第200話 「白い賢者の石《アルベド・ストーン》」

「あなた達を信じましょう」


レーテは笑ってそう言った。

付け加えるように「そもそもマルスを救った恩人を疑いたくはないです」とも。


「よかった。いや、ありがとう」

「いえ。――それより、ここからです」

「?」

「私が納得できたとしても、次は教会です。異端刈りが壊滅したせいで情報があやふやなのですが、あなたを【炎の悪魔】だとする意見が一部に。特にここ交易都市の教会の上層部に」

「……ええっと」


一度に言われてもあれだが、つまり。

北の帝国や異端刈りだけでなく、教会のなかでも西方派……いちおう穏健派とも呼ばれる……の一部でも、悪魔の噂が流れているわけか。


「それも、考えがあります。……師匠さん、あの時、マルスを【氷の魔女の領域】から救い出し、そしてその後の見送りの際に私が渡したものを持っていますか?」

「えーっと、あるけど。つか今も首に下げてる」


首元からいそいそと、昔貰ったお守りを取り出して彼女に見せる。


「……よかった。神よ……」


レーテは手を組み目をつぶり、お祈りモードに。

突然そういうのをやられると元日本人の俺はすこし面食らう。

ウチのパーティの聖職者トカゲマンはこういうことしないしな。


「……おい師匠……」

「なんだ、ユーミル」


「……あの教会の女に貰ったお守り、まーだ大事に持ってたのかよ気持ちわりい……」

「えっ、そうか?」

「……あんなんより私があげた鎖の方がずっとずっと役に立ってるだろ……」

「うーん……実際効果があるのはたしかにそうだな」

「……ふん、だろ。もっと褒めてもいいぞ……」


うすい胸をそらしてまさしくふんぞり返る鎖の少女。

相変わらずこいつは読めんな。


まあユーミルのいうとおり、2年とすこし前に彼女がくれた古びたアミュレットは、特に魔法や魔術はかかっていない純粋な「お守り」である。

みけとユーミルに『鑑定』してもらったし、俺も万が一にと『精霊視』で視てみたがなんら不思議なチカラはない。


ザリードゥも「よくできたお守りだ。大事にしろよ」としか言わなかったし。


気付くとレーテはお祈りを終えており、ようやく話がすすめられる。


「お守りと……できればあのときの『聖水』もあるとよいのですが」

「ああ、それもあるよ」

「……よかった。神よ……」


またもや天にマシマシし始めたので、急いで彼女の手を取る。


「――えっ、……と師匠さん?」

「大事な聖水だからずっととっておいたんだ。思い出にもなるしな」

「……そんな……お恥ずかしいです」


教会の聖女らしく、初心うぶな反応で顔を赤らめるレーテ。


よし。

強引に乗り切ったぞ。

しかし背後からはいくつかの視線が突き刺さっている。


「師匠、ふーーん……ずいぶん大事に大事にしてたんですね」

「……ケッ、教会女のくせに……」


「私がいない旅のあいだにそんなことが。ふんふん、師匠さんは手が広いですね」


イリムとユーミルの刺すような視線と、みけの好気の視線をビシバシ感じるが、ここは戦術的行動ですみやかに話をすすめたい。



「そういえば、マルス君や他の聖堂騎士パラディンはニコラスとの会話を……、」

「聞いていません。話の初めに嫌な予感がして、すぐに『静謐サイレンス』で音を抑えました」

「お……おう。ありがとう、助かった」

「いえ、礼には及びません」


はっしと手を取る聖女さま。

彼女は俺と年が近く、イリムと違って大人の手である。突然握られるといつもと違う感触に若干……と。

またもや背中にビシバシ無言の抗議が。


そうね、それよりとっさの彼女の判断に感謝しよう。

レーテが納得しても、部屋の隅っこで遠巻きに見ている彼らも同じだとは限らない。


それから、教会の上層部からの噂を払拭ふっしょくする彼女のアイディアを聞いた。

俺やカシスなど元現代人のニホン人からすると「そんな上手くいくのか」と言いたくなる案だったが、こちらの世界の常識やザリードゥの反応をみるに悪くない手のようだ。


なので、とりあえず教会と依頼関連は保留。

次はこの遺跡【底なしの立方体クラインキューブ】のある意味報酬、ある意味ダンジョンコアである『白い賢者の石』だ。


------------


「改めて視て、素晴らしい。ニコラスさん風に言うなら素晴らしいエクセレントです」


みけが、この部屋の中央に浮かぶ石を眺めながらそうつぶやく。

ユーミルも、強い興味とともに同じものを視ている。


そしてみけはまっすぐその石へと手を差し出すが、ややあって「お姉ちゃん。『霊動ポルターガイスト』ではアレは危ないです」と。


「……そうだな。あんなもん、憑いたはしから霊が葬られちまうか、蒸発しちまう……師匠、『火弾』かなにかでこっちに弾いてくれ」

「ええっと、わかった」


ずいぶん粗いなと思ったが、ニコラスから『賢者の石』を奪ったときのことを思えばだいぶソフトタッチだ。

刹那せつな想起イメージした『火槍』で、ちょんと石を弾き飛ばす。

それをみけが軽くジャンプして受け取る。


「……これが、『アルベド』の段階の『賢者の石』……」


みけは白い石を手に取り、恍惚こうこつの表情を浮かべる。

ほほを赤らめ、恋する乙女な顔に見えなくもない。

まあロリコンホイホイだな。

眺めているのは魔法の石っころだが。


「あるペドって?」

「……アルベドです。賢者の石の生成における三段階ですね」


みけの解説によると『賢者の石』の生成作業においてまずはニグレドを得て、そこからさらになんやかんやするとアルベドになり、そこからさらにさらにもの凄く頑張るとルベド

……『賢者の石』が得られるのだと。


「つまり黒がCで、白がBで、赤がSクラスの賢者の石だと……」

「その例えはよくわかりませんが、黒と白にははるかな差がありますし、白と赤にもはるかな差があります。アイテムとしても、創造あるいは想像難度としても」


「みけは……というかフラメル家は石を盗まれたあとどこまで行ってるんだ?」

「……黒まではいった記録がありますが、それも難解な暗号、象徴によって私ではまだまだ読み解けません」


自分の子孫に残す記録のくせに、わざわざ暗号で残すんかい。

いざ解いてみよ孫たちよってか。

どこぞのゴールドスミスみたいな連中だ。

フラメル邸でいつか殺人事件が起こるんじゃなかろうか。


と、ユーミルがみけの頭を撫でつつ話を続ける。


「……錬金術のことは私にはわからねーけど、ソレが凄い魔力を持ってるのは間違いない。破格だ」

「ふむ」

「……ルベドの石とどれだけちげーのかわかんないけど、私にはほぼ無限の魔力炉に見える」


その解説と、みけの頭を撫でることに関連性は……まあいい。

俺も対抗してイリムの頭を撫でておこう。


「師匠、私達も魔力が視えるといいですね……」

「あっ、そういや俺『魔力感知センスマジック』の片眼鏡モノクル持ってるわ」

「なんと! 私にも視せてください!」


イリムとひとつしかない片眼鏡で『白い賢者の石』を視る。

ひとつしかないので、自然彼女と顔を寄せ合いへし合いわちゃわちゃしつつだが。


――しかし、その『石』を、未完成で本物にはほど遠いとみけが断じたモノをしっかり『視た』とたん、胃のをぎゅっと掴まれた感覚に陥った。


「……うっ」

「師匠も、ですか」


イリムも若干顔色が悪い。

そんな彼女を心配してこちらに来たカシスにも片眼鏡モノクルを手渡す。

覗き込んで『石』を視た彼女も、やはりどこか気分が悪そうだ。


ザリードゥは……俺が視線をむけると無言で首を横に振った。

関わりたくない、という明確な意思表示。


「……なあ、みけやユーミルはなんともないのか?」

「師匠さん?」

「……ああ、そうだな……」


「…………。」


無言で黙った俺をみて、彼女らはようやく気が付いたのだろう。

いつもソレに触れている者と、そうではない者の差異ちがいに。


「……魔力ってのはな、魔のチカラなんだよ。どんなに便利でどんなに術式のカタチに加工できようとも」

「そうです。ヒトをよごすこともけがすことも、もちろん呪うことも壊すことも。本来はそんなチカラなんです」


そう。

今までの『魔力感知』でも、例えばあの『転移門』に嵌め込まれた金色の球体などからは「恐いな」という思いがまず浮かんだ。


膨大なチカラの渦。

濁流に呑み込まれるような。


しかし、この白い石からはそれとは逆の恐怖を感じた。

ただひたすらに深い穴が、ぽっかりと口を開けている。

それでいてその穴の色はあくまで白、無色の清浄。永遠にしろいモノが、えいえんに続いている。


えいえんに、えいえんに、えいえんに。

しろいモノと見つめ合い、えいえんに。


「ううう」


あの一瞬視えたモノを思い出すだけで吐き気がする。

5分も覗き込んでいたら、間違いなく気が狂う。


例外はそう。

幼少期から魔力と触れあい親しみあい、一日足りとも欠かさず視てきて者だけだろう。


みけとユーミルは、いまだ姉妹のようにじゃれ合いながら『石』についてアレが凄いココが凄いと無邪気に会話を続けている。

その目はなんら石を恐れておらず、その顔にはむしろ好奇心のみ。


これが常日頃、その目で魔力を捉え、その口で魔力をべる者の違いである。

シルシ持つ一族にのみ許された特権である。



------------------------



次は魔法職スペルユーザー全般の解説回を挟んでから、次章に移ります。

解説回は不要という方もいるでしょうから、(金)(土)と連投の予定です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る