第205話 「雪解け」

目の前に、ただひたすらに白い世界が広がっていた。

大地も、草木も凍りついている。

遠くにポツポツと村の影や、それを囲う麦畑。それらもすべて白一色。


「……ここはずっとこのままなんだな」

「まるで時間が止まったみたいね」

「ああ」


2年前に見た光景となにも変わっていない。

勇者が北の山々の一部を壊し、交易都市へと迫った【氷の魔女の領域】は依然としてそこにあり続けている。


「山脈自体は我が治したからの、これ以上拡大することはなかろ」


俺がやる『あること』のため駆けつけたアスタルテが、停滞した世界をにらみつけながらそう言った。

レーテに頼まれたことの一部は、最初からここでやろうと思っていたことだった。


冬の押し上げ。

すなわち、俺の炎で彼女の氷をねじ伏せる。

ごく一部ではあるが、彼女に奪われた領域を人間の手に取り戻す。


「じゃあ、そろそろやるぞ。もしもの場合はサポート頼んだぜ」


「はい、師匠!」

「師匠さん、『耐冷』の術式なら任せてください!」

「神さまにちぃとは祈っておくぜ」


「……なあに、もしもの場合は我がなんとかする。気にせず全力を出すがよい」

「うっす」


仲間と、師と、レーテやマルス君をはじめとした教会の人々。


そしてなにより、ガヤガヤと集まった野次馬……もとい交易都市の人々。

彼らは北門のあたりに押し合いへし合い集まり、こちらを遠巻きにながめている。


これだけ多くの視線にさらされながら何かをするのは初めてだ。

やっぱりちょっと恥ずかしい。


「――よし、いくぞ」


目をつむり、集中。

周囲の火精と、古き精霊を励起れいきする。

リンドヴルムをリーダーとし、辺りの火精をできうる限り。


……2年前とは比較にならぬほど爆発的な炎の気配、高まりを感じ、それらにそのまま、あるひとつの想像イメージを実行させる。


想起イメージするは春の雪解け、夏の陽光。

冬の景色をぬぐい去り、人の営みのもとへ取り返す。


つよく、つよく……ひたすらに強く!!


「――成った」


想起に成功したという手応え、確信を得たと同時に目を開く。

そうして、にらみつけた視界せかい、白き死の大地に、俺の想像イメージを事実として叩きつけた。


――瞬間、氷が砕かれるような音とともに【魔女の領域】が後退を始めた。


大地だけでなく凍結された大気が砕かれているのだろう。

バキリ、ベキリとそこかしこから凄まじい音とともに、みるみる停滞が否定されていく。ざらざらと氷が溶かされていく。

大地も、草木も、村も、次々と色を取り戻していく。


「いけぇーーー師匠! もっと、もっとです!」

「ふむ、見事じゃ」


仲間の応援、あるいは感嘆かんたんの声。


「――!? 冬が……溶けていく!!」

「バカな……有り得ん!!」


そして爆発するように背後からひびく群衆の声。


それらを背に受けつつも意識を集中し、さらにさらに冬を押し上げていく。

そうしてついに、ここから見える視界の果てまで、ことごとく冬を否定していった。


「くそっ、まだ……まだいけるのに……」


そう。

驚くことに、まだまだ全然チカラは有り余っている。

だが、『俯瞰フォーサイト』の距離をゆうに超えて、地平線の果てにわずかに残る白を拭ったら俺に見える範囲は終了だ。

見えぬモノに術を行使することはできない。


「我が手を貸そう」

「えっ」


ぽん、と両肩にアスタルテの小さな手が。

その瞬間、知覚がぐん! と広がる感覚。


「地脈を応用した『千里眼』よ。コレで、今できるぎりぎりまで彼奴きゃつの氷を溶かすのじゃ」

「……ああ!」


借り物の『千里眼』のためか、視界はふわふわと霧がかかったかのよう。

しかし、たしかに視界の果て、地平線の向こうの景色を感じ取れる。


そうして、その眼で冬の領域をとらえ、同じことを繰り返す。


ぐんぐんと、氷を溶かし。

つぎつぎと、白を拭い去る。



……どれだけそれを続けたか。


さすがにそろそろ精霊力チカラも、俺の集中力も終りが見えてきたなと思った矢先、景色の果てに異様なモノが広がっていた。

あるラインから先がすべて、ただひたすらに真っ黒に塗りつぶされている。

氷の領域どころか、あらゆる生命や精霊が存在しない。


「……黒森か」

「ほうじゃの。

 ……まあ、ここまで行けるとは思わなんだ。ようやったの」


アスタルテの手が肩から離れる。

瞬間、さっきまでの視界……左右にどこまでも続く黒いモヤ……が消え失せ、色を取り戻した大地が目の前に。

いつのまにか、その取り戻した道や草原に人々の姿が。

おっかなびっくり木々に触れる者や、草原を駆けているものさえ。


「師匠! やっと戻ってきましたね」

「……えっ、ああ」


太陽の位置を見るに、1時間ちかく魔女の領域と戦っていたみたいだ。

ひたすら集中していたので時間の感覚がなかったな。


「まるでボケたお爺ちゃんみたいでしたよ! ぼーっと突っ立って、目は開いてるけどどこ見てるんだかで心配でした!」

「……またジイさんか」


昨日の記憶が……いや今はいいか。


そうして、こちらに戻ってきた、つまりは戦いを終えた俺のまわりにわらわらと人が集まり始めた。


よくやってくれた。

ありがとう。

まさに奇跡だ。


一度にいろんな声がそこかしこから。

自分は聖徳太子ではないので、聞き取れるのはごくごく一部。

しかし、とても感謝されているのは伝わってくる。


その群衆の一箇所がぱっ、と割れそのむこうからレーテを筆頭に教会の人々がこちらへやってきた。

彼女は、いかにも聖女さまといった純白で、豪華な教会の服に身をつつんでいる。

シスターや修道女の服を盛り盛りにした感じだ。


「我々の頼み、悲願である冬の後退を成し遂げていただきありがとうございます。【炎の御使い】よ」

「……ああ」


事前の取り決め通りとはいえ、その仰々しい口上こうじょうはどうなのだろう。

ミツカイ、というのもやはり慣れない。


レーテのすぐ後ろには、大司祭の姿が。

この交易都市の大聖堂のトップ、つまりは教会の西方派でもかなりの立場にいる人物だ。


「まさに神の御業みわざのごとし。素晴らしい力をあなたは授かったのですね」

「ああ」


強大な存在から力を授かったのは間違いではないので素直にうなずく。

あいにくと相手は神ではなくむしろ悪魔のたぐいかもしれないが。


「ですが、その力ゆえにあなたにはある疑惑が。それをこの場で晴らしていただきたい」

「……わかった」


大司祭はにこやかに笑っているが、彼の後ろに控える他のお偉いさんの中には、表情の険しい者もいる。

明らかな敵意さえにじませている者も。


そう。

俺は今から、街の人々が集まり、教会の連中も揃ったこのとき。

自分自身の潔白を証明しなければならない。


つまりは【炎の悪魔】の不在証明だ。



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位置関係などは以前掲載した地図でどうぞ。

少ししたら最新版も作成するつもりです。

【URL】

https://31646.mitemin.net/i453653/


コピーしてアドレスに貼り付けてご覧ください。

カクヨムは直接画像はNGなので、なろう版で見てみるのもアリかもしれません。交易都市編の、「『大陸地図』最新ver.」回になります。

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