幕間 「とある村落の終わり」

またひとつ、村を滅ぼした。


「……あああ、勇者さま……お許しをっ……」

「ダメだ」



泣いて許しを請う害獣の、みにくく歪んだ顔。

嬉々としてまれびとを虐待していたクセに、いざ自分がその番になるところりと態度を変える。


その醜い顔を、醜い思考を生みだす頭蓋ずがいごと真上から割り砕く。

回転するアダマンタイトの螺旋らせん剣が、男の体を縦一文字に突き進み、手足がバグったように暴れながらあたりに弾け飛んだ。


獅子王の剣レジェンド・オブ・カシナート


風精のチカラにより、電気と風で展開し高速回転させる自慢の武器だ。


「勇者、あとふたり残ってる」

「……はぁ」


賢者に後ろから声をかけられ、思わずため息をつく。

常在発動パッシブ型の魔道具アーティファクトによる『気配感知』は、風の流れにより範囲50メートルほどをレーダーできる。


だからわかる。

そこのタルの中に、ふたりの小さなニンゲンが互いを抱き合いながら息を潜めているのを。

兄が妹の口をふさいで、自身も涙をこらえ、嗚咽おえつもこらえ、必死に。


その姿に遠い昔の自分が重なる。

村人がたっぷり集まった広場の真ん中に、妹とともに飛ばされたあの日のことを。


身をていして守りきれなかった、あの日のことを。


「……いや、ただのガキだ……」

「だから?」


賢者は冷たく言い放つ。


「……いや、女のガキは……」

「そう、こいつが成長して大きくなってぽこじゃか産み始めたら、またニンゲンがえる。つまり結局同じこと」


それは、こいつと組み始めたころにまず聞いた言葉。

子どもは、大人になる。そしてニンゲンを殖やす。だから大人だろうが子どもだろうが、殺さなければならない。


最初は、抵抗があった。

途中から、どうでもよくなった。

最近は、また抵抗を感じるようになった。


たぶん、師匠さんと会ったころから。

ヤツが、賢者を見逃すと言ったときから。


「害獣は卵のうちに割っておかないと」


賢者がタルに向け手のひらを向けると、1本の『魔法の矢マジックボルト』が極めて正確に兄の頭蓋ずがいを割り砕いた。


途端、タルの中から少女の、心を引き裂くような悲鳴が響く。

その声に、あの日のあいつの悲鳴が重なる。


周囲をぐるりと囲まれていた。

逃げ場なんてどこにもない。


悲鳴、また悲鳴、それから泣き声。

笑い声、わらい声、それからき声。

三日三晩続いたソレ。


そしてソレは、いまでも俺の頭の中で鳴り響いている。

起きているときも、寝ているときも、決して途切れることはなく。


そうだ、俺はあいつの墓に誓ったじゃないか。


あんなことが起きないよう、起こせないよう、あいつと同じ目に合うやつが生まれないよう。


怪物ニンゲンを……殺し続けなければ。


粗雑なつくりのタルの隙間から、赤い液体と狂ったような害獣バケモノの悲鳴が染み出してくる。その耳障りな、いやに俺の妹とそっくりな声で俺を騙そうとする卑怯なバケモノを、タルごと粉砕した。


縦に一直線。バケモノとはいえ、子どもだ。せめて痛みを感じる余地もないほど素早く殺してやった。


「…………。」

「これでこの村は終わり、仕上げに入りましょう」


賢者はきびすを返し村の出口へ。

村はどこもかしこも、破壊と殺戮に満ちていた。

これから、この証拠隠滅をしなければならない。


流れる金の髪をながめながら彼女の後についていく。


そうして懐かしいことを思い出した。

新人の、冒険者時代のことだ。


駆け出し、初めての依頼はどこにでもあるゴブリン退治で、その時点ですでに中級以上のチカラを得ていた俺には楽勝だった。

50匹近い群れのゴブリン津波ウェーブを剣だけで難なくしのぎ、後ろで腰を抜かした自称「先輩冒険者」は完全に立場がなかったのだろう。


巣穴の奥に隠れる子どものゴブリンを前に、とうとうとイキりだした。


「いいかっ、新人!? こーゆーなっ、ゴブリンの子どもを逃がすうちはトーシロよ! 俺みたいなベテラン冒険者はキッチリ殺す。なぜならこいつがデカくなれば結局増えだすからな」

「そうですか」

「そーゆー先の先まで見据えて考えねえとダメだ、わかるか新人!?」

「ええ、わかりました」


「――ガッ!!」


俺は手にした安物のショートソードで「先輩冒険者」の首をはねると、洞窟を後にした。

パイセンのアドバイス通り、先の先まで考えて。


こいつは頭は悪いが剣の腕はあり、顔もいい。

必ずいずれ家族を作り、数を殖やす。


だから殺す。


ゴブリンの子どもは、見逃せばいずれ増える。しかもニンゲンに恨みを抱いて。

そうして苛烈にヒトを襲い村を襲い、多くのニンゲンを殺すだろう。


だから生かす。


……気付けば、賢者とふたり村を見下ろす丘まで来ていた。


「じゃあ勇者レグルス、いつも通りお願い」

「ああ」


俺は賢者スピカとともに螺旋らせん剣を握り、その切っ先を滅びた村へと向ける。


周囲の魔力と、俺が操作する精霊力が高まり刀身内部で渦を描き出す。

その荒れ狂い、下手をすれば暴走するソレを【賢者】は難なくまとめ上げる。


そして、いつもの詠唱。


「そは終末にもたらされし終わりの始まり、始まりの終わり。厄災の炎、事は成せり! ――『滅びよハル・メギド』!!」


――直後、廃村が怪異に呑まれた。


いなずまと、もろもろの爆音と、激しい地割れ……そして巨大な火の玉に呑まれた。

村は跡形もなく消滅し、後にはくろぐろと焦げ上がったクレーターだけ。


「……最近の『ハル・メギド』は炎が追加されたんだな」

「ちょっと勇者、その説明前にもしたでしょ」


うろんげに、気だるげに、死んだ瞳ににらまれる。


「炎で仕上げれば、間抜けなニンゲンどもは【炎の悪魔】の仕業だと思いこむ。私達が疑われる可能性を少しでも減らせるし、師匠アイツへの憎悪ヘイトも増す。まさに一石二鳥よ」

「……まれびとへの当たりは増すけどな」


「ハッ、だから? 元から上限振り切ってるでしょ、ゼロかイチの極端な反応しかないのよ。複雑な思考ができない猿だから「あいだをとる」とか高度な判断は到底ムリよ」

「まあ、本物の人間じゃないからな」


「理解が早くて助かるわ、勇者レグルス


俺でしかわからないほど、賢者スピカがほほ笑む。

最初に会ったときも、こいつはこの顔をしていたな。


帝国に囚われ、無理やり魔道具アーティファクトを作らされていた。

その美貌から、無理やり子どもハーフエルフを作らされていた。


地下牢から助け出したとき、彼女は言った。


幼きころ母に聞かされた、寝物語の、憧れの【勇者】が助けてくれたのだと。

そしてこれから、勇者と賢者の旅が始まるのだと。


――怪物ニンゲンを殺して、エルフと精霊と大陸を救う崇高すうこうな旅路が始まるのだと。




------------◇◇◇




※追補です。


時間がだいぶ経過しているので、本文中に入れるのは蛇足かな、と思いこちらに。


勇者が賢者を見捨てそうになってから一年経ちますが、結局和解してます。

有能な道具であるし、なんだかんだ何年も連れそった仲間でもあるし。


それに、フローレス島での虐殺も、賢者が与えた【炎の悪魔】や【狙撃銃】の情報がきっかけとなったのは事実ですが、どこまで賢者のせいかは……。ただ、「まれびともラビットも炎の悪魔もまとめて始末してやろう」と帝国や異端刈りが考える可能性は賢者なら気付いていたかと。


それについて彼女はたぶん、なんとも思ってないでしょうね。

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