ドワーフ島

第167話 「アスタルテからの最終試験」

「言い忘れておった……最終試験がまだじゃったな」


ある日、もう明日にも旅立とうという時になって唐突にアスタルテはそうのたまった。

ひと月前「仕上がった、旅立ちを許可する」と口にしたのはなんだったのか?


まさかこのロリBBA、ボケが始まったのか?


「明日にも自由都市の領主に会いに行くんだが?」

「それじゃよ、そこで頼まれることを成し遂げることが、お主の精霊術師としての最終試験じゃ」

「……うーん?」

「それを為さねば、おいそれと『封印紋』の解除はできんくなる」

「……その、成し遂げるべき試験はなんなんだ?」


俺の言葉に、純白の幼女は真剣な表情かおで言った。


最終試験は、ドワーフ島と自由都市との、和平条約を締結させること。

そのうえで、魔女との戦いに参戦してもらうこと。


……その大使として、直々にドワーフ王と会談することである。


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深夜。

フラメル邸であてがわれた自分の部屋で、俺は眠れないでいた。

さっきはイリムが訪ねてきたが、とてもじゃないがそういう気分にはなれない。

丁重にお断りし、そのまま毛布にくるまった。

しかし、眠気はなかなか訪れなかった。


「あの日」の光景がさまざまと蘇る。


宿から飛び出して、丘の向こうから現れた黒々とした黒鉄の軍隊、ドワーフの群れ。

彼らの掲げる長槍には、たくさんの同郷人まれびとの顔。

女性もいたし、子どももいた。

いっしょにバタービールをすすり語らったサトウさんも、彼の子どもも。


それから、殺しに殺し、戦い続けた。

けっきょくまれびと地区は壊滅し、あの島のまれびとはひとり残らず殺された。

ラビット族も、そう遠くない未来絶滅すると噂されている。

ラビットはラビットとしか子を成せない。


フローレス島を旅立ち、商人や冒険者をやっているものはごくごくまれ。

そしてフローレス島に住んでいたラビット族での生き残りはただひとり、ブランディワイン号の船長カンパネラだけだ。


イシシと笑っていたあの船長とは、あれから一度も会っていない。

修行にほとんどの時間をあてていたというのもあるが、会うのがとても辛かった。

どの面下げて会えばいいのかと。


聞けば、和平条約の締結の場はアスタルテがとりなしたそうだ。

いまこの時、同じ大陸の住人同士で争っている場合ではない。

多種族同士、協力が必要だと。

特に強靭なドワーフの協力は、必要不可欠であると。


ちなみにアスタルテは帝国にもおもむいたが、門前払いを受けた。

どうも、あそこはいま勇者や風竜と繋がっているらしい。

『氷の領域』も風竜の操る暴風で対抗しているそうだ。


アスタルテのことは【炎の悪魔】を鍛えている、【悪魔の手先】だと見なす者もいるのだと。


彼女は「そのいいようじゃと、我がおぬしより下になるのう」とケラケラと笑っていたが。

だから、まずはドワーフとの交渉だそうだ。


「……しかし、なんで俺が……?」


なんとドワーフ王は交渉の条件に、俺の出席を指名したそうだ。

……どういうつもりなのか、意図がまったく読めない。


だいたい、ドワーフ島ってなんだよ。

あそこは元々ラビット達の島、フローレス島だ。

皆殺しにして、奪って、自分たちの名前を付けて。

そんなやつらと交渉なんて……、


「……いや」


そう。

そんなことは、前の世界にも、そして俺も知らないこの世界のいろんな歴史にも腐るほどあったはずだ。

ドワーフだけを責めるのはフェアではない……のだろう。

そんなことを言ったら、いま俺が住んでいるフラメルの領地だって、元は別のなにか、誰かの土地だったのだ。


理性ではわかる。

理屈でもわかる。


しかし、心ではどこまでいっても、納得できない思いがくすぶりつづけていた。


トントン。


ノックの音と、それからこちらの返事を待たず開かれるドア。

イリムだった。


「……悪い、だから今日は」

「師匠、アスタルテさんから明日のことを聞きました」


真っ直ぐに、彼女の茶色のまあるい瞳が問いかけてくる。

たぶん、また悩んでいるのでしょう、と。


「……イリムには敵わないな、まあいい、入れよ」

「……はい」


パタン、と優しく閉じられる扉。


室内の光源は『灯火』を配したグラスがいくつか。

このぐらいの術の維持はもう、なんの負担にもならない。

なんなら街中の明かりを何百年も維持し続けることもできるだろう。

それも、まったく負担にならずに。


イリムは俺のベッドに腰掛け、体を傾けながら問うてきた。


「師匠は、明日が怖いですか?」


そう率直に切り出したイリムに「ああ、怖いね」と素直に答える。

嫌な記憶のある土地だし、ドワーフなんざ会いたくないし、国交なんてもちろんしたことないし。


「……でも、私の師匠は逃げないですよね」

「はっ」


にこりと、でも真剣な瞳でそう彼女から言われたら、そう。


「ああ、逃げないよ」

「それでこそ私の師匠ですよ! でも怖いなら、すこし慰めてあげます」

「――えっ、ちょ」


ばすん、と体ごとこちらへもたれ掛かる彼女と、同時に香る暖かく甘い匂い。

まったく……コイツは。


あたまをぐりぐりと撫で、ついで体を抱きしめる。

そうして、旅立ち前夜は深く、長く、時間をかけて更けていった。

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