第203話 「たぶん死んだんじゃないの?」

※お気楽回ですが、いつもより長めです。

 かるく下ネタがあるので注意。



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「師匠のアホーー! バカーー! オタンコナスーー!」


イリムはそう叫ぶと、ベッドに飛び込み丸まっている。

どうしてこうなった。


時間を巻き戻そう。


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ここは最高級宿ロイヤルスイートの一室。

内装は豪華のひと言であり、床にはまんべんなくふかふかの絨毯じゅうたん

ふかふかすぎて足が少し埋まるのはどうかと思ったが、それ以外は致せり尽くせりだ。


まあ、ごてごての天蓋てんがい、シルクのカーテン付きのキングサイズベッドも趣味じゃないし、他にもところどころベルサイユ宮殿を思わせる内装でげんなりしたが。

あれっ、俺この宿あんま好きじゃないぞ。


そんな少女マンガの世界のような内装は、少女イリムにとってはどストライクだったのだろう。

目をキラキラと輝かせ、部屋をあっちにこっちにまたあっちに。


「わーーっ、わーーわーー!! 凄い! 素敵! 可愛い!」


ケモミミをぴこぴこ、尻尾をばっさばっさ。

全身で喜びと嬉しみを表現していた。


「そか……じゃあ俺はお先に」


俺は疲れていたのでさっさと風呂(この世界で、初めて個室の風呂という設備を見た)に入り、ベッドに飛び込んだ。

イリムも「じゃあ師匠、あとで……」でウィンクしつつ浴室の扉のむこうへ。


あとで……あとで……?

うーむ、なんだろ。疲れで頭が回らない。


まあいいか、寝よう。

ダンジョンに、戦闘に、ラストのボスバトルにと俺の体はぼろぼろだ。

怪我はほとんどないけれど、スタミナ的にね。


ではお先にお休みなさい。




そうして、深い眠りに落ちた俺は何かにはたき起こされた。

顔をペチーーーン! と真上から。


「痛ぇ! なんだ敵襲か!?」

「痛ぇ、じゃないですよ師匠!」


がばりと飛び起き即座に『俯瞰フォーサイト』を密にする。

おかしい、リンドヴルムに敵あらばすぐさま排除してくれるよう頼んでいるのに、その防御を抜けたと!?

それにみけが設置した『アレ』も……、うん?


殺気をたどると、すぐ目の前にイリムの姿。

バスローブに身を包み、ほのかに湯気と水気をまとっている。

どうやら、入浴直後のようだ。


「やっと起きましたね、師匠。……さっ、ご感想は?」


くねっ、と体をひねって謎のポーズを取るイリム。

ジト目なのはかわいいが、ポーズ自体は似合っていない。


「風呂入ったんだな、じゃあ寝よう」

「――! ええ、そうです。いっしょに寝ましょう!」


キングサイズのベッドに飛び込み、横になるイリム。

俺も体を寝かせ、目をつむりいざ夢の世界へ。

そうして睡魔は秒で訪れた。


……記録更新、いまのはのび君並みだな……


ベチコーーーン!!!


顔に衝撃が疾走はしった!


「とっても痛い! やっぱり敵襲か!?」


ガバリと即座に飛び起き、『俯瞰』を最大密度で展開。

しかしやはり、俺とイリム以外には誰もいない。


「イリム、もしかすると『存在遮蔽スナーク』の使い手が潜んでいるかもしれない! 全力で警戒して……」

「師匠のアホーー!!」


ペチーーーン、と覚えのある衝撃がほほに疾走った。

そこでようやく、さっきからの襲撃者に気付くことができた。


「……イリム、なんのイタズラかは知らないが、俺は、」

「師匠はイタズラしてくれないんですか?」

「えっ」


なんかその言い方はちょっとアレだね。クルものがあるけど……っていやいや。もしかして……。


「えーっと、イリムさん。あれですか?」

「……。」


コクコクとうなずき、ぶんぶんと尻尾を左右に、そして顔を真っ赤っかに。

さすがの俺もこの反応でわかったが、そうか……。


……マジか。


「ダンジョン終わって、疲れてないの?」

「えっ? ぜんぜんですが」

「まる2日野宿でさ、戦ったり登ったりまた戦ったりで?」

「ええ、別に」


ニコッとまんまる笑顔のイリムさん。


「……そうすか」


ほんとにスタミナお化けだな。


「……でも、俺はニコラス・フラメルとの戦いでな、ちょっと疲れてるんだ」

「……。」


「イリムには恥ずかしい思いさせちゃったけど、ほんとごめん」

「……わかり、ました」


イリムはそう言うと、毛布をがばりと被り丸まってしまった。

そうして少しすると、その毛玉がかすかに上下しているのがわかった。


俯瞰フォーサイト』を張っているからわかる。

毛布の中で、最愛のヒトが俺にバレないよう、しかしぐしぐしと泣いているのが。

気付けば、俺と彼女との間にある邪魔な障壁もうふを掴み、奪い去っていた。


「――わっ、師匠!?」

「ちゃんと話してくれないか」

「……えっ?」

「イリムが泣いてるのは、俺はイヤだ」

「……師匠」


そうしてイリムは語りだした。


「こんな、お城みたいな……お姫様みたいな部屋、実はちょっぴり憧れていたんです」

「そっか」

「それで、実際にこうして目にしてみて、ちょっぴりどころかすごいワクワクして、嬉しくなって……あと、こんな部屋で師匠と……って、そう考えたら心臓バクバクしちゃって」

「……そっか」


「私が勝手にひとりで盛り上がっちゃっただけです。すいません。師匠は悪くないです」

「……いや、悪かった」


「――でも、……っつ……」


言葉を接吻でふさぐ。

ふたりの口元が、ふたりの距離と言葉をゼロにする。


そうして風呂上がりのバスローブ姿の、つまりは一糸いっししかまとわぬ姿の彼女を引き寄せ、そのまま肩にかかる邪魔な布地をストンと落とす。


「……イリム、俺が悪かったんだ」

「……師匠、師匠はほんとにしょうがないですね」


そのまま広い、広すぎるベッドの真ん中に彼女を押し倒し……


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そして現在の時間軸である。

つまりはイリムは毛布に丸まり、アホだのバカだのオタンコナスだの叫んだ直後である。

その直前にはお爺ちゃんだの森の枯れ木だの散々だった。


まあつまりは。

ウェイクしなかったのである。


想像以上に、体に疲れが溜まっていたようだ。

ダンジョン探索と、ニコラス・フラメルとの戦いだけじゃない。

ドフーフ島では心が疲れたし、世界自体を行って帰ってしてきたのもあるだろう。


あそこまで盛り上げておいてイリムには非常に申し訳ないが。


「あーあ、もういいです。師匠が枯れ果ての枯れ木のお爺ちゃんなことは昔から知ってますし」

「……すまない」


「……師匠はあれですよね、もしかしてイン、」

「おいそれはやめろ!」


思わず強い口調がでた。

イリムがびくっとする。


「……いえ、さすがに言い過ぎでした。すいません」

「……いや、俺のほうこそすまん」


じゃあもう寝ましょう、とイリムは抱えた毛布に再度丸まる。

さっきまであんなに元気だったのに、すぐ寝られるわけもないのに。


……不甲斐ふがいない。


甲斐性かいしょうなしの益体やくたいなしと蔑まされても仕方ないな。

たしかに、こんなキラキラ豪華な部屋。

樹海のケモノ村、つまりはド田舎で育った彼女からしたらまさに憧れだったのだろう。


こんな場所でのロマンス小説やらなんやらはこの異世界にもあるだろう。

イリムも、そうしたものを読んでいたのかも。


そんな彼女の期待や、さっきまでのドキドキを返せこの野郎ってなるのはわからんでもない。

彼氏として、そんな彼女の期待にそえないのもなんとも歯がゆい。



つまり、俺がやるべきことは。

つまり、俺が為すべきことは。


――ウェイクさせる。ただそれだけだ。



ひとつ、思いついたことがある。

俺の持つ数少ないチカラ……精霊術でどうにかできないかと。


俺はこれまで、火精と、そして風精に助けられてここまでこれた。

だから、こいつらはもっともっとできることがあるはずだ。


今までの旅路を思い出す。

そう、怪我をしたりなんだりもこいつらに助けられてきた。


体のうちに潜って、体の不調をなんとかしたのも初めてではない。


かつて竜骨のまえで凍える体を温めたように、氷の領域で氷像と化した少年を救ったように、フジヤマの裾野すそので精霊紋を壊したときのように。


うちから己を回復する。元気付ける。火を付ける。


――すなわちある一点に火精のチカラを凝縮するのだ!!



◇◇◇



同時刻、同じ宿の違う部屋である。

ふたりの男女は机に広げたトランプでゲームに興じていた。


「うーん、種族違うとはいえ男と同室になるとはね」

「しょーがねーだろォ、カシス。師匠とイリムは恋仲だし、ユーミルとみけは姉妹みたいなモンだ。大丈夫、手なんて出さねえよ」


種目ゲームはラミーで、ふたり対戦ではオーソドックスにして奥が深い。

もちろん、これも故人であるまれびと、ラザラスがこの世界に持ち込んだもののひとつである。


「まあ、今ごろ師匠の方はがんばりの真っ最中で、」「それはどーでもいいでしょ!」


ザリードゥのやや配慮に欠けた発言、というかほぼセクシャルなハラスメントをカシスが断ち切る。

その様子と、彼女の表情から、こちらの分野でも歴戦であるザリードゥは心情を察する。


「……まァ、オマエも大変だな」

「……別に。私はいつか帰る。だからこの世界に未練は残さないの」


「そっか」

「そうよ」


「――それに、アイツよりイリムちゃんの方が大事。あの娘を悲しませたくない。これは変わらないから」

「ハハッ、なんだろな。まれびとはいろいろ律儀りちぎだよなァ」


「何を……」

「俺らの世界じゃ、そして俺らみたいな獣人はそんな細かいとこまで気にしねェぜ」


「……。」

「もっと緩く、もっと気ままに生きてもいいんじゃねェの」


「――ハッ、舐めないでよザリードゥ」

「……なんだよ」


「私はね、元いた世界のルールは守るつもり。元いた世界の住人にはね。これは私の最後のかせなの」

「……。」


「人もたくさん殺したし、本当の盗賊みたいなこともやった。けど、ソレを絶対に元いた世界の人にはやらない。私は、いつか帰るんだから」

「…………。」


「私は、元いた世界を裏切りたくない。元いた世界で異物になりたくない。絶対に」

「そうか……わかった」


「それから、これももう言うの5回目だけどさ。アンタとそういうことやるのはナシだからね。だってやっぱ抵抗あるもん。リザードマンって私の世界は居ないからゴメンね。異次元すぎる」

「……フッ、また振られちまったな」


ふたりは一瞬、チラと視線をかわし、そのまま苦笑した。

たがいにクスクスと、それから大きな声で。


そのおかげで、ある男の苦悶くもんの雄叫びは聞こえずにすんだのだが……。

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