偉大なる作業《マグヌス・オプス》
第190話 「偉大なる祖」
先行したイリム、ザリードゥに続きカシスとともに部屋へ飛び込む。
そうして、現状が把握できた。
部屋のそこかしこの壁面に、潰れたカエルのようになったモノがこびり付き、辺りに赤いモノを撒き散らしている。
そして
手にはマジックに使うような大仰なステッキ、先端には赤い、拳大の宝石が
……今気が付いたが彼の背後、この部屋のまさに中心の空間に、真珠のような白いこれまた拳大の宝石が浮かんでいる。
「姉さん!!」
「マルス、離れてて!!」
遅れて部屋へ飛び込んだマルス君が、大声で姉を呼ぶ。
呼ばれた姉は、弟の叫びに首を振りつつ、必死に『何か』を展開している。
「……あれは?」
「『
ザリードゥが静かに答える。
聖女レーテはスーツの男に正面から向き合い、両手を広げ後ろの聖騎士達を守っていた。
その彼女へ向け、男は何度かステッキを振り不可視の『何か』をぶつけているのだが、ことごとく『何か』に防がれている。
スーツの男はその様子をしばらく興味深く、そして懐かしそうに観察していた。
「なるほど、確かこの世界ではまだ、その力が意味を成しているのだな。いや久しく忘れていた」
「……あなたは、突然現れて、そして仲間を殺して……」
「手を出したのはそちらの兵士が最初だろう? まれびとだなんだと、最初に斬りかかってきたのは」
「……それは、あなたが突然『転移』してきてっ……」
「ふむ。いまだこの世界の住人は変わらんな。まあどうでもよいか」
スーツの男はこちらへ向き直ると、話を切りだした。
「キミたちが、このダンジョンの攻略者か」
「……そうだといったら?」
全力で警戒しつつ、答える。
仲間も自然に陣形を組み、いつ、どこから攻撃が来ても対応できるよう。
「で、あるなら恐らく……いやこれは私の希望、願望でしかないのだが、キミたちの中に【フラメルの娘】はいるかな?」
「……あなたは、まさか……」
みけが、アルマからその称号を継いだ少女が、驚きに満ちた顔で男をにらむ。
それだけで、男の方もわかったらしい。
「おめでとう諸君。私、ニコラ……いやニコラス・フラメルの作りし
彼は大仰な仕草で会釈し、スッ……と体を引いた。
その先には、空中に浮かぶ白い宝玉。
「そして嬉しい、私の読み通りこの遺跡の攻略者にフラメルの娘が居てくれて。とても、とても嬉しい」
「……本当に、【祖】、ニコラ・フラメルさんなんですか?」
フラメル家は、開祖が錬金術の秘奥『賢者の石』に至った。
ソレを家の秘術とし、彼は妻とふたり違う世界へ旅立った。
そうして、フラメルの家は栄えた。
祖の残した赤い石をもって、錬金術の大家となった。
その後、石を【詐欺師】に盗まれ名門は
それが数百年まえの話だ。
つまり、そうであるならばこの男は、あちらの世界から……、
「呼びやすいよう、ニコラスでいいよ。お嬢ちゃん」
「えっと……その……」
「では、【
ニコラスは静かにほほ笑み、こちらへ……みけへ向けて手を差し出した。
「では、フラメルの娘よ。ゆこうかあちらの世界へ」
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男がまっすぐに伸ばした手を、みけはぼうっと眺める。
一秒か、数秒か、場が固まる。
「……ええっと、ニコラスさん?」
「この世界は危険だ。そろそろ氷に閉ざされる頃だろう。
「……でも、私は……」
「それに私もそろそろ養子が欲しい。優秀な跡継ぎがな。あちらの世界も魔導、特に
「……。」
「キミのソレはまさに破格だ。母体としても素体としても一級品といえるだろう。ぜひというか決定事項なのだが、私の養子足り得る」
「…………。」
「伴侶のペレネルに死なれてしまったのはまさに計算外だったが、こうして保険を組んでいてよかった。さあいこう【フラメルの娘】よ、新たな継承者よ」
「………………。」
みけに向けて優しく語りかけるニコラスは……たぶん、恐らく、絶対に。
みけを見てはいなかった。
彼女個人を見てはいなかった。
この視線は知っている。
この少女の元々の飼い主、腐った
モノを見るかのように、少女を見ていた。
――その
気づけば、仲間のみなもそうしていた。
「……なんだね、キミらは」
「みけ、言いたいことを言ってやれ。もう、あの時のオマエじゃないだろ?」
「……ええ、はい!」
みけは俺の背からひょいと顔を出し、開祖であるニコラスに告げた。
「私はこの世界から逃げません。あなたの養子にもなりません。全部ぜんぶ、自分のことは自分で決めます! だからあなたは、ひとりで帰ってください!」
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