第176話 「会談」

あのあと。

帰る手段を失い途方に暮れた帝国兵たちは、応援に駆けつけたドワーフ兵たちに取り囲まれ、ほとんどは投降した。

素早く森へ逃げた者もいるが、『俯瞰フォーサイト』を張った俺がリンドヴルムで森を巡回し、すべて取り押さえた。


逃亡兵は、何をするかわかりきっている。

奪い、犯し、殺すだろう。

……見逃すわけにはいかない。


故障させた『転移門』には見張りをつけ、厳重警戒中。

ユーミルには一度見せたのだが、


「……錬金術……みけならわかるかもな……」


とのこと。


特に鏡の上部に据え付けられた金色の球体は気になる。

アルマの遺品である『魔力感知』の片眼鏡モノクルで視るとわかるのだが、凄まじい魔力が内部で回転しているのだ。

これが門の動力だろうか。

だとするとあの時、急いで術式を傷つけたのはけっこう危ない行為だったかも。


高電圧の回路を、無理やりショートさせたようなものだ。

位置が悪ければ俺が吹っ飛んでたね、うん。


ちなみに刺客が使っていた長銃も、詳しくはみけ頼りとなる。

しかし、俺とユーミルの見立てではやはり、コレの量産化はできていないと結論した。

チグハグなものを無理やり、効率も悪く。

コレなら『魔法の矢マジックボルト』をこめた指輪などの方がはるかにコスパが良いようにみえる。

この魔法世界において、元の世界の銃はまだ出番がないのだろう。




そうしてあれから3日後、俺たちはドワーフ王と改めて会談にのぞんだ。


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「まず、こたびの非礼をびたい」


玉座から降り、深々と頭を下げるドワーフ王、スラール。

その隣には彼の妻子と、ミスリル鎧を着た戦士のレイトール。

彼らも同じく頭を下げている。


「…………。」


俺はそれを無言で受け止める。

人質を捕られていたから、外交に来た使節を殺す、あるいは捕らえる。

それは小さいながらも一国の王としては失格だろう。


しかし俺は政治は門外漢だ。

だからノーコメント。

特に肯定も否定もしない。


自由都市からついてきた、領主代行である執事のマスターがずいと前に出る。

そこからは彼に話を任せた。


まず、自由都市とここドワーフ島との和平交渉。

これはすんなりと進んだ。


海を嫌うドワーフは元より海をまたいで進軍する気はなく、自由都市側も強靭なドワーフ族と無用な争いはしたくない。

そして、帝国との繋がりが絶たれたドワーフ達は、新たな取引相手を欲していた。


「2年前の戦。アレはまれびとやラビットに対する帝国の憎悪だけが理由ではありません」


2年前……帝国は少数ながら送り込んでいたスパイにより、当時のフローレス島に資源的価値を見出したのだ。

島の中央に堂々とそびえる火山。

その地下には、ドワーフでなければ掘り進めることはできないが、広大な鉱脈が眠っていると。


フローレス島がドワーフ島に書き換わってのちは、強靭なドワーフ達に仮の国を与え、『転移門』を使って帝国へと資源を運ばせていた。

極めて安価に、極めて高圧的に。

いわばここは帝国の植民地だったのだ。


「そんな大事な、交易の要所のわりには警備は手薄だったが?」


思わずマスターとスラールの会話に口を挟む。


「……手薄? 帝国の大鷲おおわし部隊に、なによりあの【最後の教会四方】ハインリヒが居たのでは……」


そうか。

あのトンズラこいて、かつハインリヒに皆殺しにされた兵士たちはそれなりに大層な連中だったらしい。


「いえ、なんでもないです」

「……そうですか」


王は話を続ける。

山から得た鉱石や、その加工品。これを自由都市と交易したいと。

領主代行のマスターはこれをふたつ返事で了解した。

その後も、船だの税だのなんだのと、俺にはわからない話が続く。

だが、ふたりの雰囲気は悪くない。

和平条約とやらはうまくいきそうだ。


つまり、アスタルテが課した最終試験の半分はクリアというわけだ。

そしてもう半分、北との戦いへの参戦は……、


「来たるべき時、必ずせ参じましょう」

「ええよろしくお願いします」


スラールの脇のミスリル戦士、レイトールは巻物スクロールをこちらへ丁寧に渡してきた。

ひもを解き、開く。


最高級の羊皮紙と思われるそれの上には、戦いへの参加を約束する内容が綴られており、それを囲うように赤いハンコがいくつも……ってこれ、いわゆる血判けっぱんか。

親指に傷をつけ、こぼれた血をインク代わりにペタっとするやつだ。

時代劇でたまに見かけるが、ドワーフにも似たような文化があるのだろうか。


よこからぐい、とユーミルが覗き込んできた。


「……血の署名に、魂の誓い。うん、これなら信用できるな……」

「そうなのか?」

「……こういうのには、ある種の魔法が宿るんだよ……」

「ふうむ」


魔法使いの先輩であるユーミルがそういうのなら、そうなのだろう。

血判状をくるくると巻き、大事に懐へ収める。


「それと、師匠どの。……見せたいものがあります」

「……。」


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スラール、そしてお供のレイトールに連れられ山の根の館を出た。

俺の後ろからぞろぞろと仲間たちも付いてくる。


「また罠、なわけないわよね」とカシス。

「とりあえず『俯瞰フォーサイト』の範囲では伏兵はいない」

「……『死期』も、1分さきまでは大丈夫だ……」


2年前は数秒先までしか覗けなかったユーミルの『死法の魔眼』は、いまやかなり先まで見通せるようになっていた。

空間は俺が、時間は彼女が見張っている。

このパーティに不意打ちや奇襲は不可能といっていい。


そしてドワーフ王にお付きはひとりだけ。

こちらを信用している……ととってもよいだろう。

ヒトより少しだけ小柄だが恰幅のよいふたりのドワーフの後を付いていく。


しばらく山に沿ってすすみ、それから深い森の中へ。

地面を見ると何度も踏みならされた道になっており、日常的に往来があることがわかる。


20分ほど森をすすむと、突然視界がひらけた。

平らで、広く、暖かな木漏れ日がいっぱいに射し込んでいる。


そこには、いくつもいくつも……墓が広がっていた。

そして、ひとつの小さな墓石の前に、小さなひとがしゃがみ込んでいた。


俺たちをこの島まで送り届けてくれた、ブランディワイン号の船長の姿がそこにはあった。

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