第195話 「『異世界転移』」

かたや、精霊も魔力もふだんの十分の一以下。

かたや、無限の魔力と無限の『属性変換コンバート』。


戦いは、当然の帰結をむかえた。


俺の操る炎は……風と、水と、土くれへと姿を変え、あの男には届かなかった。

みけの魔術も……その圧倒的なMP差でことごとく防がれた。


魔術の腕自体は、やはりそこまで差があるようには見えない。

むしろ、守りを構成する術式の質、強度はみけやユーミルのほうが上だろう。

一度に引き出している魔力もそこまで大きくない。


――しかし、その燃料は無限なのだ。



「……ぐふっ……」


そうして、お互いの立ち位置は当初と同じものとなった。


ニコラスは気絶したみけを羽交い締めにし、俺は地面を転がされている。

致命傷はひとつもないが、戦う手段もひとつも残ってはいない。


「まあ、相性問題だね」

「……。」


「キミはいわば、属性専門の魔法職スペルユーザー。MPは破格、構成した術式も破格。でもこちらはソレをぜんぶ無視して『属性変換キャンセル』できる」

「…………。」


「錬金術師はね、ある意味キミたち精霊術師よりも四大属性に通じているのさ。学究ととらえているゆえ」

「………………。」


「まあ……あちらの世界でなら、まだ勝負になっただろう。キミほどの使い手なら、恐らく」

「……それは……どういう……?」


「しかし、キミの実力と希少性レアリティと目的はわかった。あのゴーレムだけでは万が一だったが、キミがいるなら千が一ぐらいにはなる。

 いいだろう、あちらの世界に送ってあげよう。ああ、キミ流には帰してになるのかな」

「……みけを、みけは……?」


「この子は駄目だ。あんな危険な世界にフラメルの、つまりは私の娘を置いてはおけない。これは真に親心だよ」

「……いや、違う……オマエなんか……」


「ふう」


ニコラスは、この『賢者の石』をつくりし至高の錬金術師は、心底わざとらしくため息をいた。


「悪いがキミの言葉に興味いみはないよ。それではさようなら、ご機嫌よう」


ニコラスは、この『異世界転移』を可能とする魔術師は、いとも容易たやすくその術式を編み上げる。


俺の周囲の空間がぞわりと蠢動しゅんどうし、震え、耳鳴りのような高音が、ついでザリザリとした重低音が。


この音は聞いたことがある。

本当の最初の最初、『スタート地点』が始まるその前に。


冷凍の唐揚げやコンビニの惣菜そうざいにビールで飯を済ませ、風呂入って寝たあの時に。


つまりは、いますぐにでも『転移』が始まるわけだ。

俺は元の世界……仲間、そしてイリムの待つ世界に帰れるわけだ。

俺だけ無様に、みけを残して。


仲間にどう説明いいわけしよう。

相手は伝説級の相手、ニコラス・フラメルだった。

『賢者の石』なんて神レベルのアーティファクトが相手だった。


だからまあ、しょうがないだろ?

だからまあ、俺を責めるなよ?

だからまあ、気を取り直して北との戦いに集中しようぜ!


「――ハッ……」


そんなことを、仲間にほざくなら死んだほうがマシだ。

そんなことを、みけに強いるなら死んだほうがマシだ。


それなら、俺がやるべきことは明白だ。


転移を止めて、みけを助けて、ニコラスをぶっ倒す。

たったそれだけやればいい。

たったそれだけ成せばいい。


それをするだけの実力を、本当の俺は持っているのだから。


------------


……まずはそう、このフタだ。

俺の体のうちうち、深いトコロに重しがある。

俺の全力を妨げる、チカラの安全装置セーフティたる封印紋。


我が師、アスタルテは言っていた。

古い精霊の扱いは慎重でなければならない。

好き勝手にこの強大無比なチカラを振るってはいけない。


ゆえにもんの解除には彼女の承認しょうにんがいる。

敵が四方クラスの時のみ、それを解除すると。


……だが、今この世界に彼女はいない。

いくら【四方】のアスタルテとはいえ、違う世界に干渉できるとは思えない。


だから、この……邪魔な重しはおのれで解除しなければならない。


「…………。」


自身の体を、すみずみまで把握する。

始めのころにやったことだ……そう。


大樹海の、ケモノ村。

自警団の初日、初めての見回りで人さらいの襲撃。

そうして目の前で人質の少女は殺され、俺は腹を刺され、蹴り落とされ。

【竜骨】に出会い、精霊術を授けられ、傷口を焼き、体にゆっくりゆっくり熱をめぐらせて……。


あの時行使した『宿温』の要領で、体のうちを丁寧に探った。


――そうして、明らかな違和感、重しを見つけた。

――そうして、ソレをためらいなくへし折った。

――そうして、世界はいっきに拡張された。



◇◇◇



『異世界転移』


一流の錬金術師、そして魔術師たるニコラス・フラメルをして、この術式はなお最高難度を誇る。

界と界に穴を繋げ、満たし、閉じることで世界渡りプレインズウォークを成し遂げる。


もともと所有するシルシ凡百ぼんびゃくで、それゆえ『賢者の石』にすがる自身の在り方をニコラスはまったく恥じなかった。

扱える魔力が少ない、結構なことだ。

術式の強度が足りない、結構なことだ。


それらすべては、偉大な石で克服できるのだから。


そうして、彼は目の前の精霊術師を『送る』……いや『帰す』術式を完了させた。

すでに彼のまわりの空間と、こちらの空間はまさしく異なる世界である。


締めの言葉として、ニコラスは高らかに詠唱ねがいを告げた。



「――『繋ぎ』……『満ちて』……、」


そうして、そうして。

その詠唱のろいを断ち切るように、目の前の男の空間は叛逆はんげきを開始した。


◇◇◇


ふと気が付くと、世界の視え方はまるで違っていた。

より古いつよい自然、古いつよい精霊が手にとるように感じられる。

この、文明の明かりが強すぎる世界においてすらなお、原初の自然は生き残っているのだと。


手始めに、古いつよい風の精霊に働きかけ『歪曲』を疾走はしらせる。

俺を囲うように形成された空間魔法、その境界さかいをズタズタに引き裂いた。


――結果、俺は『異世界転移』を拒否することに成功した。


「……なん……だと」


再度、驚愕に目を見開くニコラス・フラメル。

なん……だと、も今日で2度目で、正直聞き飽きた。


あんたのターンはここで終了だ。

こっからは、こちらの手番だ。


「――じゃあ、全力マックスでいくぜ、錬金術師」

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