第189話 「神の数字は20手です」

錬金術の目的で最も有名なのは『賢者の石』だろう。


あらゆる不完全を『完全』へと導き、その結果として人なら不老不死、金属なら黄金と成す。

第五元素エーテルが材料だという者もいれば、神を物質化したモノだという説もある。


そういったややこしいところを無視すれば、ようは無限の魔力炉。

この巨大ダンジョンの動力源としてコレ以上相応しいものもないだろう。


「……まあ、ここでずっと座学ざがくをしていてもしょうがない。パズルに挑もう」

「――あのっ!!」


後ろから声がかかる。

振り返ると、赤毛の青年……マルス君がしっかりした足取りでこちらへ。


「みなさんの負担をすこしでも減らすため、僕の部隊も協力させて下さい!」

「……。」


輝く聖銀の鎧に身をつつんだ、いかにもな聖騎士パラディン風のマルス君をみやる。

幼さは残るが精悍な顔つき。そして確かな実力を感じる。

……しかし、彼の後ろに控える騎士達は正直……と返答に困っていると、参謀らしくカシスが意を汲んでくれた。


「ダンジョンにおいて、迅速に動ける最大人数は6人。あなたひとりならまだいいけど、他は無理ね」

「しかしっ!」

「それに、依頼対象であるレーテの護衛も必要。だから部下はすべて、それにてさせて」

「……確かに」


ぶっちゃけ、彼の部下だとあの小型ゴーレムにも手間取るだろう。

小型ゴーレムは存在濃度レベル6、彼らは5かそこらだ。

トロールがだいたいそのぐらいなので、通常の部隊としては十分すぎるぐらいだが……。


「じゃあ、前衛は調査サーチ役の私に、イリムちゃん、ザリードゥ、マルス君。後衛はあんた、ユーミル、みけちゃんね」

「あいよ」

「行きましょう!」


「もちろん、負担はできるだけ最小限。できるだけ分担。特に魔法職スペルユーザーは残りMPに注意して、少しでも危ないと思ったら自己申告」

「へいへい」

「私はぜんぜんへっちゃらですけどね!」

「……私もまだよゆー……」


こうして、豪華な7人編成で【底なしの立方体クラインキューブ】の本格攻略を開始した。


-----------


「……ところで」


4度目の『回転』中、マルス君が興味津々といったふうにユーミルに話しかけた。

対するユーミルは顔に「めんどくせえ」と書いてある。


「やはり、あなたのその瞳は見覚えがあります。私の恩人のリディアさんに……」

「……なあ師匠、やっぱこいつ抜こうぜ……」

「と、言われましてもね」


実は、交易都市に向かう空の旅の途中、ユーミルから厳命されているのだ。

姉のこと、リディアという名前のこと、一切合切口に出すなと。


……どうも、過去にレーテやマルス君のことをリディアが助けたことがあるらしい。

まったく信じられない話だ。なにかに利用されている、あるいは『魅了チャーム』で騙されているのでは。


彼の目をまっすぐ見る。

完全に思い出の中の誰かさんに惚れているね、これは。

……やはり『魅了』か、恐ろしい魔法だ。


ちなみにマルス君はとても優秀だったので、隊列から抜くのはなしな。


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10回転め、直後に動き出したゴーレムに対しカシスが大活躍した。


「ユーミル、あの短剣貸して」

「ほいさ」


紫ローブの下から、柄頭ポメルの輪っかに鎖を通した『ヤドリギの短剣ミストルティン』を引き出し、ひょいっとカシスへ渡す。

鎖のみ、スルスルと自動で回収されていった。


「それって確か、魔法の守りや法則ルールをある程度無視できるんだっけ」

「それだけじゃないわ。この前の探索でわかったんだけど、希少魔法の『魔法解除ディスペル』がもってる」

「へえー、構成された魔法・術式を直接壊すっていうアレか」

「さすがアスタルテさまがくれた品というか、なんというか。魔術師にとっては天敵みたいなアイテムね」


その短剣をスッ、と右手に構え、残り1体となったゴーレムとカシスが対峙する。


「――・――キキキキ――・――」


昆虫のさえずりを思わせる不快な音を漏らしながら、ゴキブリのように黒光りしたゴーレムが彼女へと迫る。

両手に埋め込まれたブレードを同時に振り下ろし、それに対しカシスは左手のバックラーで片方を受け流しつつ体を反転させ、素早く敵の背後を取った。


「――ソコっつ!!」

「――ギッ!――・――ガガガ――」


彼女は極めて正確に、ゴーレムの胸部を……人間でいえば脇腹のあたりを深々と、魔法の短剣で突き刺していた。


剣の柄まで、ずっぽり。

同時に、ゴーレムが部品パーツがバラバラに分離パージされていく。見えない手に部品をもがれたプラモデルのようだった。


「こいつ、稼働時のみ魔力供給のためか、ほんのすこしだけここに隙間が開く。だからそこからゴーレムのコアに至ればこのとおり」

「へえ……よく気が付いたな」

「こーゆー、敵の『観察』『鑑定』も盗賊の仕事のひとつよ。ゲームでも常識でしょ」

「ああ、懐かしいな」


あとは定番スキルといえば『盗むスティール』だけど、あれ相手の武器を直接奪うとかじゃないと意味ないんだよね。

なにしろ、相手を倒してから『奪えば』同じことなので。

日本産だと少ないけど、海外産のRPGでは当たり前なのだ、「殺してから奪い取る」は。

死体がアイテムボックスに見え始めてからが、いっぱしの洋ゲープレイヤーなのだ。


「もうロープの無駄使いもしなくてすみますね」とみけ。

「あれもいい案だと思ったけどね」


倒したゴーレムを、みけが『強化』を施したロープでふん縛ったのだが余裕で引きちぎられたのだ。

あの瞬間はびっくりしたな。

映画やゲームの、再生系モンスターの演出みたいでちょっと格好良かったけど。


そうして、そうして。


みけの手元の【キューブの模型】は除々に色がそろっていき、つまりはこの【底なしの立方体クラインキューブ】も完成に近づいていった。

ゴーレムも起動ごとに、カシスの操る『ヤドリギの短剣ミストルティン』の刃に倒れ、数を減らしていった。


難攻不落の【四大】ダンジョンも、タネが割れれば、そしてこのパーティにかかればそう大したものではなかったな。

そうして、最後の『回転』を終え、ぴたりと右壁面の赤が揃った。


「師匠さん、コレで完成です」


みけが模型のパズルをふわっと浮かせ、みなの前に示す。

各面6色、すべてが綺麗に揃っている。


「……今のところ、何も起きないみたいな」

「4属性も、天地もコレで正解のはずですが……」


その直後、微弱に展開していた『俯瞰フォーサイト』が異変を捉えた。


――嗅ぎ慣れた、空間の波を検出した。


『異世界転移』によってのみ起こる、独特の波紋を。

直後、レーテ達の控える中央の部屋から悲鳴が響く。


「――なんだ!?」

「……レーテ姉さん!」


マルス君が駆け出す。その彼を追うように、イリムも飛び出す。


「行きましょう、師匠!」

「ああ!」


みなで中央の部屋への入口、すこし高い位置にある窓を目指す。

そしてそこから、凄まじい速さで「何か」が射出され、あっという間に反対の壁面へと叩きつけられた。

ぐしゃり、と肉と骨が砕け散る音。


「――!?」

「振り返るな師匠! それより急げ!」

「チッ!」


みけとザリードゥは壁面を駆け上がり、ユーミルは鎖を飛ばしみけを抱え、俺はとっさにカシスを抱える。


「ちょ、ちょっと!?」

「飛ぶぞ!!」


一秒でも早く異変の元に駆けつけねばならない。

いつもより強めの『爆ステップ』を足元に叩き込み、いっきに10メートルほど跳躍、窓へとたどり着く。

そうして見えた光景のさきには、血の池と、いくつもの肉片……つまりは惨劇が広がっていた。

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