第198話 「栄光あれ、勝利あれ、幸先あれ」

※長めです。

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負けを認めたニコラスはしかし、すぐさま『賢者の石』の返却を要求した。


「……やっぱブラフかよ」

「いやいや、考えてもみてくれ。私は自前のシルシは中級、ゆえに術理として『異世界転移』をってはいても、魔力としてはまったく足りない。ゆえに術式は崩壊する」

「……まあ、そうか」


「それにだね、なによりキミに奪われた右手が痛くてしょうがない。ソコだけささっとなんとかしたい」

「なんとかって……」


「なるほど」


みけが探偵のようにあごに手を当てたポーズでひとりうなずく。


「師匠さん。『賢者の石』が完全物質であることはご存知ですよね?」

「……ああ、完全だから絶対壊れないんだろ」


だから先の無茶な攻撃に出れたのだ。

もしガラス細工程度の脆さなら、あの手段をとった時点で俺たちは帰る手段を失う。


「それは理解の一部です。完全たる賢者の石は、その完全性を与えることもできるのです」

「……ああ、黄金にしたりするやつか」

「ふむふむ、我が残した蔵書の初級程度は読み込んでいるようだな」


「話の腰を折らないで頂けますか、ニコラスさん? それだけ治療が後回しになりますよ」


みけはご先祖様を睨みつけた!


「おおっ、なんともすえ恐ろしい娘だ」


こうかはばつぐんだ!


「……はあ、まあいいでしょう。師匠さん、全力で警戒しつつ、ニコラスさんの右手、千切れたところに『賢者の石』を当ててください。コツン、でいいですよ」

「……わかった」


俯瞰フォーサイト』を密にし、どんなそぶりも……それこそ鼓動や呼吸の乱れすら検知できる状態で彼に近づく。

そうして、言われたとおりに石を、彼の生々しい傷口に押し当てる。


「助かる」とニコラス。

「いや、でもこれで一体……えっ!?」


気付けば、見る見る傷口は失われ、あっという間に腕が生えていた。

再生という言葉すら生ぬるい、それこそ、怪我した事実が否定されたかのように……。


「それが、最も崇高な現能チカラのひとつです。あらゆる不完全を完全に導く。劣化や衰えを否定する。肉体はえ、そして不老不死へ。金属なら頂点たる黄金へ」


「知ってはいたけど、こんなカンタンなのな」

「ええ、持ってるだけでも効果ありですよ」

「つまり今の俺は不老不死なのか……うぉおお凄えなマジカルパワー」


魔道具アーティファクト『賢者の石』のスペック。


・物質化した第五元素エーテルとして、無限の魔力を引き出せ、無限に架空要素エーテルを操れ、さらには完全という概念そのものを与えることができる。


「超チートアイテムじゃねえか」

「だから、錬金術師の最終目的足り得るんです」


「私はもう、到達しちゃったけどね」とつぶやくニコラスにすかさず「師匠さんに負けちゃいましたけどね」とツッコむみけ。


うーん、この幼女容赦ねーな。

しかしそんな跡継ぎに対して彼は寛容かんようだった。


「そう」


フッ、とニコラスがため息をつく。


「その石が、偉大すぎたゆえにさ」

「……ふむ」


「石のチカラに頼り切り、攻めも守りも一辺倒。とっさにれるのは『WOK』に『WAL』に『衝撃ZAP』のみだ」

「……それでも破格の実力だと思うが……」


「それになによりまさか『属性変換コンバート』が効かないとはな。コレはまさしく私の勉強不足だ。新たなる考察、そして研究が示されたのはまさに収穫だ」

「そうか、途中から変換をしてこないと思ったら……」


「できなかった、が正しいね」


なぜか彼は嬉しそうにそう応え、すぐさまマシンガンのように仮説を並べ立てたが、俺には話のごく一部しかわからなかった。


古い精霊、つまり上位の精霊は物質としての組成が違うのではないか。成り立ちが違うのではないか。

はたまた、古代の精霊と比べてこちらの存在濃度レベルが低く、干渉権限がないのではないか。


……俺がなんとなく理解できたのはここまでだ。


みけはふんふんうなずいていたので、彼女はさきのマシンガントークが理解できているのだろう。

もうすこしひとつひとつ、ゆっくり説明されればまだ俺だって付いていけるが……天才様は頭の回転がお速いようだ。


それからニコラスはみけにいくつか錬金術師として教えを与えた。

賢者の石に関すること、ゴーレムについてその他いろいろと。

もちろん、答えそのものを教えたわけではなく、あくまで道筋、考え方の方向性ヒントなどだ。


ニコラスは逆に、みけが習得している死霊術にとても興味がありそうだった。


「ふーむ……こちらの世界ではかの術はとても希少レアだからな。術師どもも秘密主義の塊であるし」

「私達の世界以上に?」

「ふむ、対外的にはあくまで口寄せやイタコ程度のことしかできん、占いぐらいしかできんなどとうそぶいて、何一つ漏らそうとせん」

「……それは徹底してますね」


「しかしみけクンの話によると、なるほどなるほど。ゴーレムに真の生命を移植したり、ホムンクルスを別ルートで鋳造ちゅうぞうしたりと夢が広がるな!」

「……まあ、できなくはないでしょうが」


おおっ、みけが珍しく引いてる。

俺もそれはどうなんだとドン引いていたので、近い感性で嬉しい。

というか、そこまで非人道的な研究に手を出すのなら、この少女の後見人としてストップをかけるぞ。


「そうそう、ナナシの師匠クン。キミの名前についてだが知っていることを話そう」

「えっ」


とつぜん話題がこちらに振られ、すこし驚く。

思わず『俯瞰フォーサイト』の密度を落とすところだったが、さすがにもうそんなヘマはしない。


「……ふう、そこまで甘くはないか」

「なんだ?」


「いやいや。そうだな……名前はそのモノの存在の核だ。古い魔法使いにとっては契約や支配のかなめであるし、存在濃度のいくらかは名前にも依存する」

「ふーむ?」


「そして、キミはあちらの世界にばれたさい、恐らく違うプレーンに名前を置いてきたのだよ」

「違う……プレーン?」


「【ナナシ】は理論上、ごくごくたまに発生し得るが、そのほとんどは【元いた自分の世界】にだ。だがキミはこうして産まれた世界に戻ってきたというのにいまだジョン・ドゥのまま。つまり、こちらでもあちらでもなく、いまだ別のプレーンに名前を置いてきたままなのだろう」

「……。」


「そして私が予想し得るに、候補として可能性が高いのはずばり【精霊界】だろう。妖精や精霊の産まれ故郷であり、あらゆる精霊はあの界からの贈り物ギフトだ」

「……つまり、俺が精霊術に適正があるのも?」


「適正? ソレがただの適正だと……? ――ハッ」


ニコラスは初めて、あの戦いのときでさえ見せなかった殺意をこちらへ漏らした。

俯瞰フォーサイト』で警戒していなければ、気付かないほどわずかに……。


「そうだな、大いにあるだろう。存在の核、契約の基盤おおもとがソコにあるのだから。そこまでのイレギュラー……魔女とキミぐらいのものじゃないかね?」

「…………。」


なんとなく、氷の魔女と俺には類似点があるとは思っていた。

ともにまれびとで、ともに精霊術師で、ともに竜からチカラを授けられ……。


「私の予想も、同じです」


みけもまっすぐに俺の瞳を見つめながら言う。

「でも、師匠さんは師匠さんです。それは変わりません」とも。


「そこでだ、提案しよう。あちらの世界に送るさい、わざと【精霊界】を経由させてもいい。そうすればキミは名前を思い出せるが」

「……いや、いいや」


不思議なぐらいすんなりと、その言葉は出ていた。

本当に、まったく、興味がない。


「そうかね?」

「俺は俺だし、もう向こうの住人なんだ。だからいい」

「……師匠さん」


「ま、キミがいいならよかろう」


一瞬、ほかのまれびとの『帰還』にニコラスを使えないかと思ったが、こいつは別に味方じゃないうえ、四六時中監視できる自信もない。


特に、『転移』直後の『召喚酔い』とでも呼ぶべきあの現象は隙だらけだ。

ニコラスは教会の聖堂騎士たちの目の前に飛んで、すぐさま戦闘を行えたことを考えるとこちらがだいぶ分が悪い。


……と思っていたらみけがナイスな質問を飛ばしてくれた。


「ニコラスさん。大事な後継者がピンチのときは助けに来てくれたりとかは……?」

「それは不可能だ。『ゆきて帰りての法則』に反する」


「……あっ、たしかに」

「みけ、それはなに?」

「今は……そうですね。後で詳しく話しますが、彼はあと2年は私達の世界に来れないはずです」

「ふうん」


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そうして、いよいよあちらの世界へ帰る時が来た。

ちなみに『異世界転移』の術式はみけでもまだまだ難しいらしく、これもほんの入り口のあたりだけ教わっていた。


「座標指定はやはり思念、想いのチカラなんですね」

「時間や空間、特に引き寄せにはソレが一番適している。古臭い魔法だがまあ、たまには役に立つ」


たしか、『帰還』も座標指定は術者が故郷と想う場所……だったか。

今回の転移ではみけが担当してくれる。


「じゃあ、そろそろ石を返してくれないかね。ソレがないと私は凡百の魔術師なんでね」

「……ほらよ」


超が5つは付くほど警戒しつつ、ニコラスへ賢者の石を渡す。

彼はソレを受け取ると、静かに笑みを浮かべた。


「……コレは、困ったね」

「なんだ?」

「いやさ、あそこまでキミたちと打ち解けながらも、実は今の今まで反撃の機会をうかがっていた」

「ええっ……ひどいな」

「またまた。それでね、いくつもいくつもシミュレートして、ふむ……300は計算してみたかな」

「本当に、頭脳だけはすごいですねご先祖様は」


「師匠クン、みけクンはどうも天才らしく、天才の悪い面が出つつある。そこの教育、頼んだよ」

「はあ、まあそうですね。俺も常々思ってます」

「……えっ、師匠さんひどい」


「でだね、まあ……どうも勝率はゼロのようだ。今の私にキミを打倒しうる実力はない」

「……そうなのか?」

「そうだよ」


ニコリと、整った顎ひげを撫でながらニコラスは笑った。

そこにはどこかまぶしい、そして悔しがるような気配があった。


「……なるほど、キミなら到達しうるかもな。あの魔女に」

「えっ」


「逃げた私とは比べ物にならない。どうか、娘を、家を、そして世界を頼んだよ」

「あっ、ああ」

「はい、任されましたよ!」


ぐいっと後ろからみけが飛びついてくる。

そんな後継者……いや【娘】を見るフラメルの目に、父性を感じたのは錯覚だろうか。


「……では、さらばだ!

 若者に栄光あれグローリー勝利あれグローリー幸先あれグローリー!!

 ――『繋ぎ』『満ちて』『閉ざせ』!!!


 ここに、『異世界転移』を完了する!!!」



そうして、俺とみけは、この世界から消失した。


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本作のスピンオフである「かつて最強の最弱死神、ひとりの少女を死の宿命から守るため、かつての同胞達に叛逆します」がファミ通文庫大賞にて中間選考突破しました!(∩´∀`)∩ワーイ


ユーミルの姉であるリディアとお連れの死神が主人公で、本編の登場人物もちらほら出演しています。ご興味あればぜひ。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894590934

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