第199話 「往きて帰りてまた往きて」

10秒ほどだろうか。


砂嵐に放り込まれたような、ザリザリごうごうという音だけが満ちる。

後ろから強くつよく腰を抱いたみけの気配が感じられたおかげで恐怖はなかったが、目を開けようと思っても開けられなかったのには少々驚いた。


まるで、今ソレを行う権利がないかのように。

まるで、此処ここを観測してはいけないかのように。


そうして、ほんの少しの立ちくらみの後いっきにあたりが明るくなる。


ゆっくり目を開けると、そこには仲間たちの姿。

どうやらこちらの世界、そして【底なしの立方体クラインキューブ】に戻ってこれたようだ。


「――師匠ぉぉぉおおお!!!」

「ぐふっ!!!」


ラグビーのタックルがごとくイリムが腹部に直撃、ついで腰にダイレクトダメージ。

例によって例のごとくこの手の攻撃にはミスリルの鎖帷子くさりかたびらは効果を発揮しない。


「腰が……腰がブレイクした……」

「師匠……生きててよかった……帰って来てくれてよかった……」


涙がちょちょ切れそうなほどの痛みを我慢しつつイリムを見ると、彼女はぐしぐしと泣いていた。

これは……怒るに怒れない。


「いや、とっさの手としてはいいかなと思ったんだが……ごめんな」

「……もう、本当に師匠は……しょうがないですね……」


ニコラスの『転移』を阻止せんと、黒杖を逆に構えの大噴射からの特攻攻撃。

結果的にはうまくいったとはいえ、ほとんど博打だった。

まあ、アレをやってなければみけは誘拐されていただろうし……、


…………?


なんか、イリム以外にも誰か、そしてなにか温かいモノが……。

気が付くと横からカシスにぎゅっと抱きとめられていた。

顔と顔が近いからわかる。

彼女の目から涙があふれているのが。


「――えっ?」

「…‥心配……したんだから、この馬鹿」

「あっ、ああ……すまなかった」

「……もう」


それでも回した腕をとかないカシスと、ぐしぐりと泣くイリムにホールドされ身動きがとれない。

ええっと……どういう事態でしょうこれは。

『異世界転移』のさいに違う世界線に移ったとかじゃないよね?


「師匠さん、両手に花ですね」


俺と同じく、ユーミルに抱きしめられ身動きのとれないみけがそう茶化す。

さすさすと姉の頭を撫でるみけの姿は、逆に彼女がお姉さんのようだった。


------------


だいぶしばらくしてからカシスは、「あまり無茶しないでよ」と告げ体を離した。

「えっ、ああ……」と情けなく答える。


うーん、さっきのはなんだろうか。

クールに、KOOLクールになってみよう。


そうして10秒ほど考えたすえに答えに行きついた。


俺はカシスを【あちらの世界】に帰すと約束した。

その俺が居なくなっては、彼女の願いは叶わない。


そりゃおおいに心配するだろう。

みけだって誘拐されたのだし。


「うん、ヨシ!」


なにがヨシなのかはわからないが、とりあえずこの件は解決だ。

なんだかわいいところあるじゃーん、とか調子こいたが最後、彼女に背後から致命の一撃バックスタブをかまされるに決まっている。


「ヨォ師匠、よく帰ってきたな」

「ザリードゥ、ああ。やることがたくさんあるからな」

「ヤることもたくさんあるしなァ」

「……まったく、」


イリムはいまだホールド中で、しょうがないのでそのまま彼女を抱えなおしてからトカゲと固く握手を交わす。

言葉はふざけていたが、彼の眼は真剣だった。

「よくやった」と告げていた。


「……あの、よろしいでしょうか」

「……ああ」


そうして、仲間との感動の再開に区切りがついたと判断したのか、この依頼の救出対象たるレーテがこちらへ話をむける。


そう。

これから大事な話をしなければならない。

恐らくは、ニコラスと俺たちの会話を聞いていたであろう【奇跡の聖女】、つまりは教会の人間と……。


------------


レーテは、生き残った聖騎士パラディンのふたりとマルス君を壁の端っこまで下がらせる。

……人払い、というやつか。


「さきの異人まれびと……ニコラ・フラメルとの会話を聞く限り、あなたもまれびとなんですか?」

「――ああ」


いきなりの直球、いきなりの本題にこちらも素直に答える。

先のやり取りを直接見られたのだ。

ここではぐらかすほうが悪手だろう。


「……そう、ですか」

「……。」


重々しく、ゆっくりと目を伏せるレーテ。

彼女の表情は暗い。


……ダメか。

いくら2年前に弟を助けたとはいえ、それとこれとは話が別か。

となるとこちらも別の手、もしくは対処を考えなければならないが……、


「あのっ、みなさんも知っているんですよね? それはいつからですか」


と俺の後ろの仲間たちに声をかけてきた。

すぐさま強い口調で答えるイリム。


「私は一番最初に、師匠と森を出てからすぐにです! かれこれ3年近いですね」


「私は……私もそのすぐ後ぐらいに」


とカシス。

しかしそれはマズイ選択だったようだ。


「あなたもさきのやり取りと聞くに師匠さんと同じ立場ですよね?」

「……さあどうかしら」


「私になまなかな嘘は通用しません。できるだけ、真実のみを」

「……。」


なんだか剣呑けんのんな様子のレーテ。

見ると、彼女の目はほんのりと白い光輝こうきたたえている。

すべてを見透かすような、それでいてすべてを愛するような。


「ありゃ『裁判ジャッジメント』の奇跡だ」

「えっ?」

「この場は嘘が通じねえ『神明裁判』ってことサ。『大治癒グレーターヒール』といい『城壁グレーターウォール』といい『聖餐エウカレスト』といい、聖女サマはカミサマに好かれてやがる」

「えーと、もうちょい詳しく頼む」

「アレは、カミサマのまなこをお借りして、嘘かホントか確かめることができるっーつうシロモノだ。ホントか嘘か知らねえがな」

「……マジか」


原理は謎として、奇跡ミラクルな嘘発見器ってことか。

なにそれチートじゃない?


そのチート聖女は、重ねてカシスに問う。


「あなたも、まれびとですね」

「……ええ、そうよ」


カシスはしぶしぶ答える。

まるでというかそのまんまだが、嘘発見器にかけられた容疑者のような態度だ。


「他の皆さんは?」

「……私は最初からだよ……」


そこからは包み隠さず、順番に。


ユーミルは俺が王都に来てすぐ、異端狩りに追われる彼女と出会って『死法の魔眼』で看破かんぱされた。


ザリードゥは、黒森防衛戦のあとでこちらから打ち明けて。


みけは、彼女を死霊術の館から救出したあとで。


それから、

それから。


そこからの旅路も、ここまでの旅路も。

細かいところは端折ったが、おおむね俺たちの物語を彼女に答えた。


そうしてそう、奇跡の聖女さまはあっさりと口にした。


「あなた達を信じましょう」と。

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