第163話 「風の羅針盤」

『封印紋』を解除した状態での訓練のため、そして修行の仕上げのため、俺はここフラメル邸に滞在している。

だが24時間四六時中というわけではない。

休憩し英気を養うのもまた修練の一環となる。

そういう境地に、俺は至りつつある。

始めたころの地獄の日々がウソのようだ。


「師匠さん、この紅茶は変わってますね……」

「ああ、俺の世界だとアールグレイに似てるな」

「……私は、ちょっと苦手です」

「あー、コレはちょっと子どもにはなぁ」

「……師匠さんはいつもソレですよね! 私を子ども扱いして」


そうしていつものベンチでみけと紅茶を楽しんでいると、カシスがこちらへやって来た。

小洒落た洋館をバックに、さまざまな花が咲き乱れる庭園を歩くその制服姿は、社会科見学中のJKみたいだ。

東京や鎌倉の洋館は定番だったからな。


そうして開口一番、彼女は難題を突きつけてきた。


「一日恋人のフリしてくれない?」

「はっ?」


ことの起こりはこうだ。

現在、故郷の人々たるまれびとの避難所として、ここフラメル邸より北東に【開拓村】が築かれている。

畑で穀物を育て、大樹海の木々を獣人達との取り決め通りに伐採。

主に農業と林業で回している村だ。


フローレス島にかつてあったまれびと地区、別名エラノール地区のようにイカす名前を付けようと思っていたが、結局決めていない。

特に不便もないとのことで、今後もそのまま開拓村のつもりだ。


その開拓村は現在、人口150人ほどにまで成長した。

そして、人が増えればいろいろな問題もわいてくるというわけで……。


「へーえ、告白されたんだ」

「……そっ」


開拓村の青年、コバヤシさんが果敢にもカシスに告ったそうだ。

カシスは優秀な盗賊シーフとして『手先がむっちゃ器用』スキルを習得しているため、村の細々とした用事に顔を出すことがある。

そこで一発、ひとめ惚れだと。


「コバヤシさん、ってあの人か。自警団のリーダーやってる」

「そうね」


彼はまれびとの中ではカシスと同じく、身体能力が高い。

狼程度なら軽々あしらえるほどの実力がある。

異世界に飛ばされて強さの基準がおかしくなっているので【日本の侍】基準で解説すると、狼を倒せるのは立派に一人前クラスである。


異世界の初級=地球の一人前

異世界の中級=地球の達人

異世界の上級=地球外生命体


この認識でおおむね間違いない。


で、立派に一人前であるコバヤシさんは、地球外化したカシスの腕に惚れ込んだそうだ。

ついでに見た目もドストライクらしい。


「で、カシス的には……」

「パス」


そっすか。

で、何度も丁重にお断りしているのだが先方がなかなか折れず、あまりのしつこさについ「恋人がいる」と発言してしまったと。


「うわ、オマエ……超ベタベタなイベント起こしやがって」

「うるさい」


ドス、と軽く腹を小突かれた。

マイレージはだいぶ前に返済したので、今はこの程度か。

もう少し稼いでみるか。


「つまり、おっさん×JKモノが始まるわけだな」

「……はあ?」


彼女の反応は鈍かった。

ああ、そっかそっち系は知らんのね。


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リンドヴルムの背にカシスと乗り、いざ北東へと飛び立つ。

ふわりと浮遊する感覚はもう慣れたもので、むしろ体に心地よい。


いっきに50メートルほど浮上し、そのまま水平飛行。

大樹海の木々に沿うようにまっすぐと。


最初は高所と、ゴウゴウと唸る風にビビりまくっていたが、人間なんでも慣れるものだ。

それに、もし落下しようとも俺には『空間魔法』がある。

落下地点をうまく曲げれば着地も容易というわけだ。


「そうそう、そろそろ第五支部ができあがるわ」

「早いもんだな」

「商会の力……つか結局お金ね。エリナがだいぶ頑張ってくれて」


ラザラス商会の管理・維持はふわふわ茶髪ガールのエリナが担当している。

もちろん、よわいJKの少女(もしかするともうJDか?)だけでそんな大仕事はできない。

部下に何人もの優秀なスタッフがおり、みなで協力してその任についている。


そしてまれびと救出計画の第二段階として、各街への支部の設置を進めている。

スタッフは立候補制で、こちらの審査後派遣される。


彼らはそれぞれの支部で、まれびとの回収・保護を担う。

それから自由都市、フラメル邸、どちらか近いほうで再回収。

自由都市ではラザラス邸に設置した『帰還』ゲートでフラメル邸へ。

もろもろの説明、『誓約ゲッシュ玉』の処置、そして各人に選択をさせる。


開拓村で暮らすか。

鍛えたのち冒険者や商人として生きるか。

……そして、この異世界からも去るか。


「それにしてもほんと、アレの発明に関してはアンタのこと見直したわ」

「みけと……それにアルマとの共同作業だけどな」


そう。

この第二計画では、支部にいる人間がまれびとの「転移」を知る手段がなければ効率が悪い。

ラザラス邸のように、まれびとにわかる噂で人を集めるには長い時間がかかる。


そこで、みけとアルマが頑張ってくれた。

アルマの死後、彼女の手記をみけが紐解いたのだ。

そこには、俺の精霊術とフラメルの錬金術を併せたある魔道具アーティファクトの構想が記されていた。


『風の羅針盤らしんばん


鋼鉄でできた黒いコンパスで、針先はエメラルドの複雑な装飾。

俺の『俯瞰フォーサイト』を宿らせることで、まれびと転移にのみ絞って検知する奇跡のアイテムだ。

「転移」があればコンパスが共鳴音を発しながらその方向を示し、針の沈み具合で大まかな距離がわかる。


アルマが設計し、みけが作成し、俺が力を込めた。

彼女は……死してなお俺たちの仲間だ。

本当に、感謝してもしきれない。


風の羅針盤に、支部、そこからまれびとの保護回収。

助けた人を開拓村で人材育成し、適正があれば新たな支部に派遣。

支部を増やせば助けられる人も、人材も増える。


この好循環は今のところうまくいっている。


支部の名前は……まだ決めていない。

トランプ富豪のラザラスがやったように、まれびとにだけわかる符丁あいことばのようなモノにしたいのだが……。


「あっ、見えてきたわよ!」

「ああ!しっかり掴まれよ」


リンドヴルムに指示し、緩やかに下降する。

大樹海のふちに、へばり付くように村が広がっている。


小さな村だ。

だけどここまで来た。

そして、まだまだこれからなのだ。


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たくさんのご評価、ブックマークありがとうございます!(`・ω・´)ゞ

それと現在参加中のドラゴンノベスルのコンテスト、約一月経ちますがだいたい20位~30位をキープしてます。現在25位、これからも頑張ります。

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