第182話 「正解は彩の国」

あれから一睡し、細々こまごまとした説明を受け、準備を終えいざダンジョンへ。

自由都市から旅立つときに、ラザラス邸のメイドさん達から受け取った背嚢バッグ雑嚢ポーチにはぎっしりと、そして無駄なく保存食やアイテムが詰まっていた。

なので準備はほとんどいらなかった、本当に助かる。


「こういうのも冒険スキルのひとつね」とカシス。

「ええと、登山部だっけ、彼女」


ラザラス邸のメイドのうち、経理担当でふわふわ茶髪ガールのエリナは高校の部活でそうだったと聞いたことがある。


「そう。効率的に物を詰めるとか、重さの配分だとか、それでいて取り出しやすくするとか。地味だけど役立つ小技ね」

「……そういうのこの世界の住人はちょっと弱いよな」

「まあ、大雑把というか、豪快というか……イリムちゃんやザリードゥは……」


下手に地力があるというか、怪力持ちなので細かいことは考えないのだ。

ユーミルも実は、魔道具アーティファクトであるたくさん入る袋ホールディングバッグをふたつも持ってるし……。


魔法や身体能力でだいたいなんとかなるというのも考えものだな。


------------


お世話になった聖堂の方々に礼をいい、見送られた。「必ずや聖女さまと弟君をお助け下さい!」と激烈熱い声援とともに。

ちなみに、何人か聖堂騎士パラディンの同行を勧められたがザリードゥが丁重にお断りした。


「正直、あの程度じゃ足手まといだ」

「……だな」


聖堂から北東、みすぼらしいスラム街を進む。


崩れた遺跡部分に住人がそのまま住みつき、場所によっては地下にまでソレはおよぶ。

地下街が形成された地区は俗にネズミの行路こうろとよばれ、治安はかなり悪い。


事実、常時展開している『俯瞰フォーサイト』でわかるのだが、あちらこちらで何らかの犯罪が起きている。

『視える範囲』が広がるのはいいことばかりではないのだ。


「――チッ、」

「……ねえ、前も言ったけどなんでもかんでも助けには入れないわよ」とカシス。


「いや、もう片付けた」

「えっ?」

「気にすんな、先を急ごう」


視える範囲のうち、俺の手の届くところ……すなわち『自由射撃フリーファイア』が可能な100メートル内で、あまりに見過ごせない犯罪には対処した。


火矢ファイアボルト』で、暴漢や悪漢の手を砕く。

もうそれ以上誰かを傷つけることのできないよう。

誰かの命や心が壊されないよう。


……俺にできるのはここまでだ。


そうして、暗いスラムの脇道に、ぽっかりと地下遺跡ダンジョンが口を開けていた。

その先は、墨を引いたようなくろぐろとした闇が広がっている。


------------


冒険者たちに暗黒地帯ダークゾーンと呼ばれる、通常の明かりが意味をなさないトラップゾーンを皆で進む。

ここを安全に抜けるには、手探りか、道を暗記するか。

しかもたびたび魔物の不意打ちもあるそうだ。


「……よし、こっちだ……」


先頭はユーミルで、彼女は鎖を前方に撒き散らしながら皆を先導する。

さながら鎖の触覚だ。

曲がり角も、落とし穴も、伏兵も、すべて彼女の鎖で探知されるか、即座に排除される。


「『俯瞰』で全部視えてはいるけど……」

「……こっちのがはえーだろ。視ると殺すが同時にできるんだ……」



そうしてまったく危なげなく暗闇を抜けると、目の前には回廊が続いていた。

いつのまにか浅層である下水道を抜け、違うエリアに入ったようだ。

広い空間で、たくさんの円柱が等間隔でならんでいる。


「おおーー」

「東京の地下の……アレよ、地下神殿に似てない?」


カシスが目を輝かせてそう口にする。


「地下神殿? ……ああ、外郭がいかく放水路か」

「そうそれ」


確か……大雨のときに一時的に雨水を貯めておく施設だ。テレビで見たことあるな。


「……アレって、東京じゃなくて埼玉じゃなかったっけ?」

「はあ? あんなすごい施設、埼玉なんかにあるわけないでしょ」


「ええっと、俺の記憶が正しければ……」

「だから、東京の地下だってば」


なぜか頑なに埼玉説を否定するカシス。こいつもしや千葉県民か?

……まあ俺は別にどっちでもいいけどね。


ちなみにここには丸太ほどの大ヘビが大量に巣くっていたが、イリムとトカゲマンに次々輪切り、もしくは脳天串刺しをかまされあっけなく退治されていった。


「もーーーっ! イリムさんザリードゥさん、私の初戦になるはずがっ!」


みけさんは初のダンジョンにして初のお披露目ができずプンスカ怒っていた。


「みけ、俺たち魔法職スペルユーザーはなるたけチカラを温存するのがセオリーでな、」

「精霊術師である師匠さんや、破格の魔力を持つ私にそんな必要あります?」


うわっ。

すげードヤ顔。

これは……子どもの時から天才だとまあこうなるよね。

ちょっと注意せねば。


「みけはわからんけど、俺は温存しておきたいな」

「?」

「地下に潜れば潜るほど、火精……そして特に風精は相性が悪くなるんだ」

「……ああ、たしかにそうですね」


そう。

土精と火精は相性が悪い、正反対の属性だ。

地下に潜るほど土精の領域が濃くなり、火精の数や勢いは減る。

しかも今回のような、下水道や貯水池の環境ならなおさらだ。


そして満足に風も通らぬ地下では、風精は壊滅的にチカラを失う。

地下へ地下へ進むたび、『俯瞰』も弱まっている。

これが、俺がダンジョンが嫌いな理由のひとつだ。


「でも、師匠さんにはリンちゃんがいるじゃないですか」

「それでもだよ」


紅竜ドレイクたるリンドヴルムの精霊力は凄まじく、それを丸々外付けMPタンクとして連れているので、よほどのことがない限りガス欠には至らない。

だが、だからこそ慢心してはいけない。

それこそ負けフラグへの道なのだ。


それからいくつもの区画、通路を難なく通り過ぎ、地下水路の最奥まで到達した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る