第181話 「底なしの立方体」

「わーーー、師匠! 凄いです凄いですね!!」

「…………。」


きゃっきゃとはしゃぐイリムとは対照的に、カシスは無言で馬車の中央を見つめている。

できるだけ、そこ以外が視界に入らないよう頑張っているのだ。


なにしろ俺たちは今、馬車の荷台に乗りつつ空の旅を敢行かんこう中だ。

脇から伸びるロープを辿ると、真上に大きな紅竜の姿。

力強く、羽ばたいている。


「カシスも、背に乗るのは最近慣れてきただろ?」

「……うるさい、黙ってて」


シチュエーションが違うとまた怖さも違うのだろうか。

術者である俺は運転手リンドヴルムを信頼しきっているし、いざというときは『歪曲』でどうとでもなる。


カシス以外はみな平気そうだ。

みけなんか、荷台の改造の出来栄えのほうが重要なようで、


「安定性、空気の抵抗。ともに計算通りですね!」

「……さすがミリエルは優秀……」


さすさすとユーミルはみけの頭を撫でている。

こうしているとほんとの姉妹みたいで微笑ましい。

ちなみにこのふたりも、万が一落下しようとも自前の魔法でなんとかなるし、イリムとトカゲも自前の身体能力でなんとかなる。

カシスだけビビりまくってるのも当然といえば当然なのだ。


「それにしてもコイツは力持ちだよなァ……。俺っちたちだけじゃなく、荷台も追加だろ?」

「ああ、いつもより精霊力チカラを使ってるな」

「フーン?」

「俺たちの元の世界だとな、こんなバカでかい空飛ぶ生き物は存在しない。翼も、あんなサイズじゃ到底飛び上がることすらできないんだ。……あくまで『科学的には』な」

「へぇー……じゃあその『科学』ってのが間違ってンのか」

「いや『魔法』がバグってるんだよ」


「四大属性でいうと、火や風は上昇ですからね」とみけ。

「そうだな」


すでに錬金術の数々を習得したみけからすると、当たり前すぎる知識である。

恐らく、あの【風竜】の凄まじい飛行能力もほとんどは風精のチカラだ。


……とすると【土竜】たるアスタルテは空を飛べるのだろうか。

2年シゴいてもらったが、彼女が『竜体』たる真の姿を見せることはなかった。


【水竜】であるアナトさんは、大海蛇シーサーペントだとあっさり答えてくれたが……。


------------


あれから半日以上をかけ交易都市へたどり着いた。

夜中にこっそり街の近くの森へ下ろし、そこからは徒歩である。

そうして、寝静まった都市の大通りを進み、大聖堂の扉を叩く。


「――お待ちしておりました!」


さすがに非常事態か、すぐに召使いの下男げなんが対応してくれた。

その後、助祭……だかなんだかに引き継がれ、石造りの小部屋へ案内された。


「では、みなさんが2年前に【氷の魔女の領域】との戦いで奮戦ふんせんし、そして聖騎士マルスを救った冒険者の方々ですか?」

「えっと……そうですね」

「ではあなたがリーダーの師匠殿、いえ【炎の御使い】ですか」

「……はい?」


ミツカイって、ずいぶん大層な名前だな。

あとなんかエラそう。


「聖女レーテ様から聞き及んでおります。魔女の、氷の領域を押し返した奇跡を起こしたと」

「えーーー……炎の魔術は得意なので」

謙遜けんそんなさるな。あなたも聖女と同じく偉大なる奇跡の使い手なのでしょう?」

「…………。」


なんだかややこしい解釈かいしゃくをされているな。


だが、俺が精霊術師であることは2年前から秘密にしている。

これから【氷の魔女】と戦おうという俺が、実際に彼女とやりあえることを証明したとき、彼女も精霊術師だと類推るいすいされる可能性があるからだ。

師であるアスタルテから、魔女が精霊術師であることは秘密だと厳命されている。


なので、奇跡だなんだと勝手に思われているのはむしろ好都合だろう。


「……ええ。ある日突然……、」

「師匠、辛い過去をわざわざ話さねェでもいいぜ。寒くて、寒くて、凍えちまいそうだった。それだけ話しゃ十分だ」


話し始めた俺をザリードゥが止める。

なんだ? と俺が不満顔をするとトカゲマンは「黙ってろ」と口に指を添えている。


「……ふうむ。やはり神は苦しむ者に手を差し伸べたのですね。それが万人でないのはいまだ我々人の身では理解できぬ。その悲しみが……」

「あの、いいですか」

「はい?」

「依頼の話に入りたいのですが」

「ああ! そうですね、一刻も早く優先すべきはまさにそれです」


パン、と助祭が手を叩くと後ろに控えていた下男が中央の机に羊皮紙を開く。

直線が縦横無尽に引かれた、広大な地図であった。


「これが、交易都市の地下ですか」

「ええ、古代の下水路はすべて把握済みで、最下層も7年前に踏破クリア済みです」

「【紅の導師】でしたっけ」

「ええ。彼が到達したこの最深部の部屋……ここです」


助祭が指差した場所は、長い回廊の先の丸い小部屋。

地図で見てもそう深くはなく、今の仲間パーティの戦力なら数時間で到達できるだろう。


「ところで一番の疑問なのですがどうしてマルス君……いや彼らはこの先に? 【四大】入りするほどの危険ダンジョンでしょう?」

「……神の、お告げです」

「…………。」


思わず「はあ?」と言いかけたのをすんでで抑える。

俺の能力……氷の領域を押し上げたコトは【炎の御使い】だかなんだか、つまりは『奇跡』としておくほうが都合がいい。

そんな俺がジーザスファッキンな発言をするのは控えたほうがよいだろう。


「【奇跡の聖女】様はある朝、神からお告げを授かりました。『皆を救うものがこの地下に。立方体の中枢ちゅうすうに』と」

「……ふむ」


「そのお告げののち数多の冒険者、そして教会の者がかのダンジョンに挑みましたが……みな帰らず」

「半年ほどまえから、ですよね」


「ええ。そうして先日、聖女の弟君である聖騎士マルスが、自分の小隊を率いて【底なしの立方体クラインキューブ】へ挑みました」

「……クライン? ……ええと……」


突然の厨二なワードにたじろぐ俺に、助祭は意味深な顔で答えた。


「見て頂ければ、わかります。その名に相応しき【人食い】のダンジョンであることが」

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