鎖をほどき、箱を蹴り倒した。

すると箱の上部が開き、これまた鎖でぐるぐる巻きにされた何かが転がるように飛び出してきた。

いやに顔色の悪い青年であり、体中に木の杭が突き刺さっている。


「――これなるは陽の光にさえ耐えうる上級の吸血鬼である! 教会にて捕らえ、いくど杭で穿うがとうとも死なぬ真正の不死者である!!」


おおっ、吸血鬼。

この世界にいることは知ってはいたが、見るのは初めてである。

と、少し離れたところにいるユーミルが、凄まじい殺気を放っているのに気がついた。


「……ユーミル?」

「……なんでもねーよ……」

「お姉ちゃん」


みけがなぜか、顔を背けるようにして姉に抱きついている。

彼女も、みけの頭を優しくかき抱いた。


……そうか。

みけの血の繋がったほうの姉、アリエルは教会の異端刈りにより殺された。

その最後は、破魔の力があるとされる白木の杭に全身を穿たれた壮絶なものだったと。


「――では、聖水の効力やいかに!」


大司祭は手にした小瓶のフタを外し、吸血鬼の青年へと迫る。

スマキにされた被験者が暴れだす。


そうして、さきほどのゴブリン退治と同じようなことが繰り返された。


聖水を掛けられた吸血鬼は、体をぐずぐずととろかしながら消滅していった。

口に杭を打ち込まれていなければ、彼の断末魔を聞くことができただろう。


「凄まじい神聖力! では、聖女よ。これを彼にも」

「はい、司祭さま」


レーテはうやうやしくそれを受け取ると、まっすぐにこちらへ。

俺は段取りどおり、腰をおろし片膝を付く。

それから昨日教わった通り、教会式に手を組んだ。


「では師匠さん、いきますよ」

「ああ、ぶっかけプレイ、頼むぜ」

「はい?」


「いやなんでもないです」

「……ふふっ、そうですか」


なぜかこんな場でもころころと笑うレーテ。

まあけがれなき聖女サマであられる彼女には、まさしくしもじもの下ネタは通じてないだろう。

キュポッ、とフタを開ける音が頭上から。

俺は目をつぶり、そのままの姿勢で頭を下げる。


――ヒャッとした冷たさと、水に濡れる感触。


頭からとぽとぽ、ぴたぴたと聖水を掛けられているのだ。

うーーん、あちらでいう4月とはいえまだまだこのプレイは寒いな。


そうして、ゆっくり時間を掛けての聖水プレイは終わった。

もちろん俺の体はどうともしない。


「……終わりましたよ」

「ああ」


うわぁ、びちゃびちゃだなコレは。

後で『ドライヤー』で乾かしておこう。


「でも、意外でした」

「うん?」

「……師匠さんって、そういう趣味がお有りでしたとは」

「えええっ!!」


マジか。

聖女のくせに通じてしまったのか……ってそういや昨日、さらっとスラム産まれだとか言ってたね。

これは失礼。


「――このように、第2の試しも相成った! 彼は真に【炎の御使い】、神の寵愛ちょうあいを受けている。決して悪魔などでは……」

「ちょっといいかな」


高らかに宣言する大司祭の言葉を、ひとりの聖職者がさえぎった。

ひょろりとした高身長の、どこかヘビやイモリを思わせる男。


「……なんだ、祓魔師エクソシストギーよ。今は神聖なる裁判の最中だぞ」


大司祭イスカリオテは、厳しい目つきで男をにらむ。

ギーとよばれた男はその視線を軽やかに受け流した。


「イスカリオテ殿、そやつにはもうひとつ、疑惑がありまして……その、言いにくいんですがね、いいでしょうか?」

「……申せ」


「なんでもその、異世界よりの侵略者。まれびとなんじゃあないかと。私の所属する異端審問会でもたまーにね、噂程度ではありますが」

「――ハッ、なにを莫迦ばかな」


「そう、馬鹿げた話です。ですから、そんな馬鹿げた噂はいまここで、ついでに。払拭ふっしょくしてあげようじゃないかと。彼のためにも」

「……なにを言っている?」


べったりと、粘つく視線をこちらへむけるギー。

はっきりいってとても不快なものを感じた。


「師匠……さんでしたっけ。神に選ばれし御使いさまを疑うなんて、とてもおそれ多いことですが、これも今後のためです。お付き合い頂ければ」

「……。」


「では、肯定こうていと受け取っておきますよ。そう! 疑惑なんてここで晴らしちゃいましょう」


パンパン、と両手で合図をしたギー。

すぐさま、彼の背後の黒ローブ集団のなかから、何かが、そう……誰かが引きずられてきた。


「……チッ」


あくまで誰にも聞こえないように小さく舌打ちをする。

その誰かは、誰がどう見たってこの世界の住人ではなかった。


鮮やかなジーパンは泥にまみれ、上着のジャケットもずたぼろだ。

すなわち、誰がどう見てもまれびとであった。



「――では【炎の御使い】さま。神の奇跡で、神の炎で、この者に神罰を下してくださいませ」

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