第174話 「VSハインリヒ」

巨大な鏡が遺跡の壁に安置されていた。

ゆらゆらと鏡面は波打ち、その向こうには寒々とした荒野が広がっている。


これが『転移門』

ここドワーフ島と、はるか北東の帝国をつなぐ魔法の扉である。


そして、その前には大剣を掲げた美丈夫、最後の教会四方ハインリヒの姿が。

あたりには、たった今両断し尽くした帝国兵の死体が散っている。


おおよそ50人。

そのすべてを彼は躊躇ためらいなく殺していた。


「……氷の魔女の眷属けんぞく死すべし、我らの世界を護りたもう。侵略者から護りたもう。我らの子らを護りたもう……」


かろうじて聞き取れた彼の呟き、あるいは独り言。

ハインリヒ、まるで亡霊のようだ。


「…………。」


攻撃は……『熱杭ヒートパイル』ではまずい。

2年前、彼はアレを弾き飛ばしている。


弾かれた『熱杭』が『転移門』に当たれば、粉々に破壊することができるだろう。

だが、現物を見てわかったがアレの破壊は故障程度に抑えておきたい。


鏡の縁には巧みな魔術紋様、そして上部には鈍く光る金色の球体。

そのどちらもが、利用価値があるようにみえる。


弾けないぐらいに速さも、威力も上げることは可能だ。

だが、その際の破壊力は凄まじいものになる。

『転移門』はもちろん、この遺跡が崩落するだろう。


……で、あるなら攻撃はシャープでスマートにいこう。


「――――。」


無言で最速で、もちろん最硬で。

ハインリヒを足元から『火槍』で攻め立てた。


ザンザンザン! と地面から燃え盛る槍がいくつもいくつも、彼を串刺しにせんと迫る。

しかしそのすべてを、流れるように美丈夫は避けていた。

まるで、攻撃がすべて読めているとでもいう風に。


『火槍』で針の山を築きながら、同時に『火弾』を自由射撃フリーファイア、真下と真横と真上と真後ろから途切れなく攻撃を浴びせる……が、

彼はそれもすべて避けるか弾くかで対処している。


「…………。」


攻撃の合間合間に炎を吹き付けたりもしているのだが、そちらはまったく効果がないようだ。

どうやら最上級の『対火』を仕込んでいるらしい。

アレを抜けるにはかなりの出力の『火葬』が必要だが、ソレをやるとやはり『転移門』が壊れてしまう。


「師匠、私にやらせて下さい。私は昔彼と戦ったことがあります。……その雪辱せつじょく戦です」

「……イリム」

「師匠ならあんなの、『人質』がいなければ楽勝でしょう? でも、それだと負けた私は一生勝つことができなくなります」

「…………。」

「【槍のイリム】として、それは許容ゆるすことができません」

「……わかった」


イリムの戦士としてのプライド、そして先の攻防でわかった彼我ひがの力量差。

ふたつをかんがみて、俺は彼女に前線を任せた。


「ありがとうございます、師匠。できればギリギリまで手出しは無用で」

「ああ」


テクテクと自然な足取りで大剣使いへと歩むイリム。

ハインリヒも、ぐるりと首を回して彼女を視界に捉える。


「私は槍のイリム! いざ尋常に勝負です!!」

「……炎の悪魔の使い……滅びよ!!」


身長を優に超える大剣『ダインの遺産ダインスレイヴ』。

ソレを右腕一本で水平に構え――そのまま突進してきた。


対するイリムも腰を落とし、槍をひねるように構える。

彼女には珍しい、受けの姿勢だ。

……いや、恐らくあれは……。


「『石噛みストーンバイト』!!」


気合一閃、イリムが螺旋らせんのように槍を回転させ、正面へ突き出す。

……と同時に、雷光のように迫るハインリヒを左右から同時に6爪、『石槍』が襲いかかった。


それだけでも必殺たる螺旋突きに加え、左右から迫る石のあぎと。

都合7つの攻撃にさらされて、生きていられる者はそうそういない。


「――シィィィイイイイッ!!」


しかしハインリヒは、体を絶妙の角度で折り曲げ、地を這う蜘蛛さながらのポーズでこれを避ける。

そしてそのまま、大剣を下から上へと振り抜いた。

そのすべての動きが、人体の構造を無視したものだ。


「ハッ!」

「チッ!」


奇怪な動きから繰り出された一撃を、イリムは当然のごとく避ける。

またたきの間に振り抜かれたソレを、瞬きの間で回避する。

彼女や彼のレベルからすれば、ごくごく平均的なやり取り。


そこからは、まさしく目にもとまらぬ攻防が続いた。

秒の間に10のやり取りが交わされる。

攻め受け、避け穿つ。


大剣使いの得物が振り抜かれるたび、石でできた遺跡の床が、悲鳴を上げて抉れてゆく。

あの大剣の軌道にとって、石などあってもなくても関係がないのだろう。


……だが、いくら彼が怪力を持とうが、大剣の切れ味が超常であろうが。

当たらなければそんなもの、なんの驚異にもならない。


ピンと立ったケモノの耳に、揺れる尻尾。

獣人の戦士であり、それを極めたイリムはただのニンゲンには不可能な、無茶な動きをしてもバランスを崩すことがない。

曲芸のように、縦横無尽じゅうおうむじんに、美丈夫を翻弄ほんろうするように。


く攻撃を回避していた。

相手の隙に細かく突きを繰り出しながら。


「――ハッ!」

「――ガッ……!」


……だんだんと、ハインリヒが押され始めた。

体の端々に浅い突きを受け、そのたびに血が吹き出す。


致命傷はない。

しかしだんだんと動きが鈍ってきた。

血が、体温が、除々に削られているからだ。


彼が回復の奇跡を使えるのかどうか、俺は知らない。

しかし、使えたとしてあの攻防やりとりのさなか、攻防やりとり以外のことに気をさく余裕はない。


……そんな隙を見せればその瞬間、彼の頭蓋ずがいは吹き飛ぶだろう。

螺旋を加えたイリムの突きにより。


「――終わりです!!」


そうして彼女が仕掛けた。

地面を右足で強く踏み鳴らし、土の精霊に働きかける。

彼女と、彼を囲うようにダンダンダン! と岩の壁が出現する。


すっぽりと、四角い岩のドームにふたりが包まれる。

大きさは一辺5メートルほど。


――彼女の、必殺の殺戮結界キルゾーンである。

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