第164話 「懐かしき……」
俺たちはリンドヴルムの背の上で互いに揉めていた。
「だから、怖いからイヤだって!」
「いやいや、一回やると病みつきになるぜ」
留年JKのカシスと、やいのやいのと空の上。
ここは地上50mほどで、真下には開拓村の入り口がある。
ちなみに、嫌がるカシスに変なことをしようとしているわけではない。
最初は勇気がいるという点では同じだが。
「イリムちゃんならこの高さでも全然大丈夫だけど、私はギリギリ!」
「すげえなアイツは」
まあいい。
ここでわちゃわちゃしていてもキリがない。
ここはカシスに楽しんでもらうべく、すこし強引にいこう。
俺たちを浮遊せしめている
すぐさま、足元は失われそのまま下方へ、つまりは自由落下だ。
「――――うははは!!」
「――――いゃあああああああああ!!」
ごうごうと大気を切り裂き、ぐんぐんと地上が近づいてくる。
このスリルはなかなか味わえるものではない。
そうして、『
俺たちふたりは、地面に激突することなくふわりと静かに着地した。
「あぁー何度やっても楽しい! 無料バンジー!」
「……って」
「あん? なんだ、もっかいやる?」
「……やめろって」
「どうした、もしかしてチビッたとか、」
「――このっ、おっさんがぁあああ!!」
ドボグシャアアアアアアアア!
俺のわき腹に容赦のないボディブローがかまされた!!
ちなみに今の擬音に誇張はまったくない。
むしろ擬音のほうが控えめだ。
「ぐふうぅぅぅっ!!」
ゴロゴロと地面をたっぷり8mは転がった。
なぜか、こういうときに限って最高級防具であるミスリルの鎖かたびらは効果を発揮しない。
俺はそれを「イベント力場」と呼んでいる。
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「……で、コバヤシさんはいずこに」
「あんたが派手にリンちゃんで登場したから、すでに注目の的よ」
丸太づくりの門をくぐり、素朴でひらけた村の広場へ。
立ち並ぶ家は豊富な木材を活かした山小屋風がメインで、元大工の方が頑張ってくれている。
「よー、師匠さん」「こんにちは」「……うっす」
そこかしこから掛けられる声に応えつつ待っていると、すぐにも目的の人物が現れた。
ガタイのいい好青年、ガテン風。
それが彼の第一印象であり、それでほとんどの説明がつく。
「カシスさん! 今日もとってもキレイっすよ!」
「ああ、ありがと」
開口一番で容姿を褒める。
なかなか凄いやつだな彼は。
あまりそういうのに積極的でない自分からするとまずそこが驚きである。
「……で、やはり師匠サンとデキていたと」
「そうね、紹介する……っていうかみんな知ってるだろうけど、コイツよ」
ずいっ、とカシスに手を握られ、そのまま恋人のように腕を組まれる。
猫のようにしなやかに、するりと。
右腕から彼女のほどよい体温と、あとちょっと柔らかいモノの感触。
……耐える。
ハイ、耐えました。
イリムちゃんの顔と、あと彼女の凄まじい槍さばきを思い出すことで耐えました。
「なるほど……確かに師匠サンであれば彼女を守るに不足ないでしょう。
しかしっ! せめて勝負を挑ませてからにしてほしぃっす!」
「勝負?」
「うっす!」
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それから、なんだかんだとフリースタイル近接戦の勝負をやらされることになってしまった。
精霊術の使用は禁止。
あくまで男らしく、肉体VS肉体でないと納得できないと。
そうして、勝負は一瞬で済んでしまった。
「――がっ!!」
「ハイ、そこまでね」
『俯瞰』を使っているわけでもないのに、彼の動き、次の動作が手にとるようにわかった。
彼はせいぜい初級の終わりかけ、俺は防御だけなら上級以上。
この世界に来てすぐは、防御だけなら初級だった。
「わかりました! なるほどきっぱりサッパリ俺の負けっす!」
「カシスとはほどほどにな」
これで彼女の悩みがひとつ解決したわけだ。
戦いを終え、一礼。
――パン、パン、パン。
背後からゆっくりとした拍手の音。
しかしヒトのものとは異なり、柔らかな響きである。
そうして振り返ったその先には、とても懐かしい顔が待っていた。
この世界に飛ばされ、始めて訪れた獣人の村。
そこで出会ったふたりのフレンズ達。
俺を鍛えてくれた猫人の青年、カジルさんと。
イリムの妹、ミレイちゃんである。
「――カジルさん!! それにミレイちゃん!!」
「ああ、久しぶりだな。旅人さん」
「……どうもです」
懐かしいふたりの顔ぶれに、思わず駆けだす。
しかし、カジルさんはおもむろに真っ黒な棒を構えだした。
「――!?」
「ずいぶんと成長したな。どこまでいったのか、俺も見てみたい」
「ええっと、感動の再開は……」
「それは勝負のあとでいいだろう」
彼の構え、闘気は本物だ。
周りのギャラリーも新たな
そうだな、それも一興か。
こちらも、気分を切り替えきっちりと戦闘モードへ。
さきの余興とは比べ物にならぬほど、自分の意識を高める。
正直、さっきの勝負では半分の腕試しにもならなかった。
「――シッ!!」
滑るように、瞬きの間にこちらへ到達しうる『打突』
それを難なく弾き、返しでぐるりと回した黒杖の石突で
――今の攻防で、
精霊術を使わずとも、『
俺が攻撃に転じぬかぎり、絶対にその隙は生まれない。
「――フッ」
カジルさんにもそれはわかったのだろう。
ぐるりと黒杖を回し、そのまま一礼。
まいった、そう彼は口にした。
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