第177話 「囁き、祈り、詠唱……」

ドワーフ王とお供のレイトールに連れられ、深い森をすすみこの広場へ至った。

やわらかな陽射しに、いくつもの墓石が照らされている。


そのひとつ、小さな墓石の前にしゃがみ込んでいた船長の元へ歩み寄る。


「……カンパネラ」

「なんだ、キミか」

「その……もしかして、」

「ああ、兄者がここに眠っているそうだ」

「……そうか」

「ここ2年、帝国によりラビットはこの島に立ち入り禁止だったからな。ようやく、ようやくの墓参りというわけだ」


船長は優しく墓石を撫でる。

その表面には、山の根の館で見かけたドワーフ文字ではなく、共通文字が彫り込まれている。

ラビット村、村長……そしてその一族とある。


あたりを見渡す。

小さな墓石がいくつもいくつも、そしてその奥にはひときわ大きな墓石が。

白く磨かれた大理石の表面に文字。

ここから目では見えないが、『俯瞰』で『視て』読むことはできた。


異世界からの客人たち、と。


ここは、『あの日』に殺されたラビットとまれびとの墓地というわけだ。

背後からスラールに声をかけられる。


「……師匠どの。恐らくあなたは、彼らと同郷の者でしょう?」

「なぜそう思う」

「あの日、まれびとを殺した我らの部隊を襲った、強力な炎の嵐。アレにはとても強い怒り、悲しみを感じた」

「……ハッ、だろうな」


「こんなこと、一国の王が口にすべきではないかもしれません。しかし……しかし、いえ」


スラールはその場にしゃがみ込み、地に頭をつけ言葉をこぼした。


「……すまなかった」


その無様な王の姿と声を聞いた瞬間、今まで抑えていた想いが溢れてきた。



墓を作った? 謝った? ごめんなさい?

――そんなモノ、殺された人間になんの意味がある?


王のクセに惨めに縮こまるスラールと、となりで同じように頭を下げているミスリルの戦士。

こいつらを、俺は一瞬で焼き殺すチカラがある。


ドワーフの火炎耐性?

耐えられるものなら耐えてみろ。

むしろ、それだけより長く強く苦しめることができるだけだ。

お前らドワーフなんてひとり残らずゴミのように焼き尽くして……、


そんな声が俺のうちから。

本当は、この島に上陸してからずっとずっと聞こえ続けていた声。


しかし、それをゆっくりと静かに鎮めていく。


ひとつひとつ、丁寧な装飾そうしょくの墓石。

恐らくは、帝国に見つからぬよう森の奥深くに築かれた墓地だというのに、ゴミや落ち葉も片付いている。

日常的に手入れが為されているのだろう。


もちろん、『あの日』に殺された人々にはすべて意味のない行為だ。

ドワーフ達が罪の意識から逃れるためだけの自己満足と断じることもできる。


でも、そう断じてなにか変わるのか。なにか進むのか。

カンパネラは言っていた。

船も未来も、進めねばならないと。


その言葉を発していた船長が、俺の脇から駆けるように飛び出し、土下座のていで固まるスラールの頭を思い切り蹴り飛ばした。

仰向けに転がった王に、カンパネラが馬乗りに。


「――ふざっ……けるなよ!!」


船長は、泣きながら拳を振り上げ、力いっぱいスラールを殴りつけた。

殴る。

殴る。

右で左で、交互に。

しかしスラールはまったく抵抗せずその拳を受け入れていた。

脇に控える部下のレイトールも、頭を下げたまま動かない。


「謝るぐらいならなっ……最初からっ……!!」


……しばらく、肉で肉を叩く音が森に響いた。


その音に明らかに違う色がまざり始めたころ、ザリードゥがしっかと船長の拳を止めた。

「そこまでだ」彼の低く冷静な声。

みれば、スラールの顔は腫れ上がり血を吹き出し、原型を留めていない。


「それ以上やると、こいつは死ぬ。そうすると和平も戦の約束もパアだ。それは困る」

「――ハアッ、ハアッ……」


カンパネラはよろよろと立ち上がると、ぼうっとザリードゥ、そしてスラール、最後に同胞たちの小さな墓石を見つめた。

そうして崩折れた彼女に、急いで駆けよる。


「この怒りという感情は……どうにもならないな」

「……カンパネラ」


「『あの日』、君に偉そうに啖呵たんかをきったが」

「ああ」


「……兄者、船のみんな、村のみんな……」

「…………。」


泣き崩れた彼女を抱きとめ、すこしでも悲しみが紛れるよう祈った。

彼女のうさぎ耳越しに、遠く、大きな大理石でできたまれびとの墓が見える。

俺も、彼女や仲間に悟られぬよう、静かに涙をこぼした。


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あのあと、あらためてまれびと達の……「異世界からの客人たち」と丁寧に彫り込まれた墓の前で座り、静かに祈った。

まえの世界でも、この世界でも無宗教だし、祈りが彼らに届くことはないとは思っている。

しかしこの行為自体に意味はあるのだと思った。


特に交流のあったサトウさん。

ゲームの趣味が合い、彼とアメコミの話もした。

その中であがった「大いなるチカラには……」という言葉。


俺はさっき、ドワーフの王とその従者を焼き殺したい衝動にかられた。

それをすれば、和平交渉も北との戦いもふいになるというのに。


……そう、アスタルテが課した最終試験には、俺がすでにチカラ在るものだということを自覚し、制御せよという意味が込められていたのだろう。


「……ううっ」


気がつくと、すぐ横で俺と同じようにまれびとの墓に祈っていたカシスが泣いていた。

ちいさく、つぶやきを零しながら。


「……帰りたい……帰りたいよ……お姉ちゃん、お母さん、みんな……」

「……カシス」


「……でも、だって、帰る手段なんて……私もこの世界でいつか……いつか死んじゃって……」

「カシス」


俺は静かに感情を、想いを零し続ける彼女をかき抱いた。

そうして強く、言葉をぶつけた。


「俺が必ず、お前を故郷に帰してやる。約束する」

「……えっ、」


いつからか、ずっと前から思っていたこと。

そう、初めて王都についたその日、俺は旅の目的に4つ目を加えた。

そのときはまだ漠然ばくぜんとしたものだった。


それから、風の谷で風精に認められ、結果『空間魔法』を習得した。

アルマの、フラメル家の『帰還』の魔法にも何度もお世話になっている。


この2年の修行で俺の扱える精霊力も飛躍的に上昇している。

火精だけでなく、風精のチカラも。


……そうして悟った。


いずれ、近い将来……もちろん錬金術師であるみけの助けもいるだろうが、『あの世界』との門を開くことも可能だろうと。

それを可能にするであろう強力な『転移門』も手に入れた。

アレを目にした瞬間、アレを壊してはいけないと直感した。

それは間違いではないはずだ。


「ほんとに……ほんと……? アンタのこと、信じていいの?」

「ああ、絶対に叶えてやる。絶対だ」


自信のないカシスの瞳をまっすぐに、自信に満ちた瞳で見つめる。


世界を救うだけじゃ駄目だ、駄目なんだ。

仲間も救わねば、絶対に。

そんなこともできなくて、なにがリーダーだよ。


「――うわぁあああああああ!!」


本当に、出会ってから初めて。

子供のように泣きじゃくるカシスを抱きしめながら、強く、強く決意を固めた。

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