第161話 「月喰らいと強い死」

アスタルテから旅立ちの許可は得たが、すぐさま出発というわけではない。

一応、氷の魔女の到来までは猶予があるそうだ。


そしてもちろん、俺たちだけで魔女と戦うことは難しい。

彼女の領域を本格的に侵すとなるとまず【黒森】のように反発が考えられる。

それを防ぐためには最低限、西方諸国の協力が必要だ。


そのためには細々としたことを詰めなければならないし、しばらく『封印紋』を解除した状態での訓練もお願いした。

いろいろ考え、あとひと月はここに滞在することにした。


その間に仲間達の到着を待つ。


イリム、ザリードゥ、カシスの獣人&まれびと組は勇者の攻撃対象から外れているので、各地の地下遺跡ダンジョンに潜り、お宝を獲得ハック

そこで見つけた魔道具アーティファクトや財宝で装備面の充実を担当している。


特に、アルマから直接指示された上級の『矢避けアヴォイド』は全員分揃えた。

上級の『防護プロテクション』はいくつか抜けがあり、王都の商店で入荷待ち。

これは予約をしているのだが……数年待つこともザラだという。


ユーミルはアルマと同じく、襲撃の危険があるためここフラメル邸に滞在中。

もちろん時間を無為にすることなく、みけと一緒にフラメルの蔵書を吸収し、魔術師としてより成長していた。

日々の訓練も欠かさず、ときたま俺に混じってアスタルテの師事を仰いだ。


俺でもわかるのだが……彼女の実力はひとつふたつ抜けている。

存在濃度、とかいう厨二臭いネーミングで計ると彼女も限界を突破しているようにみえる。

アスタルテいわく、レーベンホルムの魔導の集大成があの姉妹だと。


「だからこそ、あそこに月喰らいイクリプスが訪れたのも運命よの」


ある時思わせぶりにそう口にしていた。

あのリディアの連れの死神、デス太郎の昔の名前は、……ええっと、クリスピーとか言うらしい。


「その、クリスピー達死神って、なんなんだ?」

「8000年ほど前からぽつぽつ現れおっての。強い死が見える存在を特に執拗に刈り取る」

「……強い死?」


「世界にとって、運命にとって、死んでもらわねば困る存在に視える目印よ」

「ふーむ」


世界の変動に強く関わる……とかか?


例えばイエス・キリストやヒトラーなど歴史に強い影響力を持った人物は、良しにつけ悪しきにつけその生死は重大だ。

ただの一般人と彼ら有名人だと、世界に与える影響力がまるで違う。

「その日」に産まれ「その日」に死んで頂かなければならない。


……まあ、かたや復活しただとか、かたや実は替え玉で戦後も生き延びてるだとか諸説はあるけど。


「困るってのは……」

「我も最近月喰らいに会うて確かめるまではよう知らなんだが、カラクリは割れた」

「ふむ」

「奴らの眼には、『特異点』つまり条理ことわりを越えうる逸材に強い死が見える。

 まれびと流にいえばレベルじゃな。レベルが11以上足り得るヒト族に強い死は発現する」

「…………。」


そうすると、俺やジェレマイア。そしてユーミルやその姉のリディアは死神連中に殺されていないとおかしいのだが。疑問をアスタルテにぶつけると、すぐに答えが返ってきた。


「当の月喰らいイクリプスがあの娘を護ると決めてからこのかた、ヤツは同胞どうほうたる死神に叛逆はんぎゃくしておる」

「すげえな」

「西方諸国の死神は全滅、王国もあらかた。ゆえに強い死の持ち主がこちらには多い。ちなみにお主らまれびとにはそもそもかの魔眼をもってしても死は視えん。だからそこは関係ないのう」

「ふうん」


つまり、結果的に特異点超え……リディアやユーミル、そしてアスタルテが言うにはみけも命拾いをしたわけか。


「ちなみに2100年ほどまえじゃな。月にもソレが視え、ゆえに奴によって刈り取られた」

「ええと、文献で読んだが昔はふたつ月が浮かんでいたとか」


「ほうじゃ。それをひとつにしたゆえに月喰らいイクリプスよ」

「……どうやって?」


夜空に浮かぶ月を壊す、あるいは殺す。

昔のジャンプ漫画か?

破壊力がインフレすぎて意味がわからん。


俺の最大火力、封印紋ナシでの『スカイツリー火柱』でも月に届くなど到底不可能だ。

この世界の月の距離がどれだけかは知らないが、千倍万倍でも足りないだろう。

……そこまで考えたところで、恐らく単純な火力や攻撃力ではない気がした。


「ま、奴に会うたときにでも聞けばよかろ」

「二度とあのコンビには会いたくないけどな」

「ほうか」


方法はさておき、クリスピーは月を刈り取った。

理由は【強い死】が視えたから。


ちなみにこの世界の魔力の多くは、月から降り注いでいるという。

月光そのものもそうだし、それにさらされた大気や大地も魔力を持つ。

そしてふたつ在った月をひとつにすれば……。


「世界全体の魔力が減る?」

「ほうじゃの、おおよそ半減じゃ。月がひとつ喰われてのち、魔法も魔術も退化した」


つまりその状態が世界や運命にとって良いというわけか。

……なんか変だな。


『特異点』足り得る逸材ヒトを殺し、世界の魔力も半減させる。

そうして全体の魔法の力を落とす。


……これで得をする存在は、世界のバランスなどというあやふやなモノを除けばかなり限られる。


例えば、ヒトに力を持ってもらうと困る存在。

読んだ文献から、この世界の歴史を思い出す。


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8000年前 死神誕生

       ヒトも増え始めた




       月がひとつに(魔法衰退)

       【竜骨】封印

2000年前 【黒森】発生、文明崩壊


1000年前 【氷の魔女】召喚?


 500年前 【氷の領域】南下開始

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そうだな。

たしか【竜骨】の爺さんが大暴れし始めたのも、ヒト族の魔法が弱ったからだ。

ソレ以前のヒト族の魔法は、【竜骨】ですら警戒するほどだったという。


そうして、そう。

強い火の使い手である古代竜エンシェントドラゴンが封印され、魔法も弱り、『特異点』超えは刈り取られる世界になって、大蜘蛛【闇生み】が堕ちてきた。

危険な存在が減った、いうなればヒト族に弱体化パッチがあたった世界に。

そう考えると死神や強い死の仕組みルールを生み出したのは……。


「おぬしもそう思うかや」

「ああ」


死神戦隊デスレンジャーは闇生みの駒ということか。

自分が訪れるはるか前から、自分にとって快適な環境を築かせるために。


死神たちにその認識はあるのだろうか?

どうもリディアの連れのデス太はそんな感じではなかったが……。

やはり個人的には嫌いでも、あのコンビには会わねばならないだろう。


「おーい、戻ったぜぇ! 師匠ォ!」


ザリードゥの大声。

振り返ると、遠くにみっつの人影。

仲間たちが戻ってきたのだ。

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