第178話 「死霊錬金術師みけの魔法講座」

あの墓地でのできごとのあと、いくつかスラールと言葉を交わした。

『あの日』にドワーフ部隊が槍にまれびと達の亡きがらを突き刺していた理由は、俺も察しがついていたのでどうでもよいが。


「帝国の指示で、ドワーフ自慢の長槍に飾りを施せと」

「だろうな」


そう。

わざわざ重い頭部を槍に突き刺し見せびらかす理由はなにか。

相手に恐怖や絶望を与える。

それもあるだろう。


しかし、あの時の帝国の狙いは違う。

【炎の悪魔】たる俺へ、幾重いくえにも対策を練っていた彼らの狙いは違う。


アレは挑発だ。

炎耐性のあるドワーフ部隊に、俺の怒りに任せた精霊術を叩き込ませるためだ。

あわよくばそのまま暴走し、ガス欠まで追い込むために。


……そういえば『あの日』、俺はあの『火炎旋風ファイアトルネード』で、その後の攻防で、数え切れないほどのドワーフを殺している。


それについて責めるような言葉も、空気すらも彼らからは感じられなかった。

そんな俺の思いが彼らには伝わったのか、ただひと言「戦士が戦場で死ぬるは役目です」とだけレイトールがはっきりと答えた。

「死なずにすむ者の代わりに死ぬるが戦士の役目です」とも。




ドワーフ島での交渉、あれから一週間が経った。

アスタルテの『土殻シェル』の付与エンチャントが終わったみけが、『転移門』の調査のためこちらまでやってきた。

みけひとりの移送なので、船だと効率が悪いと紅竜ドレイクであるリンドヴルムに頼ったが……。


「あれはやはり病みつきになりますね」

「……そ、そうか」


彼女はカシスと違い、高所耐性があるようだ。

万が一落ちても魔法でなんとかなるという自信もあるのかな。

まあ、相棒は反応がいいので口や足で掴まえてくれるはずだけど。


「それで、これが『転移門』ですか……素晴らしい。とても精緻せいちで芸術的な術式です!」

「やっぱ壊さなくてよかったよ」

「ええっ! 師匠さん、そんなことをしたら人類の損失ですよ!?」

「いやいや、こいつの近くで敵が陣取っててな。大掛かりな攻撃ができなかったんだ」

「……なるほど。賢い選択です」


『転移門』はみけや、フラメル家のメイド長兼、魔術師であるじいやさんの手で解析したいとのこと。

だが、サイズが大きく、ラザラス邸のクローゼットに設置した『帰還』をくぐることができない。

おおよそ2倍ほどある。


「ラザラス邸まで、船で輸送するのが一番ですね」

「ふむ」


あそこは今、俺、ユーミル、みけやじいやさんの手によりちょっとした城塞と化している。

精霊術、死霊術ネクロマンシー錬金術アルケミー純粋魔術コモン・マジックの4種により、ガチガチに結界やトラップが張られている。

あれだけ多様な魔法の護りを突破するのは、勇者や賢者クラスでも手間がかかるそうだ。


特に精霊術と死霊術は希少レア魔法なので、賢者といえど知らないことがある。

ここは俺たちのアドバンテージだ。


「それにしてもこの遺跡の広間……すごい戦いがあったんですね」

「あっ、やっぱわかるのか」

「強い霊がいくつもいつくもさまよっていたので、さきほど」

「さきほど……なに?」

「回収しました」

「……。」


いくら帝国兵とはいえ、死んだ後の霊まで使うのはどうなのだろう。

俺が微妙な顔をしていたからか、みけが急いで答える。


「私はフラメル、そしてネビニラルの家系です。なので死霊の使役はあくまで『対話』、レーベンホルムの『隷属れいぞく』とは違います」

「ユーミルはレーベンホルム家だったよね?」


「お姉ちゃんも『対話』型ですね。生まれた家のやり方が合わないこともあるんです。だからリディアさんが実家を解体こわしちゃって、私の家に来ることになったのは結果的にはよかったのかも」

「親父さんはリディアに殺されてるんだよね?」


「その必要があったのでは? 現にユーミルお姉ちゃんもリディアさんも、とてもとても強力な術師になりました」

「……。」


うーん、やはり魔導の家は怖いな。

みけみたいなお子さまでもこうだし、アルマもたまに怖い時があった。

どう魔法を極めるか、それを次代に継がせるかがいろんなものに優先するのだ。

俺とイリムはネイチャーな精霊術師として素朴にいこう。


「……そういや、ずーっと気になってたんだけど」

「なんでしょう」

「『あの日』海岸でまれびとがたくさん殺された。あの魂は、リディアに回収されちまったのか? ……その……『隷属れいぞく』で」

「たぶん大丈夫だと思いますよ」

「……そうなのか?」


「私も直接見たわけじゃなくて、古い文献からですが……まれびとの魂は、死後、即座にこの世界から消失するそうです」

「…………。」


「本当に、殺害直後でないと彼らの魂を捕らえることはできない。だから、大丈夫です」

「……そっか、よかった」


二重の意味で。

ひとつはあの血も涙もない死霊術師ネクロマンサーに捕まっていなくてという意味で。

もうひとつは、もしかしたら、彼らは元の世界に帰れているかもしれないという意味で。


かつてカシスが黒森の防衛戦の前に言っていた。


……全部灰になって、残りは煙になって。魂だけでも元の世界に還れるかも……と。


前の世界では魂などオカルトはまったく信じていなかった。

でも、この世界に来てそういうものが実在すると知った。

だから、俺は、彼らは帰れたのだと思う。

そう信じる。

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