第196話 「木花咲耶」

黒杖をニコラスへと突きつけ、そのまま視界をさらに拡大する。

ここは幸い、広い平野にそびえる独立峰どくりつほうゆえか風がとても強く、質もいい。

人工ではなく自然の風だ。


そして、足元の大地の下の下の下……はるか深くにはこれまた強力な火精の気配がある。

数も、質も、一流といっていい。


「……なぜ、まだ精霊術が使える……!? そうか、この霊峰れいほうそして北の樹海ゆえ……」

「察しがいいな」


そしてやはり、ここはあの山か。

世界遺産にも登録され、日本一高いあの山だ。


であるなら、俺の記憶が正しければここは死火山ではなく、生きている炎の力をはらんだ活火山だ。

300年前には炎を吹き出し、甚大じんだいな被害をもたらした強大な山だ。


「――チカラを借りるぞ、女神様」


おぼろげな知識だが、この山の神はたしか女性だった。

いちおう断りをいれておく。


「……キミ、なにをしている……?」


ニコラスの問いを無視し、大地の底の底、深い場所に働きかける。

ソコに溜まる、膨大な熱量と古代の火精にむけて。


――俺に手を貸せ……と。


直後、山が地震のように揺れだし、山肌の小石や砂がじゃりじゃりと打ち合う音がそこかしこから。


「おおっと!」

「――きゃっ!!」


立っていられないほどではないが、フラメルが思わずバランスを崩し、みけを手放す。

俺は両足と、黒杖でしっかと大地を踏みしめる。


「むう!? ……なるほどなるほど、キミはそんなこともできるのか!」


こちらは目の前の男からの攻撃に備え、高密度の『俯瞰フォーサイト』を敷き詰めているのだが、なぜか相手に動きはない。

へらへらと、笑みさえ浮かべながらこちらの、そして山の様子を眺めている。


その隙にみけはこちらへ戻ってこれたが、それさえ邪魔する素振りを見せなかった。


「攻めてこないのか」

「ああ、キミがやろうとしていることが見たいし、そのうえでの実験バトルにも興味いみがわいた」

「……。」


ブラフかもしれないが、まあいい。

みけもじっ、とご先祖様を睨みつけ、いつ不意打ちがこようともキャンセルできる。

今は、作業に集中だ。


「――ふう、よし」


山の底から徐々に除々に、圧倒的な火のチカラがせり上がってくる。

時おり、こちらの正面……ニコラスのはるか後方に見える山の中腹から、黒々とした煙が吹き出している。


そう。

あくまでチカラを借りられるギリギリまで引っ張ってくるのが目的だ。

山に、そしてこの世界に被害をもたらすのはダメだ。


静かに、正確に、間違いなく。

太古のマグマをみ上げる!



そうして、そうして。


……ボン……という重い音と、同時に夜空に赤が差した。

さきほどから黒煙を吐いていたあたりから、赤い火花が吹き出した。スケールの大きい線香花火のようだ。


「――おおっ、ヤバイヤバイ……!!」


急いで『耐火』の要領で火を鎮める、山を鎮める。

噴火はなんとか一回でおさまったようだ。


だが、この山との経路パスが繋がったのがしっかりと感じられる。

今や、この山がたたえるすべての火力と、精霊力チカラを行使できる。


「……準備はできたぞ、錬金術師」

「……素晴らしきエクセレントだね、精霊術師」



そのやり取りを皮切りに、本当の戦いが始まった。

たがいに全力、たがいに本気で術をぶつけ合う。


さきの『火弾バレット』『火葬インシネレイト』『火槍』の猛攻を、倍の密度で疾走はしらせる。


熱杭ヒートパイル』は使えない。

アレは威力が高すぎる。

今使える精霊力を注ぎ込んだ場合、山の景観すら変えてしまう一撃になるだろう。

相手を殺さず制する、というのは炎の使い手である俺にとって重い縛りだ。


……だが、どうもニコラスの様子がおかしい。

さきほどまで余裕の表情で繰り出していた『属性変換コンバート』を一度も行使していない。


「――ほうほう! 読み通り予測通り計算通りだ!」


なぜか引きつった笑い声をあげながら、変換ではなく『魔法の盾WOK』を重ねて『魔法の壁WAL』で攻撃を防いでいる。

もちろん、燃料にモノをいわせてデタラメに多重展開しているさまは凄まじいのだが……。


「――ハッ!」

「……っと、」


守りの合間合間に、こちらへ鋭く放ってくる『衝撃ZAP』は強烈で、手を抜いているようには見えない。

こちらの備える高レベルの『防護』をしてすら、直撃すれば胴が輪切りになるだろう。


……空間をカーブさせる『歪曲』の前では、その威力に意味などないが。


さらにさらに、闇夜を切り裂く赤い線で何百何千と攻め立てる。

それがすべて、見えない壁にぶち当たりバチバチと爆ぜ、辺りを真昼のように照らし上げる。


まるでここだけ、製鉄所か溶鉱炉のようなありさまだ。


そして、その猛攻をしてすら彼は余裕たっぷりにこちらへ杖を向けてくる。


「斬撃は効果ないようだね。なら、コレはどうかな!」

「――?」


俯瞰フォーサイト』で視るに、杖からはなんの衝撃も発生していない。

フェイントか?……と思ったのもつかの間、俺の周囲の空間に違和感が。

直感に従い、急いで『爆ステップ』と『火葬』を併用へいようしその場から飛び退く。

もちろんみけを抱えつつ。


――直後、さきほどまで立っていたあたりの地面が、バキリと音を立てて20センチほど沈み込んでいる。


「ふむふむ、『潰し』にも対処できると。キミはどうも空間把握が……」

「おい」


「なにかね」

「今の攻撃、みけも巻き込まれるところだったぞ」

「……師匠さん」


「ああ、悪い悪い。なんだか楽しくなってきて、ついね」

「……大事な後継者なんだろ?」


「ふむ。キミなら対処できるんじゃないかという信頼が、私の手元と思考と判断を鈍らせたのかな。以後、気をつけるよ」

「…………。」


「うん、本当に気をつける。さあそれより実験バトルを続けようじゃないか!」


その言葉通り、彼は『衝撃ZAP』を多種多様さまざまな方法で放ってきた。


ただの吹き飛ばしプッシュから、斬撃、刺突、叩き潰し。

殴りつけるようなサイズから、巨大な、巨大すぎる太刀のようなものまで。


――特に太刀は凄まじかった。


避けたあとの地面にまっすぐ、視界のはてまで深いみぞが刻まれた。

コレが真横に振るわれれば、ただの一撃で街が崩壊するだろう。


「……師匠さん、あまり長引くと……」

「ああ、ありがとう」

「?」

「【まれびとの世界】の心配をしてくれたんだろ」

「はい、このままだと……」


現に、ここから東。


『俯瞰』で捉えられるギリギリのあたりに駐車場があるのだが、さきの大太刀で車がいくつも両断されている。

こちらは殺さないよう術を選んでいるのだが、あちらにそのつもりはないようだ。

それどころか、まわりがどうなろうと気にする様子もない。

このままでは、無関係の人間を巻き込むのも時間の問題だろう。


「――よし、決まった」

「えっ?」


であるなら、取るべき手段は明白だ。


「次で、一撃で決める」


俺の持つ、最大最速最強の技で片を付ける。

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