第194話 「ナナシ」

「そうか。

 ……では、徹底的に教育してやろうじゃないか。

 至高の錬金術師、ニコラス・フラメルの実力を!」


錬金術師の男、ニコラス・フラメルは高らかに宣戦布告、そして高らかに己の名を告げる。

それに対するこちらの返しがなかったからか、彼はやや不満顔でさらに言葉を続けた。       

               

「……そうだな、久々の魔術戦、すなわち決闘デュエルだ。

 たがいに名乗りを上げようじゃないか?

 キミらの名前は?」


一瞬、背後からの自由射撃フリーファイアで奇襲でもしてやろうかと思ったが、展開した『俯瞰フォーサイト』の密度がまだまだ薄い。

どうも、あちらの世界と精霊の質そのものが違うように感じる。


「私は、……フラメルの娘を継承しました。みけです」

「なんだね、その犬猫みたいな名前は」

「正式にはミリエルという名がありますが、いろいろ理由があるんです」

「ふうむ」


ニコラスは整えられたあごひげを撫でながら、俺をさげすんだ目で見やる。


「なかなか立派な趣味をお持ちのようだ」

「……違う」


「で、そちらの紳士の名前は?」

「師匠だ」


「ふむ、師匠マイスター?」

「『転移』してからこの方、こっちの世界での名前を思い出せなくてな」


「ふむふむ……今もか? 今この時こちらの世界に帰ってきてもなお?」

「……どういう意味だ?」


ニコラスはいっきに興味深そうな顔をする。

そう、なにかとても珍しい研究対象モルモットを見るような……。


「【ナナシ】は理論上発生しうるが、まさか名を置いてきた場所が産まれの世界ではないとはな。『召喚』の際、ごくまれに違う界をまたぐ事があるというが……」

「……?」


「どうりで精霊との親和性が高いわけだ。キミはあれか、氷の魔女と同じ因子を持った数少ないまれびとであり精霊術師というわけだ。これは面白い」

「なんだかごちゃごちゃ訳わかんねーこと言いやがって……」


「……なるほど」


後ろから声。

みけは今の話でなにやら納得できるところがあるらしく「この戦いが終わったら話します」と。


まあそうだな、今は戦闘に集中だ。

それにさっきまでの無駄話も意味なく続けていたわけじゃない。

十分に時間稼ぎはできた。


精霊の把握はあく掌握しょうあく統率とうそつを完了。

俯瞰フォーサイト』の範囲も100メートルまで伸ばすことが出来た。


今いる場所が幸運にも巨大な山……しかも火山であるらしく火精もそこそこに存在し、高度のおかげか自然の風もずいぶん強く、つまりは風精もそこそこに。


もし『飛ばされた』ところが街中や廃工場だった場合、ほとんど致命的に精霊術は扱えなかっただろう。

どうも俺は『スタート地点』の引きガチャに関してはチート並みなようだ。


「みけはどうだ、魔力マナは?」

「……恐ろしいほどに薄いです。この世界ではたぶん、魔物は生きていられないほど……」

「……そうか」


「それに、テディはもちろん他の持ち霊も……」

「大丈夫だ。友達も、俺の相棒も向こうで待ってるはずさ」

「――ええ、はい」


「それで、どこまでいける?」

「ふだんの十分の一、その程度の魔術師だと思って下さい。あくまで支援サポートに徹します」

「わかった」


正面の男を睨む。

それを合図ととったのか、ニコラスが口を開く。


「準備はできたかね?」


いらえには口ではなく、背後からの『火弾バレット』で。

最速最硬の二丁拳銃デュアルウィルドを、ただ一点へむけブン回す。


「――いけるか!?」


だが、俺の攻撃のことごとくは文字通り風となって消えていった。

彼に当たるだいぶ手前で消え去り、後には静かなそよ風が。

それもすぐ、この山に吹く強い風に流されていく。


「口上もなし。そしていきなりの射撃、いきなりの攻撃か。お里が知れるぞ、精霊使い」

「そーかよ!」


さらに背後からの『火弾』、黒杖からの『火葬』、地中からの『火槍』で攻め立てるが、やはりそれらすべてはただの空気となって消えていく。


「キミはお優しいね。というより殺すことができないぶん、ココを狙うしかないのだろうが」


ぽんぽん、と大仰おおぎょうな仕草で右腕を叩くニコラス。


「……チッ」


そう、俺はさきほどから彼の腕を狙って攻撃を繰り出している。


彼自身からは、失礼ながらそれほどの驚異は感じない。

俺には魔術師の才能のかなめたる、シルシを見ることも感じることもできない。


しかし、そう。


今まであの世界でたくさんの戦い、修行を経験してきたからわかる。

彼が、自前で扱える魔力はそう多くない。

とにかく危険なのは彼の持つステッキ、その先端で赤々と輝く『賢者の石』だけなのだと。


ゆえに、彼の腕を落としその手から『賢者の石』を奪うことができれば、この戦いは勝ちである。

なにより殺してしまったら俺もみけも、帰る手段がなくなってしまう。


「師匠さん、マズイです」

「……なんだ」

「『賢者の石』と『属性変換コンバート』の組み合わせ……まさかと思いましたが、恐らく祖はアレを無限に行えます」

「……。」


みけは、ニコラスが時おり、ただの『衝撃波ZAP』をこちらへ放ってくるのをキャンセルで対処していたが、だんだんとジリ貧になってきたようだ。

すでに疲労が色濃い。


「あの石には第五元素、エーテルそのものを操る力がある。物質化した架空要素エーテルこそ『賢者の石』だという説もある」

「……ええと、」


フラメル邸で読んだ錬金術の本に、たしかそんな記述もあったな。

……だとすると……、


「ほう、娘。みけと言ったか、最低限の初等教育は受けているようだな」

「……それはどうも」

「そう、賢いキミの推察すいさつ通りだよ」


ニコラスはステッキをくるくると手品師のように回し、ピタッと足元の大地を指し示した。


……見る間に黒い砂利が大量の水へと姿を変え、小さな泉ができる。

そして泉は一瞬で干上がり、そこから蒸気をともなった上昇気流が。

そして気流は一瞬で燃え盛る炎の火柱へ。


「万物はすべてひとつ。すなわち第一原質プリマ・マテリアでできている。そのひとつを第五元素エーテルが、熱や冷……乾や湿りと分かちがたく結びつけることで万物は生成される」

「……。」


「まれびとでニホン人のキミにならこう言ったほうが早いかな? 一は全、全は一だと」

「……ハッ」


「そして物質化、実在化した架空要素エーテルである『賢者の石』は、あまねく第五元素エーテルを操れる。無限にいつまでも無尽につきることなく夢幻にえいえんに

「……そりゃよかったな」


「そしてエーテルはそれ自体が最高純度のエネルギー……つまり魔力足り得る。ニホン人流に言えば……私のMPゲージは53万どころではない、真実∞だ」

「…………。」


「選択を誤ったな、精霊使い」


獰猛どうもうに、しかし優雅ゆうがにニコラス・フラメルは笑った。

その表情はしなやかな肉食獣、捕食者たるヒョウやチーターを想わせた。


――そうして、結果のわかりきった戦いが再開された。

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