第173話 「転移門」
伸ばした手の先で、全速で
兵士は4人とも倒れ、もう人質を傷つけることはできない。
「師匠! やりましたか!?」
「ああ、もう大丈夫だ」
俺たちの
「――ここから、いつ、どうやって……!?」
そこまで口にして、先の大広間での攻防を思い出したのだろう。
ううむ、と口をつぐみ後ろの彼は押し黙った。
そうして、リンドヴルムをゆっくりと下降させる。
もう、人質はすぐそこである。
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「――奥方さま!」
「レイトール、あのひとは!?」
「大扉を閉じて、防衛しております。半日は持つかと」
ドワーフ王、スラールの妻と、同乗したドワーフ、レイトールが互いに無事を確かめ合う。
「おふたりとも、よくぞご無事で……」
「炎の雨が、我らを守ってくれました」
そう言って、ドワーフの奥方がこちらへ向き直る。
「あなたが、【炎の悪魔】ですか。さきほどの炎はあなたのおかげですね」
「ああ、だが……」
「娘を守っていただき、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げられるが、今は時間が惜しい。
すぐにでも館へ引き返し、防衛戦に参加しなければならない。
その旨を告げると、ミスリルの
「門に戻り、戦うよりもよい手があります」
「なんだ?」
「『転移門』を、破壊するのです」
「……『転移門』?」
「ここより南に、帝国とこの島とをつなぐ魔法の門がありまする。2年前の襲撃も、その後の移民にも、すべてその門が使われておりまする」
「……やはり、そうか」
2年前の「あの日」の奇襲。
巨大な海獣の
沿岸部をゆうゆう移動していては他国からバレバレであるし、そもそも大型船を作るという発想に乏しい。
なにか
「『転移門』を破壊し、そこからおおきな『
なにしろ、帰る方法がなくなるのですから」
「その方法をとるメリットは?」
「これ以上の兵力の追加を断てまする。そして、殺す人数はこちらの手段のほうがはるかに少ない」
「……わかった」
『
ここより南南西の遺跡の奥に、不気味な空間のひずみ、そしてそこを守る兵士がおよそ50。
「レイトール、あんたはそのふたりを任せられるか?」
「ええ、もとよりそのために遣わされたのでありまする」
「……イリムから見て、彼はどうだ」
「そうですね、2年前の私ぐらいはありますよ!」
元気に、そしてあけすけに答えるイリムに、こんな事態ながらなんだか笑ってしまった。
そうか。
じゃあ大丈夫だな。
紅竜たるリンドヴルムを再度呼び出し、その背にふたりで飛び乗る。
すぐさま彼は大翼をはためかせ、南へ向け飛び立った。
「――どうか、ご武運を!」
背後からは、ミスリル戦士のレイトールの大声が響いていた。
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「師匠」
「なんだ」
「さきの王様も、レイトールさんも。悪い人には見えません」
「そうかもな」
「……なのになんで、2年前はあんな……」
「イリム、この戦いが終わってからだ」
「……はい」
そうして眼下の深い森から、目を凝らさねばわからぬほど小さな石の突起がぴょこんと頭を出している。
『転移門』を収めた、古代の遺跡だ。
「ここから降りるが、大丈夫だよな」
地上50メートルほど、竜の背の上。
イリムは聞くまでもないという顔でうなずき返した。
「じゃあ行くぜ」
「はい!」
リンドヴルムを実体なき精霊へと解除、すぐさま足元は失われそのまま下方へ自由落下する。
眼下の緑と、苔むした遺跡がぐんぐんと迫る。
そうして、俺は『歪曲』でふわりと。
イリムは体の使い方だけですとんと。
遺跡を守る兵士たちの前へと姿を現した。
いっきに彼らに動揺が広がる。
「【炎の悪魔】だ!」
「空の竜からッツ……落ちてきたぞ!」
いっせいに彼らは剣を抜き槍を構え、弓を引いた。
すぐさま放たれた矢を、すべて『熱波』ではたき落とす。
兵士たちはさらなる動揺に包まれた。
そう、たかだかあの程度の飛び道具、所持した『矢避け』でどうとでもなる。
しかし、ああして『魔法』でいなした方が、彼らへ与えるダメージはでかい。
……ここまで混乱した兵士たちには、あと一歩で片がつくだろう。
遺跡と、彼らと、俺とイリムを囲うように、燃え盛る『
彼らの逃げ道と、視界を埋め尽くすほどの勢いで。
兵士たちは……呆気なく崩れた。
悲鳴と恐慌の声を上げながら、一目散に遺跡の奥へと消えていく。
この死地からの唯一の逃げ道である『転移門』へ。
俺とイリムも彼らの後へ続く。
彼らが逃げ去った後、二度と彼らがこちらへ訪れることのできないよう、門を破壊するために。
「……。」
「師匠、強い剣気がします」
「そうだな」
しかし、彼らが『転移門』を越えることはできなかった。故郷へ帰ることは叶わなかった。
なぜなら、その手前でことごとくが殺されていったからだ。
振り抜かれる大剣、その使い手によって。
2年前、あの日の浜辺でラビット達の虐殺を
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