第166話 「2020年の1月と9月」

気絶し生きたモニュメントと化したコバヤシさんを脇に片付け、あらためてみなで自己紹介をする。


「イリムお姉ちゃんの妹のミレイです」

「その夫のカジルだ」


獣人ズがまず自己紹介。

……ん?


「私はカシス。イリムちゃんとは一番の友達よ」

「……ユーミル。天才魔法少女だ覚えておけよ……」


カジルさんがずい、とカシスに近づく。


「カシスさん、やはり綺麗な人だな」

「ちょっとカジル! また浮気する気!?」

「いやいや、綺麗な女性にはしっかりそう伝えないと失礼だろう」

「……まったく!」


ミレイちゃんがプンプンと怒っているが、その前に聞きたいことがある。

ぽん、と飛び出した重要ワードにまずツッコまなければ。


「……カジルの兄貴、結婚したんで?」

「ああ」

「イリムの妹の、ミレイちゃんと?」

「そうだが?」

「……そうですか」


俺がこの世界に飛ばされてすぐのころ、俺に棒術を叩きこみ鍛え上げてくれた頼れる兄貴は兄貴ロリコンだったのか……。

いやまあミレイちゃんも成人はしとるけどね、ちょっとね。


「おめでとう、ミレイ!」

「……ありがと」


と俺の恋人イリムはまったく気にしたふうもなく、妹に祝福を送っている。


「ミレイはですね、昔からカジルのことが好きでしたからね!」

「……ちょっとお姉ちゃん、やめてよ恥ずかしい……」


ミレイちゃんは茹でダコのように顔を真っ赤にする。

そっか、この猫人の兄貴は村でモテモテだったと聞く。

毎晩とっかえひっかえでどーたらとか。


そんなプレイボーイのカジルさんを見事ゲットしたミレイちゃんはなかなかのやり手ということになるが、そうすると村中の女性陣から……ああ、なるほど。

村を出てイリムに会いに来たのは、そっちの意味もあるのだろう。


「カジルは妹のどこが気に入ったんです?」

「相性が良かったんだ」

「ふうん?」

「そうだな……いろいろ比べてみて具合が……ぐふっ!!」


ミレイちゃんの鋭いアッパーがカジルさんの腹部を強襲する。

まったく手加減なしというか、さすがイリムの妹というか……あとカジル兄貴、今のはどうかと思うぞ。


「――まったく、もう!」

「……おおお、あのカジルをきちんと躾けてるじゃないですか、さすが我が妹!」


プンスカ怒るミレイちゃんと、そんな妹を嬉しそうに頭を撫でつつ称えるイリムと、腹を抑え地面を転がるカジルさん。

なんだかまあ、平和でよろしい。


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あのあと、カジルさんとミレイちゃんにこちらの様々な、そして複雑な事情を話すと彼らは【開拓村】の武術講師を買って出てくれた。

ミレイちゃんが村を出た理由のひとつに「世界を見たい」もあったのだが、現在の事情と、特に……、


「まれびと狩りか」

「ええ、最初の辺境の街で……」


俺と同じく、樹海から出てすぐのあの街で、初めてのまれびと狩りに遭遇したそうだ。辺境の街は帝国に近く、自然まれびとへの憎悪が強い。

ミレイちゃんは渋い顔をしつつ言葉を続ける。


「村で追放なのは知っていましたが、あれはちょっとないかなぁ……って」

「……そう言ってもらえると助かる」


「それに、冒険者もすこしやってみたんですが、あれも私には合わないかなぁ……うん」

「へえ?」


「ゴブリンにしろ、コボルトにしろ……あまり私は生き物を殺すのは向いていないみたいです」

「……そっか」


俺は亜人種の魔物にしろ、ときには人間にしろ、戦いとなり必要であれば手にかける。

しかし、それをしたくない、嫌いだというほうがはるかにまともだ。


……そういえば、俺はそこでつまづいたことはない。

人さらいのアジトで、初めて人に向けて『火矢ファイアボルト』を撃ったときも、ゴブリンの洞窟で『火葬インシネレイト』で何十という亜人いきものを焼き払ったときも。


たぶん、俺の中にまだ【炎の悪魔】としての部分が残っているのだろう。

あるいは元々そういう人間なのか。

……まあ、今はいい。


「そうだ、旅人さん。あの手紙はなかなか感動したぞ」とカジルさん。


「……手紙?」

「ああ。宿に置き手紙を残していっただろう?」


「……そうですね、思い出しました」

「まあ3年も前のことだからな」


そうだ、俺はあの樹上の村から去る時、ケモノ村でお世話になった人々にお礼の手紙を……うん?

たしかあの時、俺はこの世界の文字を知らず、かつ旅立ちの高揚でテンパっていたのかなんと「日本語」で手紙を書いていた。

あとから気づき、やっちまったな……と後悔していたのだが……、


「あの……カジルさんは読めたんですか?」

「ああ、巫女さまに頼んでな」

「巫女さま?」


「村で雨乞いや作物の実りを精霊さまに祈願する巫女さまだ。土精さまが視えるイリムも、巫女さま候補だったんだが……まあ向いてはいなかっただろう。

 そういえばなぜ旅人さんは彼女らが使う文字を書けたんだ?」


「……逆に聞きたいです。ええと……あの文字はあちらの、「まれびとの世界」の文字です」


「ふーむ? しかしあの文字は俺の婆さまの、そのまた婆さまの……とにかく大昔から使われているぞ?」

「…………。」


どういうことだろう。あの樹上の獣人村で、代々巫女さま……つまり精霊使いシャーマンが使っていたのが「まれびと文字」だったとは。

いずれ、あの村に寄ることがあれば巫女さまとやらには会っておきたい。


それは、いろいろなことがすべて片付いた後になるだろうが……。


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次の日、石化から回復したコバヤシさんはカジルさんと猛特訓を繰り広げていた。

目は血走り、泡を吹いても立ち上がり、ぶっちゃけちょっと怖い。


「おい、コバヤシさん。そろそろ……」

「――まだまだっ! まだまだでありますっ!!」

「そっ、そうか」

「ヒャアアアアア!!!」


聞くところによると、昨日カシスに振られたショックと、俺に棒術であっさりやられたショック。

そのふたつから立ち上がり彼は決心したそうだ。

武術だけでも俺を越えると。なにかひとつでも得意にするものが欲しいと。そして彼女が欲しいと。


その意気やよしというか、俺だってアスタルテにさんざシゴかれ殺されかけの日々があったのだ。

彼には自然と共感を抱く。がんばれ、コバヤシさん。




そうしてなんと、彼は1週間とたたず棒術の中級に至ってしまった。攻撃も防御もだ。

むろんそれでも俺には及ばないが、凄まじい成長スピードだ。


「ハハッ! 師匠どの、今の私はオリンピックにも出られますな!」

「あーーー、まあ、そうなるのかな」


魔力も精霊も存在せず、いろいろな法則ルールが違うあの世界の住人と比較するのは正直卑怯な気もするけど。


「そういやコバヤシさんは2020年の秋から来たんだよな? 日本ってメダルいくつだったの?」

「ゼロでありますっ!」

「……はあ? いくらなんでもそんなわけ……」

「なにしろ、延期になりましたからな!」

「ええっ、なんで?」


コバヤシさんから、俺が飛ばされてからのあの世界の事情を聞く。

いろいろ、いろいろ、信じられない話ばかりだった。


……そうか。

この世界はずいぶんひどい場所だけど、それはむこうもあまり変らないようだ。

かすかに、本当にかすかに、消えかけた記憶の底にわずかに残る両親や友人、知人のことを想う。


そっちは大変みたいだな、こっちも大変だけどさ。

まあ、俺はもうこの世界の住人だ。だからこっちで、やれるだけ頑張ってみるよ。


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作品へのフォロー、そして★評価ありがとうございます(`・ω・´)ゞ


約ひと月前参戦の「ドラゴンノベルス新世代ファンタジー小説コンテスト」も明日で終了、現在27位ですね。このひと月、だいたい20位代をキープできたおかげか、いつもより多くの方にお読み頂けました。重ねまして、ありがとうございます!

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