第179話 「チート宅急便」

移送のため、『転移門』の『強化』をみけに頼む。

ぴとん、ぴとんと鏡の四隅に透明な薬液を落としこむと、鏡全体が一瞬ほのかに光った。


「4で閉じる。基本ですが応用の効く魔術ですね」


そのうえで厳重に布で梱包し、みけの『霊動ポルターガイスト』で外まで運ぶ。


「やはりテディが一番優秀ですね、彼女ひとりであれだけの大鏡を軽々と運べるとは」

「……100キロ以上はあるだろうな。そういえば、半年前ぐらいからだよな、テディをぬいぐるみから解放したのは」


「さすがにこの歳でぬいぐるみを連れ歩くのは……ちょっと子どもっぽいかなって」

「えっ、そうか?」

「ええ、そうなんです」


ということで彼女、テディは今みけの守護霊というか、そんな感じ。

彼女の術の手伝いや、特に『自動防御オートガード』として率先してみけを守っている。

俺にとってのリンドヴルムみたいなものだ。


「……そろそろ、輪廻りんねかえってもいいと勧めることもあります」

「……ふむ」

「でも、彼女。もう少し見ていたいみたいで。私と、そしてこの世界が大丈夫なのかを」

「そっか」


ぐりぐりっとみけの頭を撫でる。


「それじゃ、安心させてやらないとな」

「――ええ、はい!」


遺跡を出ると、そこからはリンドヴルムの出番だ。

彼の背にみけと乗り込み、梱包のすんだ『転移門』を彼に掴んでもらう。


「名付けて、チート宅急便だな」

「宅急便?」


「荷物を運ぶのが専門の輸送業者で、Konozamaに酷使されたり、アメリカ大陸をつなぎ直したりストランディングする」

「ふーん……なんだか大変そうですね」


「みけの『霊動』とこいつがいればちょっとした稼ぎに……いや、なんか地味か」

「! 師匠さんとふたりでお仕事できるなら私は賛成ですよ」


まあ、平和になって余裕ができたら、そういうのもアリかな。

竜の宅急便なんて、物好きな貴族や商人にはウケるかもしれんし。


「じゃあ行くぞ」

「はい!」


リンドヴルムの背をしっかと掴み、後ろからみけも俺の体に手をまわす。

そうして左右の翼がぐわりと広がり、いっきに空へと飛び上がっていった。


深い森の上をぐんぐんと進み、まっすぐに灰色港まで。

もう昨日の段階で、ドワーフ達との話はついている。

港にはみな揃っており、今日にもこの島をたつのだ。


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港でドワーフ達の見送りをうけ、ブランディワイン号で自由都市へと帰還した。

一応、リンドヴルムで7人と『転移門』を運ぶこともできなくはないが、ちょっと危ない。


「専用のくら、あるいは座席のようなものを造れば安全だし雨風からも……」


みけは錬金術師、というか発明家のごとく新しいアイテムを思案中。

考え込みだした彼女はまわりが見えなくなるので、手を引きながら自由都市の大通りを進む。


「師匠! 私もっ」


イリムが右から腕を組んでくる。

カシスからも交際の許可がおり、隠しておく必要がなくなったからな。

こうしてふたりに挟まれるとよくわかるのだが、いまだ俺の彼女はみけより小さい。

ふたりともに2年前から10センチ以上伸びたのだが、つまりは身長バトルも据え置きということだ。


「肩車でもしてやれよ、パパさん」とトカゲマンがいつだかと同じように茶化す。

「いや、さすがにもう重いだろうし……」


「何か言いましたか師匠さん?」


にこっ、と笑うみけ。ちょっと怖い。

そういう意味ではないのだが、やはりレディはどの世界でも体重の話はタブーなのだろう。


「そういえばイリムは重くないよな、めっちゃ力持ちなのに筋肉もそんなにだし」

「師匠、あのですね。その話題はちょっとですね……」

「うん?」


イリムが顔を真っ赤にしている。

耳もピンとして緊張したような。

何度も言うが彼女はあそこが弱点なんだけど……。


「あっ」

「……ですね」


そうか。ずいぶん軽いなーとアレのときの感想がそのまま出てしまったが、うん。

この話題はストップだな。


「俺っちみたいに力があると、もっとアクロバティックなコトができるぜ!」


ガッツポーズを決めつつ、カラカラと笑うザリードゥにはお見通しであった。


「……最悪だな……」

「ええ、最悪ね」


ユーミルとカシスの女性陣から、すごく冷たい視線を感じる。

ついでに指輪の効果をギリギリ越えるぐらいの『恐怖フィアー』を背中にペチペチぶつけてきてるね。

やるなら下ネタかましたトカゲマンにしておくれよ。


……いまだ考え事に夢中なみけに突っ込まれなかったのはよかったけどね。



フラメル邸に戻ると、すでに玄関エントランスホールでアスタルテが待っていた。

彼女がこちらにいるということは、すでに水竜であるアナトさんは樹海に着いたのだろう。


【竜骨】を封印し続けるため、土竜か水竜、どちらかは常に大樹海に居ないといけない。

5体現存するという古代竜エンシェントドラゴンのなかで、最大にして最強たる【竜骨】を封印するには、反対の精霊力で無理やり抑え込まなければならない。

すなわち、水と土。そしてそれを豊富に蓄えた大樹海のチカラで。


「ようやったの」白い幼女がほほ笑む。

「ああ、これで最終試験はクリアだな」


「ほうじゃの……アナトから聞いたが、やはり帝国か」

「ああ」

「捕らえた兵はどうしたんじゃ?」

「交渉に使うとかなんとか。港で別れた執事さんが、いろいろ書類やら手紙やらを渡されてたな。あと……それまでの間、つまり捕虜の間は鉱山働きだそうだ」

「まあ、敗残兵の扱いとしては妥当じゃな」


昔は皆殺しもようあったのう……と白い幼女さまは物騒なことを言う。

相変わらず命が軽い世界だ。人材がもったいないという考えはないのか。


「やっぱ、そこらへんはいかにも中世よね」とカシス。



あの鉱山はまれに貴重鉱石アダマンタイトが存在し、ドワーフにしか掘ることはできない。が、それ以外の雑用は腐るほどある。

作業がはかどればそれだけ鉱石も多く産出する。

多く産出すれば、それだけ武具を量産できる。

戦力アップにはとても大事なことだ。


帝国兵たちにはマインクラフターとして頑張っていただきたい。


「……で、この大鏡だけど……」


と俺が『転移門』に話題を移そうとした矢先、勢いよく玄関扉が開かれた。

振り返ると、ここラザラス商会の営業部門を担うふわふわ茶髪ガールのエリナであった。


「――みなさん!? 良かった……!!」


急いでこちらへ駆け寄ってきたエリナに、羊皮紙の巻物を手渡される。

封蝋ふうろうという、蝋を垂らして専用のハンコで印をし、手紙の差出人と情報の秘密を保証する仕掛けがなされている。


ハンコの印は教会……交易都市の大聖堂のものだ。

教会が俺たちに何の用だ? と疑問を感じつつ封を解く。ぺきりと封蝋が割砕かれる。


「……。」


手紙には、この大陸で最大規模を誇る冒険者ギルドと、西方諸国で最大を誇る交易都市の大聖堂。

両方の署名と、そして俺たちへの依頼の文言が。


「……探索に赴いた聖騎士マルスを追い、【奇跡の聖女】レーテが【四大】へ赴いた。いまだ帰らぬ彼女の救出をお願いする」

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